――しょうがないな」
「そう……私は阿良々木先輩のことを、たとえ忍野さんに頼まれた仕事だと称して私を人気の
ない山中に連れ込み、無理矢理に欲望のたけをぶつけられたとしても、それを笑顔で許せるく
らい、尊敬している」
「そんな尊敬はいらねえ!」
そして『称して』って何だ!
全然信用してないってことじゃねえか!
「え……? あれ、ひょっとして阿良々木先輩、本気で何の行為にも及ばないつもりなの
か?」
「何だそのさも意外そうな反応!」
「それとも、さては阿良々木先輩は女性の方から誘わせるつもりなのか? ははーん、そして
戦場ヶ原先輩に対しては『誘われたのだから浮気ではない』と言い張るつもりなのか」
「わかった、さては神原、お前はあれだ、そうやって僕と戦場ヶ原との関係を破局に追い込も
うと企んでいるんだな! 身体を張った妨害作戦なんだな!」
「バレたか」
「てへって感じに舌出してんじゃねえ! えらく愛らしいじゃねえか馬鹿野郎!」
本当に腹黒い奴だ。
いや、まあ、冗談なんだろうけど。
……冗談なんだよな?
「しかし、誕生日と言えば、阿良々木先輩。この前、戦場ヶ原先輩が蟹に取り憑かれていたと
いう話を聞いたときは、私は少しばかり暗示的だと思ったものだぞ」
「まあ、取り憑かれていたっていう言い方ちょっと違うかもしれないんだけど……うん? 暗
示的? 蟹のどこが暗示的なんだ? 誕生日なんか関係ないだろ」
「ほら、だって、戦場ヶ原先輩、かに座だろう?」
「え?」
たくら
つ
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七月七日。
だよな。
「何言ってんだ。七月七日生まれはふたご座だろ」
「え? いや……その、違うと思うけれど」
「あれ? じゃあ、僕の思い違いか? 七月七日って聞いたとき、すぐに、ああじゃあこい
つ、ふたご座なんだって思ったんだけど……」
こんな奴が双子で性格もそっくりだったら嫌だなあと思ったから、よく憶えている。
「まあ、僕も星座の細かい日付まで、憶えているわけじゃ……いや、でも、かに座って、確
か、七月二十三日からじゃなかったけな」
「あ」
神原が何かに気付いたようだった。
「……阿良々木先輩。ここで一つクイズだ」
「なんだよ」
「十二月一日生まれの人間は、何座だ?」
「はあ?」
なんだそれ。
クイズじゃないじゃん。
「それくらいわかるよ。へびつかい座だろ?」
「ふはっ!」
神原駿河が爆笑した。
「は……はははは、あはは!」
膝が震えるくらい、立ってくれないくらいにツボに嵌ったらしく、僕の腕に、最早すがりつ
いてくるかのような有様だった。胸を肘に押し当ててくる形から、胸の谷間に僕の二の腕を挟
み込むような形になったが、そんな降ってわいたような幸せを享受するためには、神原の不愉
快な笑い声が非常に邪魔だった。
「な、何がおかしいんだ……僕はそこまで取り返しのつかない失敗をしたのか」
「へ、へびつかい座……ふ、ふははは、今時、へびつかい座……あはは、じゅ、十三星座で、
十三星座で考えてる……」
「……………」
ああ。
そういうことね。
そうか、わかった、十二星座では、七月七日はかに座なんだな……。
ひざ はま
きょうじゅ
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「あー、笑った笑った。五年分くらい笑った」
神原はようやく、顔を起こした。涙目である。気持ちはわからないでもないが、いくらなん
でも笑い過ぎだ。
「さ、じゃあ行くぞ、らぎ子ちゃん」
「扱いがあからさまに雑になってる! 先輩に対する尊敬がどっか遠くに行っちまった! こ
うなると割と傷つく!」
「あ、ああ。間違えた。阿良々木先輩」
「あんだけ笑かしてやったんだ、フォロー入れろよ」
「フォローと言われても……あそこまで堂々と言われてはフォローのしようがないぞ。そもそ
も、どうして十三星座なのだ」
「そんなこと訊かれても……だいぶん前に十二星座から十三星座に移行したんじゃなかったの
か?」
「移行したが普及しなくて廃れたのだ。阿良々木先輩ともあろうお人が、どうしてそんなこと
を知らない」
「うーん……。その頃から星座占いに興味がなくなったから、かな……」
そうか……。
普及しなかったのか……。
「怪異と一緒だな。どんな恐ろしい魑魅魍魎でも、人口に膾炙しなけりゃ、それは最初からい
なかったことになるわけだ」
「いや、そんな深い話ではないと思うが……」
「へびつかい座って、そもそも何なんだろうな」
「夏の星座で、α星はラス?アルハゲだ。あらゆる恒星中最大の固有運動を持つバーナード星
を、その星座の中に持つことで有名だな」
「いや、星自体じゃなくて……へびつかい座って、どういう由来なんだろうなって話。笛吹い
て蛇を操ってる奴の星座なのかな?」
「確かあれは、ギリシャ神話の、アスクレピウスという医聖の姿を表わしたものだったと思う
ぞ。そのアスクレピウスが蛇を握っているから、へびつかい座だ」
「へえ」
頷く僕。
全く知らなかった。
「しかし、神原、星自体の知識にしろ星座の由来にしろ、そんなこと、よく知ってるな。
ひょっとしてお前、星とか詳しいのか?」
すた
ちみもうりょう かいしゃ
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「らしくないか?」
「まあ、正直」
「ふむ。確かに詳しいというほどではないが、夜空を眺めるのは好きだな。簡易的なものでよ
ければ、天体望遠鏡も持っている。年に二度は、他県の天文台で開かれている、天体観測のイ
ベントに参加するぞ」
「へえ。プラネタリウムじゃねえんだな。知識よりは実践って感じか」
「プラネタリウムも好きだが、あの施設には流れ星がないだろう? 恒星や星座もいいのだ
が、私ははかない流れ星が好きなのだ」
「なるほど。ロマンチックだ」
「うん。地球もその内流れ星になればよいと思う」
「そのとき僕ら人類は無事で済むのか!?」
とんでもねえこと考えてやがる。
ロマンスからは程遠い。
それではパニックムービーだ。
「……とかなんとか言ってる間に、目的地に
到着したぞ。忍野の言うことにゃ、その辺から階
段があるらしいんだが――ああ、あったあった。……まあ、ただの獣道に見えなくもないけれ
ど――」
道路沿いにある山。
山の名前は知らない。
忍野も知らないとのことだった。
山の間を縫うように道路が作られていると見るべきなのだろうが、歩道の脇から、山の頂上
へ向かって、階段――少なくとも昔は階段があったらしい痕跡が見て取れる。いや、今も一
応、階段は階段だ。だけど、さっきの神原の話じゃないが、我が校の運動部の連中がこの辺り
までジョギングに来ているという話は聞いたことがあるが、しかし、この階段を昇って山中に
入っているということは、なさそうである。草木がぼうぼうで、あらかじめ言われていなけれ
ば、これが階段であるとは、とても気付けそうもない。かつて階段であったとも、やはり思わ
ないだろう。
獣道。
ん、いや――よく見れば、草が踏み潰されているような跡がある。足跡だ。なるほど、この
階段、全く誰も使っていないというわけではないのか。だけど、だとしたらこれは、ど