第51章

んなことを言われても――僕が反応に困っているのを見て楽し

んでるって風でもないし……どうしろというのだ。どうしろと言われても、どうにもできない

ぞ。

「阿良々木くん。聞いているとは思うが――僕は絵に描いたような仕事人間でね。ひたぎと過

ごす時間なんて、ほとんど持てていない」

「はあ――」

ひたぎ、か。

当然だけど、娘のことを呼び捨てにするんだな。

しかもそれに、とても自然な感じがある。

これが親子か。

「だから、そんな僕に言われても説得力を感じないかもしれないが――あんなに楽しそうなひ

たぎは、久し振りに見たよ」

「…………」

あんた、自分が何言ってるかちゃんとわかってるのか……? 自分の娘が同級生を苛めてい

るの見て、楽しそうだったって言ってんだぞ……?

そこで、戦場ヶ原父は、「あ、えっと」と口ごもる。言葉を選んでいる風だ。どうやら、戦

場ヶ原父は、娘とは違い、口達者と言うわけではないらしい――むしろ、かなり口下手な方で

あるようだ。

「ひたぎの母親のことは、もう聞いているね」

「……はい」

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「じゃあ、ひたぎの病気のことも」

戦場ヶ原ひたぎの病気――病気という物言いでこそあるが、それはこの場合、例の怪異のこ

とを指している。

蟹。

蟹の――怪異。

忍野の協力によって、それはもう治った病気だ――しかし、治ったとは言え、それで済まさ

れるような、程度の低い問題ではない。

家族にしてみれば、尚更だろう。

「まあ、それだけじゃないし――無論、仕事ばかりにかまけていた僕の責任も少なからずある

が……ひたぎはすっかり、心を閉ざした人間になってしまった」

「ええ知ってます」

よく知っている。

高校生活、ずっと同じクラスだったのだ。

一年次と二年次。

三年次の一ヵ月。

どれほど閉ざしていたか――僕はよく知っている。

「その辺りのことについては、言い訳のしようがないな――子供がやったことは親の責任だ

が、親がやったことに、子供には何の責任もないんだから」

「責任、ですか……」

「心を閉ざした人間が、言いたいことを言いたいように言う対象は、二種類だけだ。ひとつ

は、嫌われても構わない相手。もうひとつは――嫌われる心配のない相手だ」

「…………」

ホッチキスを振りかざし、最初、接触してきたときの戦場ヶ原は――間違いなく僕を前者と

看做していたのだろう。深窓の令嬢の仮面を脱ぎ捨て、その恐るべき本性を僕の前に晒したの

は、彼女にとって、僕がただの、己の秘密を知った『敵』だったからに過ぎない。

でも今は。

僕は彼女に、そこまで信頼を置かれているのだろうか。そうだったとして、しかし、それだ

けの資格が、僕にあるのか――

「母親のことがあるからな。それに――病気のこともある。あの子は人を愛する側の人間だが

――愛し方がわからない」

戦場ヶ原父は、独り言のように言う。

よく考えるとそんな突飛なことは言っていないのだが、如何せん声が格好いいため、とても

おのれ

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詩的なことを言われているような気分になる。

「阿良々木くん。きみはそんなひたぎに、よく対応していると思うよ」

「できてると思いますか……?」

いちいち、ちゃんと傷ついてるんだぜ?

切り刻まれてる気分だぜ?

心から血が流れるなら、とっくの昔に出血多量だ。

「いつもあんな調子ですからね。僕を凹ますためだけに、お父さんを連れ出してきたんじゃな

いかとさえ思いますよ」

あ。

つい、お父さんって言っちゃった。

じゃ、じゃあ、こうなると僕はあの台詞を言われるのか……? 伝説の、『きみにお父さん

と言われる筋合いはない!』を!

「そんなことはないさ」

言われなかった。

ジェネレーションギャップだ……。

「まあ、僕に対するあてつけというのは、あるかもしれないが」

「あてつけ……?」

……ん?

ああ――そうか。

普通に考えてみれば、実の娘が後部座席で初対面の男といちゃついているという図は、父親

としては気分のいいものではない――はずだよな。当たり前のことで、だからこそ、僕はいっ

ぱいいっぱいになったのだが、そこに嫌がらせの意図があるとすれば、僕よりも、父親が相手

……なのか?

「いや、そんなことないと思いますけれど……いくら、その、ひたぎさんでも、父親にあてつ

けなんて……」

「嫌われても構わない相手――だからね。僕は」

戦場ヶ原父は言う。

「嫌われようが嫌われまいが、父親は父親だからね。ひたぎの母親との醜い言い争いを、あい

つの前では随分、繰り返していたから……仲のいい両親像なんて、今のひたぎには思いつきも

しないだろう」

「ああ――」

協議離婚。

みにく

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父子家庭。

そうだった。

この人は、さっきから、『家内』とも言わず『妻』とも言わず、一貫して――『ひたぎの母

親』と言っている。

「だから――あてつけさ。私はあなた達みたいにはならないという、ひたぎの声が聞こえてく

るかのようだったよ。実際に――そうなんだろうな。きみ達は、本当に、楽しそうだった」

「そりゃ、まあ……全く楽しくなかったといえば、嘘になりますけれど……あいつの滅茶苦茶

は、なんだか、いつものことですし」

あれ?

この言い方は失礼になるのか?

額面通りに娘の悪口と受け取られてしまったら……僕としてはむしろ褒めているくらいのつ

もりだけど、言われる側の気持ちになってみれば、こんな、親しいがゆえの憎まれ口みたいな

のって、場合によっては不愉快な言動と受け取られるかも……ううん、基準がわからない。

ていうか、なんだこの独り相撲。

今の僕、ものすごく格好悪くない?

「ひたぎは愛する側の人間だから」

戦場ヶ原父は言う。

「だから、しかるべき相手には、全体重をゆだねる。全力で甘える。愛するっていうのは、求

めるってことだからね。自分の娘のことでなんだが、恋人にするには、重過ぎる子だと思う

よ」

「重過ぎる――ですか」

それも、なんだか。

皮肉な話だな。

「情けない限りだが、僕じゃ、ひたぎを支えきれなかった。だから、あの子は随分と前から、

僕に甘えようとはしなくなったよ」

「…………」

「いつだったか、ホッチキスを振り回して暴れた……あれが最後だな」

父親に対してもそんなことをしていたのか。

それはもう家庭内暴力じゃ……。

「でも――この間、久し振りに、本当に久し振りに、ひたぎから、頼みごとをされたよ。仕事

を手伝わせて欲しい――と」

思い入れを込めて、静かに語る戦場ヶ原父。

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「そして、今回だ。両方――きみが絡んでいる。あの子を変えることができるなんて、阿良々

木くんは本当に大したものだと思うよ」

「……随分高く買ってもらっているようで、恐縮ですけれど……、でも、そんなの、たまたま

だと思いますよ」

堪えきれず、とうとう、僕は言った。なんだか、誤解を基準にして褒められているような気

分になったのだ。間違えた高評価。正直それは、いい気分とは言いがた

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