第69章

それこそ、責められているにも等しい言葉だっただろう。

「だって、これ、八つ当たりだもん」

と、羽川。

「こんなこと言われたって、反応に困るでしょう? だからどうしたって感じだし、そもそも

阿良々木くんには関係ないし――でも、なんだか、ちょっと同情しちゃうようで、筋違いの同

情しちゃう自分に、罪悪感を覚えちゃうでしょう? 悪いことをしちゃったような、そんな…

…嫌な気分に、なったでしょう」

図星だった。

意地悪なのよ、と羽川は言った。

ぬる

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「私、阿良々木くんで、憂さを晴らした」

「…………」

「阿良々木くんを嫌な気分にして、すっきりしようとした――愚痴ですらないもんね、こんな

の」

そんな気弱な羽川を見るのは、初めてだった。

顔面のガーゼも、手伝っているのかもしれない。

僕の中での羽川翼像というのは、とにかく、真っ直ぐで、強くて、真面目で堅実で、賢く

て、公平で――パーフェクトだった。

しかし。

パーフェクトな人間など、いない。

「でも――そんなこと、よく知ってるな」

僕は言った。

「そういうこと、本人には、教えないもんじゃないのか? 二十歳の誕生日まで、秘密にしと

くとか――」

「あけっぴろげな両親でね。小学校に入る前から、聞いていたわ」

羽川は、歩くペースを落とさずに言う。

「私のこと、本当に、邪魔みたい」

「…………」

「でも、世間体ってものがあるからね。相手が死んだからって子供を投げ出せないし、結婚す

るからって、子供を投げ出せないでしょう。施設に預けようともしたらしいけれど――自分の

エゴで年端も行かない子供を手放したっていう批難に、堪える自信もなかったみたい」

「………………」

そんなことを言われても――でも。

血が繋がった家族でも、それはあることだ。否、全てが順風満帆な家族など、稀有もいいと

ころだろう――どんな家族でも、不和と歪みを抱えているはずなのだ。

「だから、私はいい子になろうとした」

羽川は言った。

「小学生の頃から、ずっと真面目な委員長――なろうとしたものに、ちゃんとなれてるよね。

おりこうさんじゃない、私。あはは」

それは、なんだか――後に聞くことになる、戦場ヶ原ひたぎのエピソードを、連想させなく

もない。中学時代の戦場ヶ原ひたぎ、高校時代の戦場ヶ原ひたぎ――

似ているのは髪型だけではない。

じゅんぷうまんぱん けう

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と、いうことに、なるのだろうか。

しかし、違いもまた――明確だった。

子供がやったことは親の責任だが、親がやったことに、子供には何の責任もないんだから―

―だ。

「いい子っていうか、普通の子かな」

僕が黙っていると、羽川は続けた。

「複雑な家庭事情を持っているとさ、それがトラウマだったりなんだったり、そんな風にとら

えられて、偏見の眼で見られることがあるじゃない。そんな風には、思われたくなかった。だ

から――その程度のことじゃ、私は変わらないって、決めてた」

私は変わらない。

何があろうと。

「普通の高校生、やってたよね。私」

「いや……それはどうだろうな」

普通の高校生は全国模試で一位を取れない。

そこまで徹底して品行方正な生活を送れない。

僕としては、場をなごますために、多少冗談めかしてそう言ったつもりだったけれど、

「そうなのかな」

と、羽川は残念そうに言った。

「やっぱり、染み出しちゃうのかな、そういうの――普通じゃない子が普通にやろうとしてる

から、無理が出ちゃうのかな。やり過ぎちゃうのかな」

「悪いことじゃ――ないだろ」

僕は言った。

「よりよく、生きてるってことなんだから」

「そんなこと、ないよ。だって、わかりやすいじゃない。そういう生まれで、そういう育ちだ

から――だからこそいい子で、だからこそおりこうさんなんだって」

不幸をバネに頑張ったとか。

逆境をバネに頑張ったとか。

わかりやすいよね、そういうの――

「……ん。いや、でも、実際、その通りってことになるのかな、私の場合――」

「だとしても、それは……」

実際――その通りなのだろう。

皮肉にも。

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そう言わざるを得ない。

だが、それは悪いことではないはずだ。

「阿良々木くんは、何をしてるの?」

突然。

羽川は、話題を変えた。

表情も、ころっと変えている――いつもの、気さくな笑顔。

いつも通りなのが――逆に不気味だった。

こんな話をしている途中なのに。

「折角のゴールデンウィークなのに、勉強とかしないの?」

「折角のゴールデンウィークなのに、どうして勉強とかしなくちゃならないんだ……」

「あはは」

羽川は快活に笑う。

「私はね――休日は、散歩の日なの」

「…………」

「家に、いたくないから。あのお父さんとあのお母さんと、一日、一緒に家にいるなんて――

ぞっとする」

「仲……悪いのか?」

「というか、それ以前の問題」

羽川は言う。

「仲が冷めてるのよね。私と両親ってこともそうなんだけど――お父さんとお母さんの間も。

家族なのに、会話がないの」

「お父さんも、お母さんも」

「そう。私の所為なのかな、いつからか、すっかり、お互いに愛情もなくなっちゃったみたい

で。別れちゃえばいいと思うけれど、それもまた、世間体ね――大事だもんね、世間体。私が

成人するまでは――だってさ。あはは、縁もゆかりもない子供なのにねえ」

笑うなよ。

そんな話を――笑いながらするなよ。

羽川らしくもない。

けれど、羽川らしさって、なんだろう?

普段の羽川もれっきとした羽川翼であるように――この羽川もまた、れっきとした羽川翼で

はないのだろうか?

だけど、そのとき、僕はわかった。

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わかってしまった。

羽川と、春休みに、出会えた理由。

休日が散歩の日だというのなら、ゴールデンウィークは言うまでもなく、春休みや夏休みも

また、散歩の日だろう――あのとき、あの場所で羽川と出会ったのは、それは勿論偶然の産物

だったのだろうが、その偶然には、きちんと理由があったというわけのようだ。

「だから、休日は散歩の日」

「……気ィ遣い過ぎだと、思うけどな」

当たり障りのない感想を漏らす僕。

それくらいしかいうことがなかった。

自分の薄さが嫌になる。

冷めた家族――それもまた、珍しくもない。

羽川のような子供が、そこで育っているという事実が、珍しいだけだ――けれど、そんな色

眼鏡で見られることさえ、羽川は嫌がるのだろう。

有名人扱いされるのを、羽川が殊更嫌う理由が、そのとき、なんとなくわかったような気が

した。自分のことを、頑なに、『ちょっと真面目なだけが取り柄の普通の女の子』と思い込ん

でいる理由もだ。それもまた、気のせいで、わかったつもりになっただけで、あるいは、同情

のような感情なのか

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