第78章

どれだけあいつが、身を粉にしていたか。そして――それを、どれだけ、

クラスの連中に、悟らせなかったか。苦労を周囲に見せなかったか。忙殺されてもおかしくな

い仕事量なのに、忙しそうな素振りなど、微塵も見せず――愚痴一つ零さず。何でもそうなん

だ――頑張ることがすごいんじゃない。頑張っていることを、周囲に悟らせないのがすごいの

だ。あいつのそばにいた、羽川のサポートに徹していた僕でさえ、羽川の苦労を全て把握して

いたとは言いがたい。

全く。

本当に本物だ、あいつだけは――

…………。

でも、彼氏と電話している時間が勿体ないとまでは言わないで欲しいな、ひたぎさん……。

「今日は、かなり遅くまで帰れないでしょうね――下校時刻なんて、守れそうにないわ。家に

持って帰って、やることになりそう。本当、これだけの作業を規則内に終わらせていたなん

て、驚嘆の域よ。ねえ、阿良々木くん。阿良々木くんはいつも通り、阿良々木くんのやり方を

貫けばいいわ――私はいつも通り、私のやり方を貫く」

「そうだな……じゃあ」

僕は言った。

この状況をはっきりと認識した上で。

「学校は、任せた。いい文化祭にしようぜ」

「そうね。そうしたいわ」

いつも通りの平坦な口調。

全く、感情を滲ませないけれど。

それでもそれは、確かに戦場ヶ原の言葉だった。

「じゃあ――また連絡する」

「ああ、阿良々木くん。一つだけ、いいかしら」

「なんだよ」

「ツンデレサービス」

最後に、戦場ヶ原は言った。

ぼうさつ

みじん

きょうたん

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平坦な口調で。

「勘違いしないでよね、別に阿良々木くんのことが心配なわけじゃないんだから――でも、

帰ってこなかったら、許さないんだからね」

ぶちっと、電話は向こうから切られた。

意識まで切れそうになったが、何とか堪えた。

ああ、もう、本っ当……、本っ当、言葉にならない。いちいち、話すたびに、あいつは…

…、いや、たとえ語彙が足りないと言われようと……本当にもう、言葉にならない。

あいつのことが、好き過ぎる。

どうしようもないくらい。

全く――帰るに決まっているだろう。

そうして、待たれているのなら。

「……安心して、任せられるよ」

とにかく。

これで、呼べる限りの助けは呼んだ。

所詮は高校三年生程度のネットワークだ、大局的に見れば、気休め程度の助けにしかなって

ないのかもしれないが――状況はそれほど動いていないのかもしれなかったが、それでも――

心強さは、桁違いだった。

ペダルを漕いで、ペダルを漕いで、ペダルを漕いで、ペダルを漕いで、ペダルを漕いで、ペ

ダルを漕いで――それから、更に三時間。

捜索時間、ここまで九時間。

夜七時。

あっという間の――夜だった。

何も食べず、何も飲まず。

休まず――

僕はようやく、疲れたのだった。

「それにしても、忍の奴……何考えてんだ」

家出なんて。

失踪なんて。

自分探しの旅――だなんて。

お前はどこにも行けるはずなんてないのに――

この僕と、同様に。

「……………………」

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全ては――春休みから始まった。

二年生の終業式から、始まった。

今となっては、随分前の話だ。

僕は怪異の存在を知って――

怪異そのものになってしまって――

以来、ずっと、そんなことが続いている。

鬼。

猫。

蟹。

蝸牛。

猿。

蛇。

そしてまた……猫。

化け猫――障り猫。

ブラック羽川――もう一人の羽川翼。

化け猫というのは、大抵の場合、人間に化けるものだ――まず老婆を食い殺し、その老婆に

化けて、家に這入って来たものを更に食い殺してしまう伝説など、枚挙に暇がない。

猫は人間に化けるのだ。

そして――人を食う。

しかし、障り猫は、それとは逆――いや、同じ伝説の、別角度からの解釈ということなのだ

ろう。猫が人になるのではなく――人が猫になるという事例。人に化けた化け猫は、その不自

然な所作から、正体が露見することになるが――障り猫はその不自然な所作を、多重人格的な

解釈で処理する。その部分だけを切り取って言うなら、狐憑きのようなものだ。障り猫自体の

民間伝承は、多くこんな形を取っている――貞淑な妻が、夜な夜な町に出歩いて淫婦と化す―

―これは化け猫の仕業なりと、旅の僧侶(あるいは武士だったり、猟師だったりする)が、一

刀両断するも――それは妻そのものだったという話。

そのオチからだけ判断するなら、そう、その伝承に、猫はそもそも、登場しないのだ。ただ

の意匠として、または話を盛り上げる要素として、尻尾のない白い猫は少し姿を覗かせるだけ

――あくまでも主題、あくまでも主軸は、人間そのものである。

人間の表裏。

裏の羽川――黒くて悪い、羽川翼。

いや――むしろ白いのか。

いとま

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きつね

いんぷ

そうりょ

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いしょう

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どちらにしたって、食われていることには、違いがないのだけれど――

神原の意見を聞いてみたいな。

こうなってみると確かに、障り猫と、神原のときの猿は、似ているのかもしれない――あく

までも似ているだけで、似て非なるものではあるのだろうけれど。一番の違いは、猿はあくま

でも、正当なる契約に基づいて、神原駿河の願いを叶えただけだったけれど――障り猫は、徹

底的に徹底して、無条件に無制限に羽川翼の味方であるという点だろう。ゴールデンウィーク

には、最終的に悪意と敵意をもって僕や忍野、それに羽川自身を襲ったが――それだって羽川

のためではあったのだ。それが望んだ結果でも願った結果でもなかったとしても――猫は羽川

の味方なのだった。

味方どころか――本人

なのだから。

神原の猿とは、そこが違う。

今頃、走ってくれているはずの神原。

しかし――連絡はない。

誰からも、連絡は入らない。

まだ、手がかりどころか足がかりさえ見つからない。糸口でさえ皆無だ。

どういうことだろう。

金髪の子供なんて、この町で今、一番目立つ存在とも言えるはずなのだが――目撃証言すら

得られないなんて。

ひょっとして、もうこの町にはいないのか?

いや、子供の足だ……そのはずなんだ。

僕がそばにいなければ――忍は、何もできないはずなんだ。

空を見上げる。

夜。

とっぷりと暮れている。

星空――昨夜見た、天文台の空とは、やはり、較べるべくもないが……それでも、十分綺麗

な、星空。なんだか、これからは、こうして空を見上げることが、習慣になりそうだ――それ

が、戦場ヶ原との思い出だから。

全部。

と、言った。

阿良々木くんにあげられるものは、これくらい――

でも違う、そうじゃない。

こうして、思い出を、しっかり、もらっている。

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星空のことだけじゃない――最初の

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