第11章

ませるとしよう。お札を貼れば、

それだけでいいんだから、これまでに忍野から頼まれた仕事と比すれば、楽勝の部類である。

僕はポケットから、忍野に渡されたお札を取り出した。

ういうい も

てい た

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と、そのとき。

「ううん」

神原がすっと――僕の腕から、離れた。

ずっとあった好ましい感触が、肘から消える。

「どうした? 神原」

「……少し、疲れたというか」

「疲れた?」

何が?

あの程度の階段で、か?

そりゃ、確かに結構な段数ではあったけれど、体育会系の神原があれでへたれるとは思えな

いのだけれど。実際、僕ですら、多少息が上がっている程度なのに。

しかし、どうやら神原は本当に疲れているらしく、心なし顔色も悪い。こんなコンディショ

ンの神原を見るのは僕は初めてだった。

「ふうん……じゃあ、どっかその辺で休むか? えっと……そうは言っても、座れそうな場所

は……石の上くらいしかねえよな……。けど、神社の石って下手に座ったりすると罰が当たり

そうな気がするし……」

この神社に罰を与える神様がいるかどうかは別として――それでも、なんだかよくない気は

する。これまで経験上、心理がそう働く時点で、それはやめておいた方がいいことだろう。

しかし、ではどうしようか。

悩んでいると、神原の方から、

「それより阿良々木先輩、食事にしないか?」

と、提案してきた。

「食事?」

「うん。後輩の身から食事を申し出るなど、作法に反した不躾なお願いかもしれないが、私

は、気分が悪いのは、大抵、おなか一杯ご飯を食べれば治るのだ」

「………………」

漫画のキャラみたいな奴だな。

体調の悪いときまで、面白い後輩だ。

「けど、お札貼るときまでは何も食うなって言われてんだよな……身を清めるとかなんとかで

よ。いいや、じゃあ、神原、お前どっか、その重箱広げられそうな場所、探してくれよ。寂れ

た神社でお昼ご飯っていうのもぞっとしないけど、それもまた風情ってもんだ。その間に僕

は、ちゃっちゃとこのお札、貼ってくるから」

ばち

ぶしつけ

さび

ふぜい

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「うむ。そうだな、そうしよう。申し訳ないが、仕事の方は阿良々木先輩に任せることにす

る」

「じゃ」

そう言って、僕は神原に背を向け、草を踏み分けるようにして建物の方に向かう。忍野には

本殿に貼るよう言われているけれど、本殿のどこに貼ればいいのかまではちょっとわからない

感じだな……中に貼ればいいのか、それとも戸に貼ればいいのか。それがわからないのは、

はっきり言って忍野の指示が足りない所為だったが、何、あいつの指示が足りないのはいつも

のことである。自分で考えろということなのかもしれない。

とりあえず、一通り建物を見ながら、僕は再度、さっきすれ違った女の子のことを考える。

なんだろう、やけに気になる……いや、気になるというよりは。

見覚えがあるとか。

会ったことがあるとか。

それ以前の問題として――感じるものがあった。

それが何かまでは――わからないが。

「でも、会った気がするのも、また確かなんだよな……どこで会ったんだっけ。中学生と知り

合う機会なんて、そうそう……」

妹ならまだしも……。

妹?

「ん……なんだろう」

結局、僕は本殿とあたりをつけた建物の戸に、お札を貼った。というより、その戸を開けて

しまえば建物自体が崩れてしまいそうな予感がしたので、それ以外に選択肢はなかったと言っ

ていい。

そっと建物を離れ、僕は鳥居のところに戻る。神原はまだ戻ってきていなかった。携帯電話

を取り出す……が、まだ神原から、電話番号を教えてもらっていないことに気付く。そう言え

ば神原にも、僕の番号を教えていない。

携帯電話、意味ないじゃん。

「おーい、神原――!」

というわけで、大声で呼ぶ感じになった。

が、返事がない。

「神原!」

一層大きな声で呼んでみたが――同じだった。

途端、不安になる。

まか

せい

? ? ? ? ?

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ここらにいるのなら、今の声が聞こえないわけがない。戦場ヶ原ならともかく、神原に限っ

て、僕を置いて勝手に帰ってしまうなんてことはありえないだろう。こんな廃墟で人を見失う

ということが意味するのは――

「神原!」

わけもわからないまま、僕は駆け出した。

気分が悪いと言っていた。まさか、食事の場所を探している内に、どこかで倒れてしまった

とか……、そういうことなのだろうか? 最悪のケースが、僕の脳裏をよぎる。その場合、僕

はどう対処すればいいのか――どうするべきなのか。何かあったら、戦場ヶ原にもあわせる顔

がない。

しかし、幸いなことに、その最悪のケースは、最悪の形では、訪れなかった。そう広くない

境内を走り回っている内に、僕は神原の後ろ姿を、見つけることができたのだ。

重箱を脇に置いて。

呆けているように――佇んでいる。

「神原!」

声をかけ、肩に手を置く。

「ひゃうんっ!」

びくっと――震えて、神原は振り向いた。

「あ、ああ……なんだ、阿良々木先輩か」

「おいおい、なんだとはご挨拶だな」

「あ……申し訳ない。私としたことが、大恩ある阿良々木先輩に対して、考えられない物言い

だった。つい、気が動転してしまって……阿良々木先輩が急に私の肉を触るから」

「肉っていうな」

肩だ。

「失言の償いは身体でさせてもらう。ひょっとしたら抵抗する素振りを見せるかもしれない

が、それは場を盛り上げるための演技だから」

「そういう軽口が言えるってことは、どうやら精神状態は正常なようだな、安心したぜ神原。

ああ、僕は軽口だってわかってるぞ。はいこの話は終わり。全く、随分可愛い悲鳴をあげる

じゃねえか」

顔色は――悪いままだ。

むしろ、より悪くなった感じである。

意外な悲鳴を茶化していられる雰囲気でもない。

「なんだよ、大丈夫か? そんな気分が悪いんだったら――そうだ、さっきの本殿の縁側と

のうり

けいだい

ほう たたず

あいさつ

つぐな

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か、軽く掃除すれば、横になれそうだったぞ。おぶってってやるから、そうしろよ。衛生面に

不安があるなら、そうだな、僕の上着を敷けばいいから――」

「いや……阿良々木先輩。そうじゃなくて」

神原は――正面を指さした。

「あれを、見てくれ」

「え?」

僕は言われた通り、神原の指さす方向を見た。

境内から少し外れた山林。

その中の、一本の太い木。

その木の根元に――切り刻まれた蛇がいた。

ぐねぐねと長い、にょろりとしたその身体の節々を――刃物で五等分されて殺された、一匹

の蛇の死体があった。

五等分。

殺されている。

しかし、その頭部はまだ生きているかのように。

舌をちろちろと震わせ、口を大きく開けて。

苦しそうに、うめいている。

ように――見える。

「………………っ」

そんな光景に、絶句する中――

僕は唐突に、あの子の名前を、思い出した。

すれ違った女の子。

そうだ。

彼女の名前は――千石撫子だ。

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