第23章

み込んで――がくりと俯いて、呟くように、聞こえ

るか聞こえないかというくらいの声で――

しかし、それでも。

はっきりと、言った。

「撫子、こんな身体――嫌だ」

「……千石」

「嫌だよ……助けてよ、暦お兄ちゃん」

涙混じりの声で――そう言った。

005

そして――

それから、一時間後。

僕は、忍野と忍が住処としている、学習塾跡の廃ビルを、土曜日に訪れたときから一日しか

間を空けずに、訪れたと言うわけだ。

「遅かったね。待ちかねたよ」

と、忍野は見透かしたような言葉で、僕を迎えた。

忍野メメ。

怪異関係のエキスパート。

専門家、オーソリティ。

春休み、時代遅れにも吸血鬼に襲われ、吸血鬼になってしまった僕を、その夜の帳から引き

上げてくれた――僕の恩人。

年齢不詳の、アロハ服のおっさん。

おとしい

つぶや

すみか

とばり

ふしょう

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定住地を持たない、旅から旅への駄目大人。

猫に魅せられた羽川翼も。

蟹に行き遭った戦場ヶ原ひたぎも。

蝸牛に迷った八九寺真宵も。

猿に願った神原駿河も。

みんな、忍野から――力添えをもらった。

その恩は、返しても返しきれないだろうが、しかし――はっきり言って、恩人でもなけれ

ば、あんまり親交を深めたいタイプの人間では、忍野は、ない。ありえない。

性格は悪い。間違っても、善意の人間ではない。気まぐれの権化のような男である。春休み

からの長い付き合いになるが、未だにそのパーソナリティには、理解不能なエリアが多い。

かつてはここで勉学に励んでいた子供達が使用していたであろう机を、ビニール紐で縛り合

わせて作った簡易ベッドの上に胡坐をかいて、僕の話をそこまで聞き終えたところで、忍野

は、重苦しい声で、嫌そうに――

「蛇切縄」

と言ったのだった。

「蛇切縄か……聞いたことのない怪異だな」

「割と有名だよ。蛇神遣いの一種かな」

「蛇神遣い? 蛇遣いじゃなくて?」

「蛇遣いは、ギリシャ神話だろ。蛇神遣いは日本だよ。蛇神憑きとか……まあ、その辺は阿

良々木くんに言っても仕方のないことか。でも、蛇切縄か……うーん。阿良々木くんの、後輩

……ってことになるのかな? その子」

「歳が離れ過ぎていて、あんまり後輩って感じじゃあないな。だから、妹の友達――だよ」

「ふんふん。妹的存在か」

「僕の知り合いを勝手なポジションに配置するな」

「暦お兄ちゃん、だもんね」

「………………」

余計なことまで話してしまった。

僕って正直者だよな。

嘘がつけないっていうか……。

いや、隠しごとが下手なだけか。

「その暦お兄ちゃんも、今となってはらぎ子ちゃんか……光陰矢のごとし、時の流れを感じる

ねえ」

だめ

ごんげ

ひも

あぐら

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「らぎ子ちゃんなんて呼ばれてねえよ! それは神原の言った冗談だ!」

「けど、割と嵌ってる気がするんだけれど」

「ほっとけ!」

「そうだね、ツンデレちゃんはツンデレちゃん、委員長ちゃんは委員長ちゃんなのに、阿良々

木くんのことだけは阿良々木くんと呼ぶことに、僕は軽い差別を感じていたところだったん

だ。これからは平等に、阿良々木くんのことはらぎ子ちゃんと呼ぶことにしよう」

「お願いだからやめてくれ!」

「でも、なんだか定着しそうな気はするよね」

そんなやり取りがあったところで、忍野は、「それはともかく」と言う。

「そんなことはあったけれど、仕事は滞りなく済ませることができたってわけだ。お疲れさ

ま、阿良々木くん」

「ああ……まあな」

まさか忍野からねぎらわれることがあるとは思わなかったので、面食らってしまい、なんだ

か変な応対になってしまった。

「あれは、とてもじゃないけど、僕にはできないことだったからね。あのお嬢ちゃんにもお礼

を言っておいてよ。えーっと、あの――」

そこで、考えるようにする忍野。

あのお嬢ちゃんというのは、当然、神原のことだろうが……ああそうか、神原の呼称を、

迷っているのか。そう言えば、神原の呼び方が、まだ決まっていなかった。羽川が委員長ちゃ

んで、戦場ヶ原がツンデレちゃんで、八九寺が迷子ちゃんだから……神原は、そうだな、さし

ずめ、スポーツ少女ちゃんってところかな?

「あの、えろっ子ちゃん」

「…………」

どうやら神原は忍野から、スポーツキャラよりもエロキャラとして認識されているようだっ

た。

いや、わからなくもないけれど。

僕も的を射ているとは思うけれど。

「せめて百合っ子ちゃんくらいで止めておいてやってくれないか……あいつもあれでも、女の

子なんだ……」

「うん? そうかい? じゃあ、百合っ子ちゃんでもいいけれど。とにかく――これで、彼女

と僕も、貸し借りなしだ。そう伝えておいて頂戴」

「貸し借り――なしか」

とどこお

じょう

ちょうだい

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「うん」

「忍野。一個、確認しておきたいことがあるんだけど――いいか?」

「なんだい?」

「あの神社の境内に入った途端、神原の体調が、どっと急激に崩れていたみたいなんだけど…

…あれって、何かあるのか?」

神原のいないシチュエーションで、忍野にこれを確認したかったから、僕は神原に、家で待

機してもらっているのだ。

んー、と忍野は流し目になる。

「阿良々木くんは――どうだった?」

「え?」

「体調。気分が悪くなったり、しなかった?」

「いや――僕は別に」

「そっか。まあ、前日に忍ちゃんに血をあげたところだからね――そんなものなのかもしれな

いな。運がよかったってところだね」

「運って……」

「さっき言ったろ? とてもじゃないけど、僕にはできないことだった――ってね。あの神社

はね、この町の中心だったんだ」

「町の中心? そうか? 位置的にはむしろ――」

「位置的な話じゃなくてさ。まあ、とっくの昔に滅んだ神社だし、みんな忘れちゃってるよう

な場所だから、本来、なんでもないはずだったんだけどさ――忍ちゃん」

「忍がどうした?」

「忍ちゃんが、ふらふらとこの町に来たじゃない――貴族の血統の、伝説の吸血鬼。怪異の

王、吸血鬼。その影響で活性化しちゃったって感じなのかな。よくないものが――あの場に、

集まり始めていた」

「あの場って――あの神社にか」

神様だっていそうもない――あの神社に。

よくないもの。

「うん。丁度、エアポケットというか、吹き溜まりになったみたいでさ――あるんだよ、そう

いう、中心って表現すべき場所が。忍ちゃんのことが終わってからも、この町に僕がとどまり

続けていたのは、その吹き溜まりを探すためでもあったんだよね――無論、怪異の蒐集という

のが、第一目標だったけどさ。はっはー、まあ、そのお陰で、委員長ちゃんやツンデレちゃん

なんかとも知り合えたから、なかなか楽しかったね」

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「よくないものって――具体的には、何なんだ?」

「色々、さ。一言じゃ言

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