わねえよ! どういう意味の慣用句だよ、それは!」
「どんな苦境に思えても、結局は今が一番マシなときという意味だ」
「ポジテイヴなようでいて最悪に後ろ向きだな!」
「洪水にならない雨はない」
「あるよ! 洪水にならない雨だってあるよ!」
「ふふふ。ほら、阿良々木先輩、前向きになった」
? ? ? ? ? ? ? ?
いっかん
たんらく
かんじょ
す ばち
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「はっ! 嵌められたかっ!」
ふと、後ろから忍び笑いが聞こえた。
声を立てないよう、必死で我慢している感じ。
千石だ。
どうやら、微妙に聞こえているらしい。
そこまで神原の計算通りなら――
本当に大したものだが。
「もういいです。こっちを向いてください」
と、千石は言った。
僕達が振り向くと、そこには全裸になった千石撫子が――ベッドの上で、恥ずかしそうに俯
いて、直立していた。
いや――全裸ではない。
帽子は勿論、靴下まで脱いでいるが、下半身にはブルマーを穿いている。それ以外は――一
糸も纏っていない。その両手のひらで、控えめな胸を隠すようにはしているが。
「……って、ブルマー?」
あれ?
千石は、予想通り僕が卒業したのと同じ中学に通っているとのことだったが、あの学校、僕
が入学した段階で、既にブルマーは廃止され、短パンが導入されていたはずなのだけれど。
「ああ。阿良々木先輩、あれは『たまたま』私が持っていたものを貸したのだ」
「ほう。神原後輩、お前は『たまたま』ブルマーを所持していることがあるのか」
「レディとして当然の嗜みだ」
「いや、変態も同然の企みだ」
「こんなこともあろうかと準備しておいたのだ」
「どんなことがあると思ってたんだ。お前、本当は、僕にどういう用で呼び出されたつもり
だったんだ? 僕は僕の信頼度を疑うよ。というか、そもそもブルマーなんてどうやって手に
入れたんだ。昔の漫画風に言うなら、ブルマーってのは、『馬鹿なっ! あいつらはもう絶滅
した種族だっ!』て感じの物品だろうが」
「うん。そこはそれ、こう見えて私は先見の明があるからな。いずれ滅びるであろう文化であ
ることを見越して、事前に百五十着ほど、保護しておいたのだ」
「それは保護じゃなくて乱獲じゃねえのか?」
お前が滅ぼしたんじゃねえのかよ。
ブルマー。
は
いっ
し まと
たしな
たくら
ほろ
らんかく
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「………………」
ほぼ全裸の女子中学生をベッドの上にあげて直立させ、それを肴にブルマーについての議論
を行なう高校三年生男子と高校二年生女子。見ようによっては、かなり深刻な苛めのシーンと
も見て取れた。
帽子で隠れていた千石の前髪は思いのほか長く、目元を覆うようになっている。いや、恥じ
らいから、わざとそうしているのかもしれない。キューティクルの光る、艶のある黒髪。脱い
だ服は布団の下に隠したらしい。神原の指示通りにブルマーを穿いていることといい、ブラ
ジャーまで外していることといい、どうやらこの旧知の少女、肌を見られるよりも下着を見ら
れる方が恥ずかしいと判断したようだ。ブルマー一丁のその姿は、どう考えても、明らかに本
人が考えている以上に扇情的になってしまっていると思うのだが、女子中学生の感覚はわから
ない……。
が。
残念ながら――というのだろうか。
これは、そんな色気とは無縁の状況だった。
「なんだ……それ」
遅ればせながら、僕は、千石撫子のその肌に――驚きの声を漏らした。
その肌に――鱗の痕が刻まれていた。
両足の爪先から、鎖骨の辺りに至るまで。
ぴっちりと――くっきりと、鱗の痕跡が。
一瞬、身体に直接鱗が生えているのかと思ったが、よく見れば、そうではない。鱗を、版画
のように押し付けられて――皮膚に型になって残っているという感じだ。
「緊縛の痕に似ているな」
神原が言った。
確かに、ところどころ内出血すらしているらしい、その痛々しい痕跡は、縄で縛られた痕で
あるかのようだった――どうして神原駿河が緊縛痕について詳しいのかは、触れるとややこし
そうなので、ここでは触れない。
いや――緊縛痕というか……。
実際、爪先から、脚を辿って胴体へ――
何かが巻きついているかのようだった。
見えない何かが。
全身に隈なく、鱗の痕。
巻きついて。
さかな
せんじょう
? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?
? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?
? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?
きんばく
? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?
? ? ? ? ? ? ?
くま
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巻き――憑いているかのようだった。
鱗の痕跡がないのは、精々両腕と、首から上の部位だけだ。ブルマーに隠された腰部下腹部
も、わざわざ見せてもらうまでもないだろう。
鱗。
鱗といえば――魚か?
いや、この場合、魚じゃなくて、爬虫類――蛇。
蛇……くちなわ、だ。
「暦お兄ちゃん」
千石は言った。
相変わらずの、消え入るような声で。
がたがたと震える、その声で。
「暦お兄ちゃんはもう大人だから……、撫子の裸を見て、いやらしい気持ちになったりは、し
ないんだよね?」
「え? あ、ああ。そんなの当たり前じゃないか。なあ神原」
「うん? えっと……そう……なのかな?」
「話を合わせろよ! いつもの忠誠心はどうした!」
「強いて言うなら、千石ちゃん、大人だからこそ、少女の裸にいやらしい気持ちになることも
あるという側面は、後学のために知っておいた方がよいかもしれないぞ」
「裏切られた! 今まで仲良くやってきたのに!」
「しかしどうだろう、阿良々木先輩、この場合、少女の裸に全く興味がないという方が、男性
として気持ち悪いというか、女の子に対しては失礼な気がするのだが」
割合に真面目な話のよ
うだった。
まあ、言われてみればその通りだ。
色気とは無縁の状況とは言え、それに全身という全身に蛇の鱗が刻まれているとは言え、だ
からと言って、女の子の裸に何も感じないというのも不躾な話だ。戦場ヶ原も、そういうとき
は感想くらい言うのが礼儀だと言っていたような気がする。
僕は千石に向き直った。
そしてできる限り真面目な口調で、彼女に言う。
「訂正しよう。千石の裸に、少しはいやらしい気持ちになったりはする」
「……う」
千石は、声を押し殺すように、肩を揺らし。
「う、うううう……ううう」
? ? ? ?
し
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涙をぼろぼろと流し――泣き始めてしまった。
「こら神原! お前の言う通りにしたら女子中学生を泣かしらまったじゃねえかよ! 女子中
学生だぞ! なんてことだ、僕はもう終わりだ! どうしてくれる!」
「あんなストレートに言うと誰が思う……」
神原は僕に対し、かなりな呆れ顔を浮かべていた。
計画的に僕を陥れたわけではないらしい。
「撫子」
千石は、ぺたりと、ベッドの上にしゃが