にそんなことはないだろう。精々僕など、『お兄ちゃん』止
まりだ。
兄妹――か。
無論、妬けるとか言っても、彼女のいる身で千石から好意を寄せられても、僕としては恐ら
く困るだけなのだが……。でも、これを機に、千石との親交を復活させるというのは、悪くな
いかもしれない。なんだか好ましい感じだし、目を離せない危なっかしさもあることだし。妹
が何と言うか知らないが……。
「女の子だからな。それに――十四歳か」
ふふ、と軽く笑って、神原。
「私もそうだったが、あの年頃の女の子が、みんな、白衣の王子様を待ち焦がれているとは限
ゆる
はたん
や
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らないさ」
「いや、そりゃそうだろうが……」
それを言うなら、白馬の王子様だろ。
白衣って……医者か?
へびつかい座。
「こらこら、楽しい会話は禁止って言っただろ、神原後輩――まだ終わってないんだから、集
中力を切っ……」
「阿良々木先輩!」
神原が、突如、怒鳴った。
集中力を切っていたのは、僕の方だった。千石から――うっかり、目を離していた。視線を
戻すと――千石撫子は、地面に敷いたビニールシートの上に、仰向けに倒れ――びくんびくん
と、変な、しかし激しい、痙攣をしていた。
口が。
大きく、開いている。
顎骨が限界まで開いている。
卵を飲み込む――蛇のごとく。
蛇の頭でも――咥えているがごとく。
「な――何があった!」
「わ、わからないが――突然……」
千石の身体から――鱗の痕は消えている。
半分くらい、消えている。
だが――半分は残っている。
消えずに、残っている。
そして。
先刻までなかったはずの、千石の首にさえ、くっきりと、鱗の痕があった。蛇が――蛇切縄
が、巻き憑いている。
何だ……何が間違っていた?
どこが違った?
忍野が言っていた、『蛇呪集』にあるらしい蛇切縄の絵全身を蛇に巻きつかれ、口から身体
の中に侵入されんとする一人の男――死ぬ怪異ではなく、殺す怪異。
蛇神。
蛇神憑き。
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けいれん
? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?
? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?
? ? ? ? ?
? ? ?
さっき
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「失敗したのか……!? そういうことなのか、阿良々木先輩! 失敗して、むしろ祓いが、悪
い方向へと作用し、暴走して――」
「いや――そんな乱暴な術式じゃないはずだ……そんな力業じゃないんだ。力業じゃないから
こそ外法なんだ、マッチポンプみたいなことは起こらない、起こる理屈がない。だってこれ
は、怪異との、交渉、ネゴシエーションみたいなもののはずなんだから――」
お願い。
お願いするんだよ――と忍野は言っていた。
下手に出て。
それなのに……ならば戦場ヶ原のときのように千石の集中力が切れたのか? それにしたっ
て、こんな……いきなり怪異の最終段階に至るようなことが……。
だって、現実に、半分まで、うまくいったのに……!
「……半分?」
あっ――と、僕は、遅まきながら、気付いた。
ビニールシートの上で、悶える千石。
スクール水着から、伸びる、まだ肉付きの薄い、その両脚――その両脚からも、鱗の痕は、
半分ほど、消えている。
ただし――半分と言っても、それは露骨だった。
右脚からは鱗痕は全て消えて――左脚は爪先から付け根まで、完全に鱗痕が、残っている。
一枚分さえも、消えていない。
胴体部分は見えないが、首元、それに鎖骨の辺りの痕跡からも、そうとわかってしまえば、
それは瞭然だった――
「神原……勘違いしてた。見えてさえいれば、こんなの、すぐにわかることだったのに――」
「どういうことだ!?」
「蛇切縄は――一匹じゃなかったんだ。二匹いたんだよ」
「…………っ!」
それでも――
気付くべきヒントはあった。
両腕と、首から上以外に、びっちりとまんべんなく、鱗痕はあったのだ。爪先から、むこう
ずねからふくらはぎまで――脚は二本ある。一匹の蛇が、両脚にまんべんなく巻きつくなんて
こと――構造的に、不可能に決まっている。たとえば、蛇が一匹なら、内腿に鱗痕が残るわけ
がない。
それぞれの脚の爪先から。
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? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?
もだ
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りょうぜん
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一匹ずつ――蛇切縄は巻き悪いていたのだ。
千石の身体を締め上げるように。
二匹。
「……畜生!」
一匹は、忍野のお守りの力で――解けた。
蛇切縄は、還った。
そこここに――還った。
だけど、お守りの効力は、そこで終わったんだ。
僕の言葉が足りなかった――蛇切縄が二匹いることに僕が気付いていれば、忍野もそれに対
応した策を打てたはずなんだ。今までと違い、今回に限っては、あいつの力添えに制限はな
い。被害者である千石撫子に出す援助は、惜しみがない。それなのに、蛇切縄が一匹だという
前提で相談してしまったから、忍野も一匹分だけの対策しか――だから、もう一匹が――暴走
したのだ。今まで一緒に巻き憑いていた大蛇が一匹、祓われたのだ――そうならない方がおか
しい。
「神原っ――そこにいろ――いや、離れてろ!」
「忍野さんに連絡した方が――」
「あいつ、携帯持ってねえんだよ!」
主義でも何でもなく――機械が苦手だから。
だから
――強硬手段しかない。
僕は駆け込んで、簡易式の結界、懐中電灯に照らされたスクエアの中へ――侵入した。が
しっと、千石の身体を抱え起こす――身体が熱い。相当な熱を持っている。彼女を触る僕の手
が、火傷をするんじゃないかと思うほどに――
首元の鱗痕。
今や痕というのもおこがましいほど、食い込んでいる。身体の輪郭そのものが変わってしま
いそうなほど、食い込んでいる。骨を砕き――そのまま、細い肉体を千切られてしまいそうな
ほど、食い込んでいる。
ぶつ切りにされてしまいそうなほど。
食い込んでいる。
みしみしと――軋む音すら聞こえそうだ。
「千石……」
白目を剥いて――最早意識はない。
完全に――呑まれてしまっている。
ちくしょう
? ? ? ?
きょうこう
やけど
りんかく
きし
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「く……っ!」
僕は、抱え上げた千石を――一旦ビニールシートの上に、再度、横たえる。そして、千石の
身体に向けて、ゆっくりと、両手を伸ばした。
いや、千石の身体に向けてじゃない。
蛇切縄に向けてだ。
「見えなくて