第40章

……。

どんな試練だよ、これ。

自分が通う高校の前で、女子中学生からブルマーとスクール水着を受け取る男……こんなも

ん知り合いに見られたら、『暦お兄ちゃん』を飛び越して、僕のニックネームは間違いなく

『変態』だ……!

しかし成り行き上断れない!

もしもこれが誰かが僕に対して仕掛けた罠だとしたら、何て巧妙なんだ……! 神は僕に何

を為させようとしておられるんだ!

「じゃ、じゃあ……確かに」

こんなものを受け取る機会は二度とないだろうなと思いつつ、僕はその二着の衣装を、千石

から受け取った。どうしてだか千石は、手渡すそのときに、一瞬、躊躇するような仕草を見せ

たが(やはり自分で渡すべきなのかどうか、迷ったのかもしれない)、しかし結局、最後には

その手を離した。

うーん。

しかし、なんだか変な展開だ。

今日は――記念すべき日になるはずなのに。

会話が途絶えたところで、千石は頬を染めて、俯いてしまった。蛇の怪異から解放されたと

ころで、全身にまとっていたあの陰鬱さは若干薄れたようだが、しかし生来のものであるらし

いそのもの静かさまでは、変わらないらしい。

なんとなく。

僕は千石の前髪に、手を伸ばしてみた。

「……お?」

空振り。

僕の手は空を切っていた。千石はうつむけていた顔を、さっと横に動かし、僕の手をかわし

わな

ちゅうちょ

いんうつ

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たのだった。更になんとなく、僕は彼女の前髪を追ってみたが、今度は一歩後ろに下がること

で、千石は僕の追撃をかわす。

「……な、何、かな……?」

「何っていうか……」

そんなに嫌がらなくても……。

普段の千石の大人しい印象からは考えられない機敏な動きだ。前髪が目に入ると視力が悪く

なるというが、千石にとってはそんなこと、まったくお構いなしらしい。

「……うーむ」

試みに。

僕は、反対側の手をすっと下げて、千石の制服、ワンピースの裾を、軽くつまんでみた。い

や、千石が前髪に触れられるのをかわす動きが、スカートめくりを嫌がる小学生女子みたいだ

と思ったので、ならこうすればどうするのか、ちょっと実験してみたくなったのだが。

しかし千石は、こちらの手には何の反応も示さなかった。不思議そうに、きょとんと首を傾

げているだけだった。

昨日も思ったことだけど……。

この娘、中学生にしては純過ぎるな……。

防御するところ、色々と間違ってるよ。

僕はすぐに、制服をつまんだ指を離した。

「お前を相手にするのは、なんだか男としての器が測られている感じがするな……」

「?……撫子が、無口だから?」

「そうじゃないけど……」

無口、か……。

ん……そう言えば。

「そうだ、千石――ちょっと訊きたいことがあるんだけど、いいかな」

「え……何? 訊きたいことって」

「いや、大したことじゃないんだが……忍の奴」

「しのぶ?」

「ほら、あの学習塾跡にいた、金髪のちっちゃくて可愛い女の子。名前、教えてなかったっけ

な。まあいいや。とにかく、あの子、僕がいないときに、お前に何か喋ったりした?」

「…………?」

質問の意味を捉えかねたように、千石は怪訝そうな顔をしたが、とりあえずはそのまま、

「ううん」

けげん

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と、否定の返事を口にした。

そうか。

まあ、そりゃそうだろうけどな……でも、無口同士で、何か通じるものがあるかと思ったの

だが、しかし考えてみれば、元々は多弁だった忍と、元々無口な千石とじゃ、通じるものがあ

るわけもないか……。

忍野忍。

金髪にゴーグル付きヘルメット。

あの学習塾跡で、今は、僕の恩人であるところの忍野メメと二人で、暮らしている美少女―

―『暮らしている』と表現するには、いささか殺伐とした生活ではあるようだけれど。

「あの子……吸血鬼なんだよね」

千石は言った。

それはもう、蛇を祓うにあたって負った僕の怪我を治す際には隠し切れないことだったの

で、昨日の夜、ペットボトルを枕に寝る前に、千石には既に話したことだ。神原の左腕のこと

もある程度まで話しているから、怪異に関して話すには、もう千石は、遠慮する必要のない相

手だった。

八九寺と。

それから、羽川のことを除いて――だが。

「ああ……まあ、今は吸血鬼というよりは、『吸血鬼もどき』って感じだけどな」

僕が人間というより『人間もどき』であるように。

彼女は――そうなのだ。

「じゃあ、あの子の所為で――暦お兄ちゃんは」

「あいつの所為じゃないよ。僕の所為だ。それに――怪異に責任を求めるのは間違っている。

あいつらは、ただ単に、そういう風にそうであるだけなんだから」

怪異にはそれに相応しい理由がある。

それだけのことだ。

「うん……そう、だね」

神妙に頷く千石。

どうやら、僕の言葉を、自分のケースと照らし合わせているらしい。忍野曰く、千石のケー

スは、僕がそれまでに経験していた場合とは、意味合いがかなり違うらしいから、一概に言え

ることはないのだが……。

「まあ、お前はもう、僕や神原とは違って、怪異から完全に解放されてるんだから、余計なこ

とはあんまり考えるなよ。普通の生活に戻ればいいだけの話だ」

さつばつ

? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?

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お前は――戻れるのだから。

戻らなければならない。

「うん……そうなんだけど、でもやっぱり、あんなことがあるとわかって……あんなものがい

るとわかって……これまで通りなんて、撫子には、とても、無理だよ」

「…………」

そりゃあ――誰にだって無理だろう。

特に千石が気弱というわけじゃない。土台、常識というルールが通用しないフィールドで戦

える人間など、そうはいないのだ。そういう意味では、いっそ僕や神原のように、一歩踏み出

したままでいる方が、まだしも過ごし易いのかもしれない。

「とりあえず、あんな馬鹿げたお呪いには、二度と係わり合いにならないことだな――僕が言

えるのは、その程度だけど」

「うん……」

「忍野の奴は、一度かかわ

っちゃった人間はその後も曳かれやすくなるものだとか言ってたよ

うな気もするけれど、それも本人の心がけ次第だろ。自ら避けることで、その辺りのバランス

は取れるらしいし。まあ、何かあったら相談に来いよ。携帯電話の番号、教えたっけ?」

「あ……ううん、まだ」

撫子、携帯電話、持ってないし。

と、千石。

そうだったっけ。

「まあ、掛ける分には構わないだろ。メモ取れよ」

「うん……」

照れくさそうな千石だった。

心なし、嬉しそうにも見える。携帯電話の番号を教えてもらうという行為が、どこか大人び

て感じるとか、そんなところだろうか……中学二年生、背伸びしたい年頃だろうし。まあ、僕

もあまり友達が多い方じゃないので、こうやって携帯電話の番号をやり取りする際、まだまだ

緊張してしまう感は否めないから、そんな千石のことをあれこれ言うことはできないが。

ファンシーなメモ帳に僕の番号を書きとめて、千石はそれを大事そうに、ウエストポーチに

仕舞う。制服にウエストポーチは、やっぱりミ

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