第41章

スマッチだったが、山で会ったときにもつけて

いたし、そのウエストポーチは、どうやら千石のお気に入りの代物らしい。

「じゃあ――撫子の家の番号、お返しに」

「サンキュ」

「暦お兄ちゃんも困ったことがあったら、撫子に電話してね」

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「んー……そんな状況あるのかな」

「暦お兄ちゃん」

「あー、はいはい。わかったよ」

「はいは一回だよ、暦お兄ちゃん」

「そうだっけな。とはいえ、お前の場合は、本当に困ったときは、僕よりも忍野のところに

行った方が手っ取り早いんだけどな……でもまあ、あんな小汚いおっさんのところに、女子中

学生が一人訪ねて行くってのも、無体な話だろ」

あの性格の悪い男が、千石の件に関してだけ、妙に甘い対応を見せていたことが、僕はやは

り、気になっているのだ。そんなことはないとは思うが、もしかして、と思うと、千石を一人

であの廃ビルにやることは避けたい。

忍野メメ、ロリコン疑惑……。

「そ、そんなこと……ないと思うけど」

「うん。まあ、それはなくとも、釘を刺されたところだしな。気軽にあいつに頼ってばかりい

るわけにもいかない――ドラえもんの秘密道具ばかりに頼ってると、のび太くんみたいになっ

ちまう」

「そう……だね」

千石は頷く。

「実際、忍野さんがくれたあのお守り、本当にドラえもんの秘密道具みたいだったもんね…

…。うん、天才ヘルメットと技術手袋みたいだった」

「だからどうしてわざわざ大長編ドラえもんにしか登場していないようなマイナーな秘密道具

で例えるんだ!? タケコプターとかどこでもドアとかで例えろよ!」

「欲しいところに欲しい突っ込みを入れてくれるよね、暦お兄ちゃんって……」

と、感心した風の千石。

その眼には尊敬の光が宿っている。

こんなことで尊敬されても……。

「そう言えば、暦お兄ちゃん」

「なんだよ」

「ジャイアンは映画版においてやけに人間的に成長した性格のいいキャラになるってよく言わ

れるけど、それはむしろのび太くんこそ指摘されるべきことじゃないかな?」

「なんだそのわけのわからねえ無茶な振り!」

「え……でも、撫子、そんな脈絡のないこと言ってないと思うけど」

「確かに話は繋がっているが、それは繋がっているだけだ! しっかり横道に逸れてるんだ

みゃくらく

つな

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よ! 大長編ドラえもんについての話をここで拡げる理由がどこにあるんだ!」

いやまあ確かに、映画版におけるのび太くんの成長具合と言ったらジャイアンの比じゃない

けれど!

「スネ夫くんだけだね。いつまで経ってもどんな場合でも成長しないのは」

「まあ、ガキ大将の一の手下というあのポジショニングは成長するにしても堕落するにして

も、キツいところがあるよな……って、だから何の話をしてるんだよ!」

そう言うと、千石は黙ってしまった。

今度は笑いを堪えているのではなく、本当にしょんぼりしている風にも見える。おっと、少

し言い過ぎたかな……無口な千石なりに、会話が途切れないようにと気を遣ってくれたのかも

しれないのに、それを突っ込みとは言えあそこまで怒鳴りつけるなんて、これは僕が大人げな

かったかもしれない。

「ごめんなさい」

やがて、千石はそう謝ってきた。

むう、心苦しい。

「いや、ごめんなさいって言われるほどのことじゃ……」

「暦お兄ちゃんがどこまで突っ込むことができるのか、試してみたくって、つい」

「そういう事情があったんならもっと何回も繰り返してごめんなさいって言え!」

お前が試す側かよ!

突っ込みに限度はないが我慢には限度があるぞ。

愉快なことするじゃねえか、この内気少女。

「『そう言えば、暦お兄ちゃん』って言った時点では、本当はドラえもんの話をしようと思っ

たんじゃないの」

「あっそ……意外とアドリブの利く奴だな。じゃあ、そこからやり直しだ」

「うん。そう言えば、暦お兄ちゃん」

「なんだよ」

「その、忍ちゃんのことなんだけど」

どうやら千石は、ボケの基本であるところの繰り返しギャグを知らなかったらしく、ドラえ

もんの話をそれ以上繰り返すことなく、本当に話の筋を元に戻した。

うーん、なんだか物足りない。

これが八九寺辺りだったら、繰り返しギャグどころではない、センスある切り返しを見せて

くれそうなものなのに。

千石の性能の限界はこの辺か。

すじ

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「忍がどうした? 何も会話してないんだろ?」

「うん……でも」

千石は言う。

「あの子……ずっと撫子のこと、睨んでた」

「……? ああ、いや、あいつはいつだって、あんな目つきなんだよ。すげ――睨んでんだ。

僕にだって忍野にだって神原にだってそうだ。特に千石相手だけってわけじゃないぜ」

気弱な千石に、子供とは言え吸血鬼のガン見はキツいものがあったのか。まあ、あの、四谷

怪談のお岩さんさながらの恨みがましい眼は、忍と一番縁の深い僕からしても、そら恐ろしい

ものがあるからな……いわんや千石撫子をや、だ。

しかし千石は、

「そうじゃないの」

と言った。

「あの子が、みんなのことを睨んでるのは、それは、そうだったんだけど……暦お兄ちゃんと

忍野さんを見るときの眼と、撫子と神原さんを見るときの眼は、違った――と、思う」

「……うん?」

なんだそれ。

よくわからない話だな。

「男を見るときの眼と女を見るときの眼が違ったって話か?」

「うん……そういうこと」

「ふうん」

「撫子は……人の視線には敏感だから、そういうの、分かる……なんだか、撫子と神原さん

は、あの子に、嫌われてる感じだった」

「嫌われてる――そりゃおかしいな」

おかしいというか、変な話だ。

ありえない話と言ってもいい。

今でこそ可愛らしい子供の姿だが、あいつの本性はあくまで怪異であり、あいつの根底はあ

くまで吸血鬼だ――基本的に、人間には興味がない。千石だろうが神原だろうが、あるいは忍

野だろうが僕だろうが、誰だって同じように見えているはずなのである。男女の区別だって、

そもそも、怪しいはずだ。

ましてそこに好き嫌い

など。

……いや。

まあ、僕だけは別――なのかもしれないが。

にら

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「でも、千石がそういうってことは、そうなんだろうな……だとすれば、どうしてだろう。今

度、忍野にでも訊いてみようか」

「忍野さんにって……暦お兄ちゃん、忍ちゃんに、直接、訊かないの……?」

「昔は多弁な奴だったんだけどな」

僕は苦笑しながら言った。

実際、苦笑するしかない場面だ。

「今じゃすっかり、心を閉ざしちまって。もう二ヵ月以上、声を聞いてないよ。ずっとだんま

りだ」

春休みから――二ヵ月以上。

彼女は一言の口も、きいていない。

取ったところで何の意味もないことだから確認は取っていないが、多分、忍野に対しても、

そうであるはずだ。

仕方がない。

それは、仕方のないことだった。

「そうなんだ……」

「大したもんだと思うよ。言いたいこと、いっぱいあるだろうに、それを

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