第45章

ートをし……したらどうな……です……」

「……………………」

こいつ……!

ものの頼み方が本気でわからないのか……!?

驚きだ。

というか、それ以上に驚きなのが――デートの申し出が、戦場ヶ原の方から、こうもはっき

りと、しかも唐突に、あったことだ。

それこそ、付き合い始めて一ヵ月。

僕がどれだけ露骨に、時には大胆に誘っても、食指を動かさなかったこの女が……動かざる

こと風のごとく動かざること林のごとく動かざること火のごとく動かざること山のごとしな、

戦場ヶ原ひたぎが……自ら、デートだと?

これまで、それこそ後輩の神原駿河が言うところの『プラトニックな関係』を頑なに、さな

がら暗黙の条約でもあるかの如く維持してきた僕達が、ついにデートをするというのか?

どういう心境の変化なんだ?

さっきの『あーん』ではないが、この女、またぞろ何か企んでいるのではないだろうか……

自他ともに認める彼女からデートの申し出があって、ここまで疑心暗鬼になる自分というのも

どうかと思うが、しかし、これがそれに値するくらいの驚きなのは、確かだった。

「何よ」

戦場ヶ原は平坦に言う。

「嫌なの、阿良々木くん」

しょくし

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「いや、嫌じゃないけど……」

「そう言えば、聞いたわよ」

不敵な表情を見せる戦場ヶ原。

それが彼氏に見せる表情なのだろうか。

「神原とのデートは、阿良々木くん、随分楽しかったみたいじゃない。親密になっちゃって、

昨晩なんか、神原と一晩明かしたのですって?」

「ああ……なんだ、聞いたってのは、神原から聞いたってことか?」

「ええ……あの子、随分と喋り渋ったけれど」

「………………」

何故意味ありげに喋り渋る……!

後ろめたいことはないんだから、包み隠さずちゃんと喋れよ! 隠すことによって、逆に何

かあったみたいな感じになるだろうが! 中途半端に口が堅い奴って、一番迷惑なんだよな

あ!

「阿良々木先輩を責めないで欲しいと頼まれたわ」

「どうして僕はあいつに庇われてるんだ!? 何も悪いことなんてしてないのに!」

潔白だ!

無実だ!

濡衣だ!

「ともあれ」

戦場ヶ原は言った。

「あの子と阿良々木くんが仲良くなったみたいで、よかったわ」

「…………」

それは――どういう意味なのだろう。

勿論。

戦場ヶ原が神原に対し、負い目や引け目を感じているのは事実だろう――また、戦場ヶ原を

巡っての、僕と神原との恋敵同士としての争いは、戦場ヶ原も知るところだ。だから、僕と神

原とが仲良くなることが、戦場ヶ原にとってそういう意味を持つことは、それなりにわからな

くもないが――しかし、それだけじゃない意味合いが、今の戦場ヶ原の言葉には、あったよう

な気がする。

昨日聞いた、羽川の言葉が思い出される。

戦場ヶ原さんから見たら、結構不安だと思うのよね――

その言葉が含む、その意味合いは――

しぶ

かば

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この女は。

一体何を、考えているのだろう。

「これで神原は、阿良々木くんに対して人質としての価値を持ったわね」

「凶悪なことを考えてやがった!」

人質!?

日常会話で人質って言ったか、こいつ!

「可愛いわよねえ、神原は……ところでその可愛いあの子は私の言うことならどんなことでも

喜んで従うのだけれど、それについて阿良々木くんはどう思うのかしら。関係ないけれど、可

愛い女の子が下半身だけ裸になって四つん這いで校内を散歩しているところとか、見たくな

い?」

わざとらしい憂鬱さをまとって、ため息混じりにそんな剣呑な台詞をはく戦場ヶ原……こん

な非暴力的な、静寂をまとった脅迫が実在するだなんて、平和な国で生まれ育った僕はこれま

で思いもしなかった……。

戦場ヶ原ひたぎ。

今はっきりしたけれど、お前はツンデレでもなんでもねえ、普通に性格の悪い人間だよ…

…。

「あら失敬ね、阿良々木くん。そんなことを言われたのは、私は初めてだわ」

「そうなのか……?」

「どころか、それとは全く真逆のことをよく言われるくらいよ。『お前は本当にいい性格して

るよ』って」

「それは嫌味で言われてるんだ!」

それでいいなら僕だって言ってやるよ!

お前は本当にいい性格をしてるよ!

「なんですって……? あの人達が私のことを騙していると言うの。彼らの言葉を疑うなん

て、いくら阿良々木くんの言うことでも聞き捨てならないわね……」

「自分の悪口を言ってる奴らを庇うなー!」

とか。

この辺りの会話は、ただの冗談だ。

互いのセンスが試されている。

「というわけで」

何がというわけでなのか知らないが、戦場ヶ原はそこで再度、仕切り直した。

「私とデートをしなさい、阿良々木くん」

ゆううつ けんのん

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「最終的に、そう落ち着くか……」

妥当と言えば妥当なところだった。

らしいと言えば、これ以上なくらしい。

「何か文句……いえ、何か質問はある?」

「ありません……」

それじゃあ私は、今日の放課後、適当に口実を作って先に帰って用意をしておくから、阿

良々木くんは文化祭の準備が終わり次第、私の家まで来て頂戴――と、戦場ヶ原はまとめて、

それから、まるで何事もなかったかのように、食事へと戻った。

デートを優先して文化祭の準備を当然至極のようにサボろうとする辺りが戦場ヶ原ひたぎ

だったが、勿論、僕の立場として、戦場ヶ原とデートできることが、嬉しくないわけもない。

しかも、時間にして夜からのデートというのが、なかなかどうして意味深長だ。どこに行く

か、何をするのか、どういうプランニングなのかは私に任せておいて、と戦場ヶ原は言った。

取り立てて追及するような場面でもないと思ったので、そこはそれ、お楽しみということにし

ておいて、僕は心の中で、ガッツポーズを決めたのだった。

長い道のりだった……。

まさか彼女からデートの約束を取り付けるというだけの行為が、ここまでの労力を伴うもの

だなんて、ついぞ思いもしなかった……。勢い余って彼女の後輩と先にデートをしてしまうほ

どだったが、結果よければ全てよし。

ともあれ。

六月十三日は、恋人と初めてデートをした、僕にとって記念すべき日になるはずだった――

のだが。

その数時間後。

放課後、文化祭の準備を終え、帰ろうとしたところ、正門で、下の妹の昔の友達であるとこ

ろの千石撫子に待たれていて、ブルマーとスクール水着を受け取り、そこを羽川に見つけら

れ、「頼む! 五万円払うからこのことは誰にも言わないでくれ!」なんてリアルで切実な懇

願をし(勿論その後、羽川から『尊厳ある人間を買収しようだなんて、恥を知りなさい』とマ

ジ説教を食らった。学校の正門でブルマーとスクール水着を抱えたまま同級生に叱られる

僕)、自転車のペダルを気持ちいつもより速めに漕ぎながら家に帰って、制服からそれなりの

服に着替え、財布と携帯電話だけを持って、折り返し、戦場ヶ原の家へと向かった。

到着する頃には七時半を越えていた。

ちょっと遅かったかなと思ったが、しかし、戦場ヶ原は、「思ったより早

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