第49章

同情するのも、筋違いだけれど」

と、戦場ヶ原は「それはそれとして」なんて、話の筋を元に戻した。

「そんな本物に及びもつかない、底辺を這い蹲る阿良々木くんは、こつこつと努力に努力を重

ねるしかないのよ。だから、これからは毎日、私の家でお勉強ね」

「はいはい……そうさせてもらうよ」

「はいは三回よ、阿良々木くん」

「はいはいはい!……って、なんでそこまでノリノリのテンションを要求されるんだよ!」

「それくらいのやる気は見せて欲しいわ。なんといっても勉強場所として私の家を提供するの

だから」

「そうなのか……」

「なんなら、阿良々木くんの家でもいいけれど」

「僕の家って、あんまり勉強しやすい環境じゃないんだよな……妹がうるさいから」

「たまになら、神原の家でもいいわね」

「何故ここで神原が出てくる?」

「阿良々木くんの勉強を見てあげるのと同じように、あの子とも少しは遊んでやらなくちゃい

けないのよ。そういう約束をしたから」

戦場ヶ原は、強いて平坦な口調でいった。

強いて平坦にしたと、わかる口調だった。

……こいつ、僕に対してはあくまで性格の悪い人間だけれど、神原に対してだけは本当にツ

ンデレだと言えるかもしれないな……。

まあ、人質なんだけど。

神原駿河。

「あの子は勉強面の心配はいらないみたいだけれど……阿良々木くんだって、神原とは遊びた

いって思うでしょう?」

「そりゃな。面白い奴だし」

ちょっと面白過ぎるけれど。

それに。

「度が過ぎるくらいに僕のことを慕っているのが、どうしてなのかよくわからないけどな……

あいつ、ちょっと僕のことをいい風に捉えすぎている感じがあるぜ」

つくば

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「それについては私の責任もあるかもしれないわね」

戦場ヶ原は言う。

「阿良々木くんが溺れている子供を助けたことや、日曜日にはいつも老人ホームへボランティ

アに行っていることを、教えたから」

「嘘ばっか教えてんじゃねえか!」

「冗談よ。ありのまましか伝えてないわ」

「ふうん……そうなのか」

「私がいうありのままとはつまり悪口ということだから、神原が阿良々木くんを慕うのはあく

まで神原の判断ということになるわね」

「…………」

悪口を吹き込んでるんだ……。

やめてくれないかなあ。

「気心の知れた後輩が相手とはいえ、自分の彼氏のことを褒めるのなんて気恥ずかしいから、

私なりの照れ隠しよ」

「照れ隠しなら、普通に恥ずかしいって言って欲しいところだけどな……あ、そうだ、戦場ヶ

原」

僕は声を潜めて、運転席の戦場ヶ原父に聞こえないよう配慮をしながら、戦場ヶ原に話題を

振る。

「じゃあもう一つ、神原のことなんだけど……」

「お父さん。阿良々木くんがお父さんに内緒話があるらしい――」

「ひたぎさん!」

目敏いな、こいつはもう!

僕の苛めどころを決して見逃さないもんなあ!

「神原がどうかしたの?」

「あいつはどうしてあんなにエロいんだ」

口元を手で隠しながらの会話。

野球のバッテリーみたいだが、戦場ヶ原父からバックミラーの後方確認で唇を読まれること

まで考えると、こうせざるを得ない。

「エロい? 神原が?」

「ああ。中学生の頃からああだったのか?」

「うーん。中学生がどうとか言うより……そもそも、神原って、エロいかしら」

「違うってのか? あの忍野ですら、神原のことはスポーツキャラじゃなくてエロキャラだと

おぼ

めざと

いじ

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認識していたぞ」

「そうかしら。それは忍野さんや阿良々木くんと言った、女性に対して貞淑さを求める男性側

の視点から見るからそう映るんじゃない? 男の理論ね。あの子はただ、自分に正直なだけ

よ。度を越しているとまでは思わないけれど」

「そうなのか……」

そういうものなのかなあ。

よくわからん。

「阿良々木くんも、機会があれば、中学生以上を対象とした少女漫画やBL小説を読んで御覧

なさい。神原程度をエロいなどとは言っていられなくなるわよ」

「そうか……いや、読むことはないと思うけど」

特にBL小説。

読んだら色々と終わりそうな気がする。

「そうなの? でも、私としては、私の可愛い後輩がエロいなどという偏見に見舞われている

のを、看過できないわね」

「看過できなきゃどうするんだよ」

偏見っつーかさ。

僕が被害者くらいの気持ちでいたんだが……駄目だ、こいつに神原のことで相談しても、戦

場ヶ原は無条件で無制限に神原の味方をするらしい。

人質なのに……。

ていうか、こうなると僕が人質なんじゃないか?

「どうするかって? 阿良々木くんの中の判断基準、価値基準を揺るがせておくのよ。そうす

れば神原のことなんて、むしろ純粋無垢な女の子に見えてくるわ」

そう言って、戦場ヶ原は、そっと身体を僕の方へと寄せてきて、声を潜めるどころではな

い、露骨な内緒話をするように、僕の耳元へと、その唇を近付けてきた。

手で口元を隠すようにして。

「――××××」

「…………!」

ぐあっ……!

こいつ、今、何て言った……!

「××××を××××に××××するから××――××で××××――×××に××――」

「う……うう!」

戦場ヶ原ひたぎ……

ていしゅく

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な、なんて恥ずかしくもいやらしいことを!

××に××だと!?

まさかそんな組み合わせが!?

しかもあえて平坦で事務的な口調で!

信じられない……ただの単なる言葉だけで、人はこうも情欲を刺激されるものなのか!?

「や、やめ――」

う……駄目だ、大声は出せない!

すぐ前に戦場ヶ原父がいる!

不自然な動きを見せるわけにはいかない!

「×××――××で×××――」

「くっ……」

で、でも、耳元に、息を吹きかけられるようなくすぐったさもあいまって……おい、なんだ

この状況! 恋人に太ももを撫で回されながら嫌らしい言葉を囁きかけられている――恋人の

父親の前で――もうこれ、拷

問みたいっていうか、明らかにただの拷問だろ! 僕は一体何を

白状したら、この拷問から解放されるんだ!

僕は何も知らない!

本当に何も知らないんだ!

そうか……そういうことだったんだな、謎が解けたぞ、神原のエロの師匠はお前だったんだ

な! 考えればわかりそうなことだよな、あれだけ戦場ヶ原から影響を強く受けている後輩な

んだから……! 畜生、マジで僕の中の判断基準、価値基準が揺るがされ、崩されていく……

ああ、神原はエロくない、神原は全然エロくない……。

「はむ」

耳を噛まれたー!

唇で挟む感じ!

NGNGNG、それはもう完全なエロ行為だ!

「といった感じで」

平然とした仕草で、何事もなかったかのように、僕から離れる戦場ヶ原。

「どうかしら、阿良々木くん」

「もう好きにしてくれ……ひたぎさん」

僕はもう駄目だ。

決して僕はこんなデートがしたかったわけじゃない……本当、僕の期待とか幻想とか、一個

一個順番に打ち砕いてくれるよな、お前は……。

ささや

ししょう

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