秀才だからな……
実際のところ、その程度では驚くには値しないのかもしれない。
なんだか、ようやく、学生らしい会話だった。
これなら父親の前でも、安心してできる。
真面目さをアピールするならこの場面だった。
「本当は答え合わせは、試験が終わった直後にやるのがいいのだけれどね」
と、戦場ヶ原。
「まあ、今の阿良々木くんにそこまで求めるのは酷よね……でも、それなりの点数が取れてい
るじゃない。自分で教鞭をとっておいてなんだけれど、ちょっと意外だわ」
「意外か」
「ええ。阿良々木くんにしては面白くもなんともないオチね」
「僕は笑いを取りたくてお前に勉強を教えてもらったわけじゃねえんだよ!」
「てっきり、『あんなに勉強したけれど、いつもよりむしろ点数は悪かったです』的な展開に
なると期待していたのに、ある意味がっかりだわ」
「そんな展開を求める方がよっぽど酷だ!」
「あらそう」
とか言って。
戦場ヶ原は、ぽん、と僕の脚の上に手を置いた。
太ももの辺り。
…………?
何やってんだ、こいつ。
そう言えば、ジープと言ってもこのクルマはそんな大きな車体ではないから、こうして後部
座席に並んでいると、戦場ヶ原と僕は、結構、かなり近い距離になってるんだよな……。言う
なら、カーブでクルマが傾けば、それで身体が触れ合ってしまうくらいには。
だからと言って、自ら身を乗り出して積極的に太ももに触れてこられても、こちらとしては
挨拶に困るのだが……。
こく
きょうべん
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「でも、本当に大したものだわ。褒めてあげる」
当の戦場ヶ原は、まるで構わず、右手のその動きは全く自分の管轄外であるかのように、そ
れまで通りに会話を繋げる。こいつはどうして、こうも表情が変わらないんだ。よくできたお
面でも被ってるんじゃないのかと思わせる。
「私が人を褒めるなんて滅多にないことよ。前に人を褒めたのはどれくらい前になるかしら。
そうね、小学六年生のとき、隣の席の子がオセロで三連勝していたときかしらね」
「本当にかなり前だし、しかもそれにしてはそんな大したことじゃないところで褒めてる
な!」
「嘘よ」
「まあ、嘘だろう……」
「でも、私が人を滅多に褒めないのは、本当」
「うん……それはわかる」
「とはいえ、今回にしたって、遠回しに自分のことを褒めているのだけれどね。阿良々木くん
みたいなお馬鹿さんをそこまで教導できた自分自身を、とっても誇らしく思うもの」
「…………」
まあ。
一応、それも、事実は事実。
「印象と書こうとして印度象と書いてしまうほどお馬鹿な阿良々木くんを、我ながらよくぞこ
こまで育て上げたものだわ」
「そんな間違いはしたことねえ!」
「失点も、どうやらケアレスミスが多いようだし……ふうむ。その調子なら、阿良々木くん、
もっと上を目指せるかもしれないわよ」
「上を――ね」
大学受験。
進路、か。
「阿良々木くんさえよければだけれど、これからも、私がお勉強、教えてあげてもいいのよ」
「それは――」
実際。
戦場ヶ原が推薦を受けようとしている国立大学を、こっそりと視野に入れていることを、今
はまだ、とてもじゃないけれど、彼女に言えるような段階ではないが――だからと言って、こ
こでその申し出を断る理由はない。
「――願ってもない話だな」
かんかつ
インドぞう
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「あらそう」
おすまし顔で、それだけいう戦場ヶ原。
口の堅い羽川には、重ねに重ねて口止めをしておいたこともある、僕の思惑があいつから戦
場ヶ原に伝わっていることはないだろうが、案外、僕の思惑なんて、この女にはお見通しなの
かもしれない。
そう思った。
まあ、それはそれで、いいだろう。そうだとしても、僕が僕の口からそれを出すまで、戦
場ヶ原は、待っていてくれるつもりのようだし――以心伝心って感じで、悪くない。
「…………」
それよりこいつ、右手で僕の太ももを、触るだけじゃ飽き足らず、内ももにかけてまで撫で
繰り回し始めたんだが、これはどういう意味を持っているのだろう?
痴漢行為じゃねえのか、これ。
父親のいる前でするようなことなのか?
……まあ、正確には父親の後ろだけどさ。
「じゃあこれからは毎日、私の家でお勉強ね」
「ま、毎日っ!?」
そんなの、以心伝心してねえぞ!
え、いや……?
でも、それくらいはしなくちゃ駄目なのか? でも毎日って……毎日? 僕は一応、学校で
も勉強してるんだぜ? 更に放課後も、日曜日もってことなのか?
「何よ。どうしたの? 阿良々木くん」
「い、いや……頭のいい奴は、やっぱそれくらい勉強してるもんなんだなあって」
「いえ? 私はそこまではしてないわよ、面倒臭い。そんなの、阿良々木くん向けのプログラ
ムに決まってるじゃないの」
「………………」
天才肌……。
学年七位の人間が、今、勉強をするのが面倒臭いって言った……。
「頭のいい人間は勉強する前から頭がいいのよ。成績って言うのは、要するに理解力と記憶力
のことなのだから」
「はあ……あ、でも、それでいうなら羽川は、勉強しなかったら頭が痛くなるとかなんとか、
そんなことを言ってたけれどな」
「羽川さんがしている『勉強』は、阿良々木くん、私達がいうところの『勉強』とは、残念な
おもわく
ちかん
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がらランクが違うのよ」
戦場ヶ原は言った。
あえて少し間を空けて。
「羽川さんは、本物よ。私達とは世界が違う」
「……ふうん」
お前から見ても――そうなのか。
隔絶があるのか。
学年七位と、学年一位。
同じ一桁なのに、そこにはそれほどの差異が。
「本物――な」
「化物――と、言ってもいいかもしれないわ。だって、はっきり言って気持ち悪くない? あ
そこまで頭が切れる人間って。機知に長けているなんてものじゃないわ――」
戦場ヶ原の、いつもの毒。
という感じではなかった。
羽川に対しては――この女、常にど
こか、そうだ。
嫌っているわけではなさそうなのだが――
変な距離を置いている。
「私達――って言ったな」
「ええ。私達、よ。阿良々木くんから見れば、私と羽川さんが同様に見えるみたいに――羽川
さんから見れば、私も阿良々木くんも同じレベルだと思うわ」
「そうなのか」
「そう。この上なく屈辱的なことにね」
「屈辱的なんだ……」
しかも、この上なく。
本当に僕を凹ますのが好きなんだな。
「けど、羽川だって常に満点ばかり取れるわけじゃないだろ? いや、まあ、大抵は満点ばか
りみたいだけど……」
「羽川さんが満点を取れない場合、それは試験問題の方が出来損ないなのよ。……ただ、どう
なのかしらね。それって、どれくらいのプレッシャーになるのかと思うと……あまり素直に羨
ましいとは言えないわね」
「プレッシャーか……」
「あるいは、ストレス」
けた
た
くつじょく
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「ストレスね」
羽川翼。
異形の羽を、持つ少女――
「かと言って、そんな理由で私達が羽川さんに