第67章

からね。

ちょっと手順を省略した」

「省略?」

なんだそれ。

そんなことができるのか?

「これはこれで外法なんだけれどね。時間がない――って言ったろ? それに、この場合……

阿良々木くんも十分にわかっていると思うけれど、委員長ちゃんに話を聞くよりは、本人に話

を聞いた方が、いくらか手っ取り早い」

「……本人、か」

「委員長ちゃんは、突き詰めれば、いくら記憶が戻ったところで憶えていないんだからね――

話してもラチがあかんさ。不意打ちで女の子を叩いちゃったのは、そりゃ阿良々木くんが顔色

を変えるのもわかるけれど、今のは不意をつかないと意味のない作法だから、さ。堪忍してく

れよ」

いやあ、この娘、全然油断しないから、精神の隙を探るのに苦労したよ――と、忍野は言っ

た。

まあ、羽川はそうだろうな。

じゃあ忍野は、さっきからずっと、その『隙』とやらを、羽川の動向の中から窺っていたと

いうことなのか……。

「でも、本人って言っても……」

「説明する必要はないだろ。手際よく行こうぜ、阿良々木くん。委員長ちゃんみたいな頭のい

いのを相手にするんだ、こっちもこっちで、覚悟を決めないとな――ゴールデンウィークに

は、この僕でさえ、不覚を取ってしまったくらいなんだ。同じ轍は二度と踏まない。おっと、

なんて言ってるそばから、ほら、もう、来たぜ、阿良々木くん。色ボケ猫のお出ましだ」

見れば。

うつ伏せに倒れた羽川の、その、普段は三つ編みに結われている長い髪が――変色してい

く。

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変色。

いや――退色か。

純粋な黒から、白に近い銀へ。

すうぅーっと、生気が抜けていくように。

「………………」

言葉もない。

忍野を訪ねる時点で、こうなることを、僕はある程度予測していて、それなりに覚悟を決め

ていたつもりだったが――しかしそれでも、こうも唐突に再会するとなると、動揺は隠せな

かった。

全く、薄い。

薄くて弱い。

羽川にとって必要なときに、絶対にそこにいると――ちゃんと誓ったはずなのに。

がばっと――

彼女は、飛び起きた。

その勢いで、かぶっていた帽子が飛ぶ。

飛んで――あらわになる。

前髪の揃った白い髪が。

小さな頭から生えた白い猫耳が。

「にゃははは――」

そして彼女は――

猫のように目を細め、猫のようににたりと笑う。

「また会えるとは驚いたにゃあ、人間――懲りもせずに俺のご主人のおっぱいに欲情してや

がったみたいで、相変わらずお前は駄目駄目にゃ。食い殺されたいのかにゃん?」

「………………」

自分のキャラ設定とポジショニングを、一つの台詞の中でとてもわかりやすく説明しながら

――

ブラック羽川は、再臨した。

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さいりん

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初心者にも親切な、ブラック羽川のわかりやすい説明があった以上、今更回想シーンに入る

のもなんだかわざとらしい感じではあるが、それでも一応、場を取りなすためという意味も含

めて、ここで時間軸を、ゴールデンウィークの初日、即ち四月二十九日、今から一ヵ月半ほど

前の午前中へと、セットすることにしよう。首元の咬み痕を隠すために伸ばし始めた僕の髪の

毛が、まだまだ心得ない長さだった、その頃のことである。

四月二十九日。

午前中。

例によって、平日以外の日を嫌う僕は、その祝日、神原に破壊される前の、まだ健在だった

マウンテンバイクに乗って、家を離れ、町をふらふらと、ぶらついていた。あの母の日とは違

い、明確な目的地があったような気がするが、どうだろう、もうよく憶えていない。まあ目的

地があったとしても、憶えていないということは、そこまで大した用事ではなかったのかもし

れない。

否。

道中の展開が――大ごと過ぎたということか。

僕にとって。

他のすべてがどうでもよくなるほどに。

たまたま――羽川と出会ったのだ。

僕と羽川との馴れ初めは、それは、春休みのことである――これまでに何度も繰り返してい

るよう、僕はそのとき、羽川に、命を助けられた。

肉体的にも、精神的にも。

当時不死身だった僕には、後者の方がありがたかった――とにかく、羽川は恩人だった。

命の恩人であり、心の恩人だった。

必要なときにそこにいてくれたこと。

思う。

本当に、思う。

戦場ヶ原が階段で足を滑らしたとき、踊り場で立っていたのが僕で本当によかったと思うの

と、同じくらいに――あのとき、あそこにいてくれたのが、羽川翼であって、他の誰でもな

かったことを、僕は本当に、よかったと思う。

それ以外では僕は決して救われなかっただろう。

地獄からの解放はなかったはずだ。

春休みを終えて、僕と羽川は同じクラスになった。羽川は僕に副委員長の職を押し付けた。

僕を不良だと思い込んで、それを更生させようと、自分の管理下に置こうとしたのだ。その当

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時は、さすがに、勉強の面倒を見ようとまでは、思ってなかったようだけれど――普段の僕な

ら、余計なお世話だと、突っ撥ねただろう。そんな誤解に満ち溢れた、押し付けがましいとも

取れる行為は、僕の最も苦手とするところだ。

しかし、受け入れた。

相手が羽川だったからだ。

以来――四月の、一ヵ月。

僕と羽川は、委員長として、副委員長として、委員長と副委員長として、色々と、学校行事

や、クラスの取りまとめにあたってきて、それなりに、打ち解けても来ていた――そういっ

た、久し振りの感覚に、僕はらしくもなく、溶け込んでいた――だから、勿論。

休日に、制服姿で歩く羽川を見つけたら、それは声を掛けるくらいのことはする。

普通。

だが、僕は一瞬、ひるんでしまった。

道を行く羽川翼の顔面に、その顔面の半分を覆い隠すような大きな白いガーゼが、施されて

いたからだ。

怪我。

くらいは、誰でもする。

しかし、その部位が顔面であり

、同時に、それくらいの規模のものとなると――滅多に見る

ものじゃない。また、ガーゼに覆われているのが、左顔面だという事実が――何かを物語って

いるような気がした。

考え過ぎだろうか。

あの暴力的な春休みが、僕にそんな野蛮な連想を強いているだけなのだろうか。大抵の人間

は右利さであり、その人間が人の顔を殴ろうとした場合、その拳は、左側に当たるんじゃない

のか――とか。でも、そうとでも考えないと――器用にもあの位置だけ怪我をするということ

は、ないと思う。三年生の羽川が、昨日の放課後、何かスポーツに身を投じたということは、

まずあり得ないだろう――

考えている内に。

羽川の方も、僕に気付いた。

「あ」

と、声をあげて、僕に近寄ってくる。

いつも通りの、気さくな態度で。

「やっほー、阿良々木くん」

「……やっほー」

ほどこ

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こぶし

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「ん。あ」

と。

羽川は、そこで、失敗した、みたいな顔をした。

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