第73章

わか

る――この場合、羽川が、怪異に依存してしまっている形であることは、よくわかる。忍野メ

メが、そういうのを、嫌う性格であることも。

頼るだけ頼っておいて――

必要なくなったら邪魔者扱い。

それは敬意が足りないだろう――と。

「――でも、今回は、お前の責任でもあるわけだろう? 羽川からは、きっちり十万円、受け

取ってるじゃないか。それなのに、こんな前回の続きみたいなことが起こってしまったんだか

ら――専門家として、違約金をお前が払わなくちゃいけないくらいだと思うぞ。アフターケア

が足りないよ。お前の言う通り、羽川に鈴をつけていたことを、僕に教えておいてくれれば―

―」

「まあ、そういう風にも言えるよね――」

意外なことに、反論しない忍野。

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それは、あり得ない反応だった。

「いや、しかし、阿良々木くん、委員長ちゃんはそれにしても、猫耳が似合うねえ。はっ

はー、僕は『ねこ?ねこ?幻想曲』を思い出したよ。読んでるかい? ほら、あの、猫部ねこ

先生の――」

「猫部ねこ先生は『きんぎょ注意報!』だろうが。猫ってだけで混同すんじゃねえよ。……お

前、忍野、ひょっとして、何か誤魔化そうとしてないか?」

「何を言っているんだい、僕が誤魔化すなんて不実な行為をするわけがないだろう。猫耳と言

えば、そう言えば、則巻アラレちゃんもよく装着していたよね。いやあ、振り返ってみるに、

あの漫画は時代を先取りしていたなあ。猫耳でロリでロボで眼鏡で妹で髪の色は紫で変な口癖

てんこ盛りだぜ?」

「言われなきゃ気付かないことだが、まあ、その通りだな……よく気付いたと褒めてやりたい

ところだが、忍野、しかしそれが羽川のケースと何か関係があるのか?」

「ん、ん、んー」

誤魔化そうとしている……。

絶対に誤魔化そうとしている……。

「おい忍野、いい加減に」

「くぴぽ」

「それが世の中の酸いも甘いも噛み分けた大人の誤魔化し方なのか!?」

「んー。まあ、大人って大体こんなもんだよ」

「大人になんかなりたくねえ!」

まあ、くぴぽで誤魔化されることはないとして。

しかし、誤魔化そうとしているならば、何をだ?

わからない。

わからないことを考えてもしょうがないので、やむなく僕は、半ば強引にであっても、話を

進めることにした。

「とにかく、忍野――早く忍を連れて来いよ。相手は化け猫だ、どの道、忍に解決してもらう

しかないんだろう? 勿論、忍だって、そう簡単には動いてくれないだろうが、僕の血と引き

換えだって言えば――」

「んー。そうかもねえ。しかし、悪いときには悪いことが重なるということもあるしねえ――

不幸は友達を連れてくるとか――」

「………………」

言葉に鞘があるにもほどがある。

ファンタジア ねこべ

のりまき

むらさき

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いい加減にして欲しい、こっちは焦っているんだ。

ことは、羽川のことなのに。

前回は必要とされなかった僕だけれど、今回は、僕は羽川に、はっきりと名指しで必要とさ

れたんだ――絶対に、僕は、そこにいなければならない。

必要なときに、そこにいる。

「……あれ?」

と。

僕は、そこで、再び、思い出した――そうだ、さっき忍野に訊こうとしたんだ。今朝、八九

寺から聞いた、忍の話――今となっては、嫌な予感しかしない話だけれど。

ていうか、いい予感なんかしたことねえ!

「忍野……訊きたいことがあるんだが」

「奇遇だねえ。僕も阿良々木くんから、訊かれたいことがあったんだよ」

「忍はどうした」

「うん、それそれ」

ついに罪の自白を許された罪人のような、誰かに聞いてもらうことで楽になったというよう

な、爽やかな笑顔と共に、忍野は答えた。

「忍ちゃん、自分探しの旅に出ちゃった」

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あっという間に、夜になった。

自転車で、町中を走り回って――心当たりを全部当たって、それでも足りず、同じコースを

繰り返し二周、文字通り走り回って、それでもまるで成果を挙げられなかったところで――僕

はようやく、疲れを自覚した。

何も食べず、何も飲まず。

休まず、ペダルを漕ぎ続けて――九時間。

正直、驚いた。

ここまでしないと、疲れない自分の身体というものに――確かに先日、忍に血をやったばか

りだが、その効用は、おおよそ、腕と脚の回復に、費やされてしまっているはずである――

人間もどきの吸血鬼。

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吸血鬼もどきの人間。

もう、どっちがどっちなのかも、わからない。

忍野忍。

吸血鬼が家出など、滑稽にも程がある。それも、お金を一円も持たず、着の身着のままで、

突然いなくなるなんて――それはもう、失踪の域だろう。どんな吸血鬼だ、それは。

悪いときには悪いことが重なる。

不幸は友達を連れてくる。

正にその言葉の通りだった。

忍がいないことに、忍野が気付いたのは、今朝になってからだそうだ――そして改めて思い

出してみれば、昨日の昼から、忍とは顔を合わせていないとのことだった。

八九寺の証言によれば、昨日、八九寺が国道沿いのミスタードーナツの辺りに金髪の子供を

見たのが、夕方五時頃――つまり、そのときにはもう、それは失踪中の忍野忍だったというこ

となのだろう。

子供の足だ、そう遠くまでいけるはずもない。

たかが一日――まして今の忍は伝説の吸血鬼でも何でもない、ほとんどがただの子供であ

る、体力という意味では、僕よりずっと下なのだ。ただの子供――いや、僕がそばにいなけれ

ば、ただの子供以下のはずである。わずかに残された能力もほとんどが制限されてしまう。

疲れもすれば、お腹も空く。

……って、おい。

そうだよ、ミスタードーナツのそばを歩いていようがどうしようが、お金を一円も持ってい

ないんだ――じゃあ、あいつ、お腹をすかしているのかよ。

この町の中――どこかで、一人で。

「……………………」

自転車で駆け回っている途中――正午過ぎくらいだったか、道を歩いていた八九寺真宵と、

ぶつかりそうになった。本日、二回目の遭遇だった。偶然でしか会えない八九寺に一日の内に

二回も会えた幸運を噛み締めたいところだったが、そんな場合でもなかった。大体、一度目も

そうだし、この二度目の遭遇だって厳密には偶然とは言えない――僕はとにかく闇雲に、町中

を走り回っていたのだから、そりゃ、いつかは会う。

「何良々木さん」

「遂にただの誤植になってしまったか……」

「失礼。噛みました」

そんな挨拶を交わしてから、僕は八九寺に、昨日忍を見かけたときのことを、もっと詳しく

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教えてくれるように頼んだ。

「そう言えば」

と、八九寺は言った。

「どことなく、寂しそうに、見えました」

「寂しそうに――」

「はい」

八九寺は真剣な面持ちで言う。

「まるで、迷子のようでした」

迷子。

それは――八九寺が言うと、説得力が違う。

ずっと道に迷い続けていた、彼女が言うと。

「わかりました」

と、頷く八九寺。

「わたしも、できる限り、その子

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