第81章

、この色ボケ猫」

「一回につき一カツオブシにゃ」

「安っ!」

羽川翼の貞操、安っ!

もしも本当にそんな値段だというんだったら、僕は前払いで六十年の専属契約を結ぶぞ!

「にゃにおう。だったら一マタタビ……いや、一キヤットフードにゃ!」

「単位を幾ら変えても無駄だ、一という数字の方からまず離れろ! それともお前は一までし

か数を数えられないのか!」

うーん。

変な感じだ。

つい最近とも言えるゴールデンウィーク、それこそ命懸けで戦った相手と、こんな風に普通

に会話をしている……。

怪異は――所詮、接し方次第ということか。

対応……なんだよな。

「俺を馬鹿扱いしやがって、にゃんだか不愉快な奴にゃ……こうにゃったら、人間、どっちが

より馬鹿か、勝負にゃん!」

「そんな非生産的な勝負、したくねえ!」

「勝負種目は将棋にゃ!」

「馬鹿と馬鹿が将棋で真剣勝負したら、目もあてられねえショボさになるぞ!」

将棋。

ルールは誰でも知ってるけど極めるのは難しい競技という意味では、この国では恐らく野球

と並ぶだろう。

「んー。じゃあ、こういうのはどうにゃ。ストップウオッチで、先に一秒ジャストで停めた方

が勝ちというゲームにゃん!」

「地味ぃー!」

というか。

それで知力は測れまい。

僕は、倒れた自転車を起こす……さすがはママチヤリ、よくわからない丈夫さがある、この

程度ではカゴが歪む程度で、どこも壊れていない。

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「じゃ、チャリはどっかその辺に停めて、二人で歩いて探すってのが、よさそうだな……ペー

スは落ちるけど、じっくり探すって意味じゃ、そっちの方がいいだろ」

「にゃ」

「こう暗くなってくると、人の眼じゃ、金髪っていう探しやすさが、意味をなくしてくるから

な……期待してんぜ」

「期待されてやるにゃん」

僕は自転車を押しながら、歩き出した。ブラック羽川はその後ろをついて……いや、僕を追

い越して、先導するように、前を歩き始めた。本当に頭の悪い猫だ……動くものを見ると追い

越したくなるという本能なのかもしれない。

猫と怪談は切り離せない――らしい。

その意味では、化け猫は一番わかりやすい怪異と言えるのだろう――吸血鬼を除けば、僕が

これまでかかわってきたあらゆる怪異の中で、一番メジャーであるのは確かだ。まあ、化け猫

というくくりならともかく、障り猫という個体識別名は、ゴールデンウィークまで、僕なんか

は寡聞にして知らなかったけれど。

うーん、でも、どうだろうなあ……、パジャマ姿のブラック羽川を連れ歩くって、客観的に

見たら、どうなんだろうなあ……。うら若き猫耳の乙女を連れ歩く男子高校生……一体どうい

う風に見えるのだろう。まさか猫耳を本物だと思う人はいないだろうし、パジャマ姿で歩いて

いるのは下着姿に較べれば全然マシだけれど……一旦学習塾跡に帰って、帽子と上着を取って

きた方がいいのかな。

でも、猫に限らず、ケモノに服着せるのって至難の業だよな……今、パジャマを脱がずにい

ること自体、奇跡のようなものなんだし……。

まあいいか。

今更気にするのはよそう。

後輩のスター、神原駿河と腕を組んで歩いているのがもう噂になってしまっているんだ、今

更、猫耳の美少女を連れて歩いているくらいの噂が流れたところで、大して変わらない。神原

や八九寺ならまだしも、千石辺りと遭遇してしまったときの言い訳が大変そうだが、そうなっ

てしまえば、もうなるようになれだ。今は、忍を見つけることが、何よりも最優先である。

心配なのは羽川の名誉の方だけれど、パジャマはぎりぎり私服に見えなくもないレベルのも

のだし、眼鏡は外しているし、髪型も違うし、何より髪が黒から白に変わってるんだ、事情を

知らなければ誰もこいつが羽川だとは思わないだろう。染めても抜いても、ここまで色が綺麗

には変わるはずがない。また、表情も全然違うしな……。僕だってゴールデンウィークに、初

めてこのブラック羽川を見たときは、誰だかわからなかった。かろうじて腰の形で――いや、

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羽川が僕の命の恩人だったからこそ、なんとか正体を見抜けたようなものだ。

それに。

これもまた――羽川翼なのだ。

もう一人の羽川。

表裏一体の、裏側だ。

「おい人間」

前方から、ブラック羽川が言った。

「俺は今、どんにゃことをしにゃければにゃらにゃいんだったかにゃん?」

「………………」

猫並みの知能……。

本当にこいつをアテにしていいのだろうか……。

しばらく行ったところに、本屋があった――この間、羽川と一緒に参考書を買いにきた、こ

の町一番の大きさを誇る書店。まだ営業時間なので開いている……買い物をするわけでもない

のに駐輪をするのは心苦しかったが、やむをえない。自転車はここに置いていくことにしよ

う。

そして再出発。

忍の匂いは、まだない。

……そういえば、猫の嗅覚が人間よりも鋭いだろうことは想像がつくけれど、実際に数値に

置き換えると、それほどれくらいになるのだろう……? 犬ほどじゃないんだよな、多分。

「おい人間」

「なんだ化け猫」

「お前さ、俺とバトったあとも、色々あったらしいじゃにゃいか――俺らとよ」

「……なんだ、忍野に聞いたのか?」

見張りをしつつ、話していたのか。

あいつらしいと言えばあいつらしい。

お喋りだもんなあ。

「ああ。蟹と、蝸牛と、猿と、蛇だ」

「鵺だにゃ!」

「猿と蛇だけに反応するな……蟹と蝸牛はどこに行ったんだよ。っていうか、思いついたこと

をそのまんま言うな」

羽川のイメージがガンガン悪くなっていく。

あいつの知性の片鱗でも見せて欲しい。

? ?

へんりん

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「そして僕は――鬼だ」

「ふん。にゃ」

ブラック羽川は言う。

「人間――お前らが怪異と呼んでいる俺らのことだけどにゃ……お前はどういう風に考えてい

るんにゃ?」

「どういう風にって……」

やっぱり、さすが夜行性のことだけあって、夜に話すと、多少は話が通じるな……。前回も

そういうところはあったけれど――でも、やっぱり

、根本的なところは変わらない。

どういう意味の質問なのだろう。

文意がどうにも曖昧だ。

「いや、もしも、人間、お前が俺らに慣れたつもりでいるんにゃら――そこは一咬みしといて

やらにゃきゃいけにゃいと思ってにゃあ。怪異は怪異、人間は人間にゃ。一緒にはにゃらにゃ

いにゃ。何があっても相容れにゃいにゃ」

「よく……わからねえな。お前、僕に何を言おうとしてるんだ?」

「わからにゃいのはお前の頭が悪いからにゃ」

「お前に言われたら誰に言われるよりも傷つく!」

「ふっ。これが文字通り傷だらけの……にゃ? うーん、にゃんだろう」

「何も思いついていないなら勢いで喋ろうとするんじゃねえ! うまいこと言えない奴がうま

いこと言おうとしている図ほど痛ましいものはこの世にはないんだよ!」

話が一向に進まない。

そもそも、何の話をしていたのだっけ。

「要するに、怪異に慣れるなんて無理って話か? まあ、その辺りは、実感しているこ

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