第83章

ゃ――俺の場合、厳密には匂いの薄い濃い

で判断してるわけじゃにゃいからにゃ」

「そうなのか?」

「実を言うと、あの建物から抜け出して、俺は最初、単独であの吸血鬼を追おうとしたんにゃ

――だから、多分、そのミスタードーナツって店のそばにも、行っていると思うんにゃ」

「なんだよ。そんな大事なことは早く言えよ」

コースの変更が必要じゃないか。匂いを探るという方法を取るならば、一度探したところを

探しても意味がない。

「すまん、忘れていたにゃ」

「………………」

同じコースを執拗に何度も何度も繰り返して巡る必要を切実に感じた。

「でも……匂いは途中で、ぷっつり途切れてたにゃ」

「途切れて――」

「追うのが無理ににゃったってことにゃんだが……だから人間、質問にゃ。あの吸血鬼は、

今、どのくらい吸血鬼としての能力を発揮できるんにゃ? 消えたり現れたり、影ににゃった

り闇ににゃったりできるんにゃら――はっきり言って、俺には見つけることはできにゃいにゃ

ん」

「吸血鬼としての能力っていうなら、ほぼ発揮できないと考えてもらっていいよ。今のあいつ

はその能力のほとんどを制限されているし――よしんば発揮できるとしてもそれは僕がそばに

いるときに限っての話だ。今週の頭に血を飲ませたから、ある程度の活動はそりゃ可能だろう

けれど、僕がそばにいなければ、ただの――」

ただの、子供だ。

怪異ではなく。

現実――だ。

でも、そういう認識が――間違っていたのか。

「ふうむ。だとすれば……」

ぶつぶつと呟く、ブラック羽川。

無駄に頭を使っているらしい。

「しかし、そう考えると、あんまり……」

「なんだよ。一人で考えるなよ。人間の世界にゃこういう諺があるんだぜ? 三人よれば文殊

の知恵ってな――」

「ほう。文殊とは何にゃ」

しつよう

ことわざ もんじゅ

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「………………」

何だろう?

知らずに使っている言葉だった。

「そもそも、俺らは三人じゃないにゃん」

「まあ、そりゃそうだが」

「一人と一匹――にゃ」

ブラック羽川はそう言った。

二人、ではなく――一人と一匹、と。

一までしか数を数えられないから――ではないだろう。

「ともかく――人間。こうにゃってくると、あの吸血鬼は一筋縄じゃ見つからにゃいんじゃ

にゃいかと思うにゃん」

「町の外に出てる可能性か? しかし、さっき言ったことの逆の側面ってことだけれど、今の

あいつは、僕からそこまで離れて活動することは」

厳密には、できない――わけじゃない。

ただ、それをやると、存在できなくなってしまう可能性があるということだ。

「吸血鬼が血を吸う意味――にゃ」

「は?」

「吸血鬼は、人の血を吸う――しかし、食料として吸うときと、仲間を作るために吸うときと

では、その意味合いが違うにゃ」

「…………」

それは知っている。

春休みに、聞いた――しかし、この猫、なんでそんなことを知っているんだ? 猫並みの知

能の癖に……ああ、そうか、知能と知識は違うんだ。羽川とブラック羽川は、知能に格差はあ

れど、知識はあくまでも、ある程度のレベルで共有しているということなのだろう。

「あるいは、だからこそ逃げたと言うことも、できるのかもしれにゃいにゃ――」

「あん? どういうことだ?」

「……鈍感な奴にゃん」

呆れたように、ブラック羽川。

「鈍感て、何だよ」

「察しの悪い奴だと言ってるんにゃ」

「まあ、確かに察しのいい方ではないが……」

「サッシの立てつけが悪い奴だと言ってるんにゃ」

? ? ? ? ?

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「いや、僕、窓枠じゃねえし」

「あの吸血鬼は、春休みとやらに自分と知り合ってから、次から次にのべつ幕なしに、お前が

俺らとかかわり続けてるのを見て、いい気分とは言えにゃかったんじゃにゃいかと言ってるん

にゃ」

「色々な怪異、お前も含めて色々な怪異と並列されることによって、自身の特異性が薄れて

いったという意味か? だから、あそこにい続けられなかったって――」

「鈍感、にゃ」

ブラック羽川は繰り返した。

鈍感……なんだか、嫌な言葉だ。

「ケモノは、死期を悟ると人前から姿を消すというが――吸血鬼もそうにゃのかにゃ?」

「縁起でもないことを言うなよ」

「怪異に向かって、縁起でもにゃいこと、とか言われてもにゃあ。しかし、お前、このまま、

吸血鬼が見つからにゃかったら、どうするんにゃ?」

「どうするって……そりゃ、困るよ。羽川は元に戻らないし」

「問題にゃのは、しかし、そこだけだろう? 俺のご主人のことを除けば――お前にとって、

あの吸血鬼はもう、いにゃくにゃっちまった方がいいんじゃにゃいのか?」

「…………?」

何を言ってるんだ?

意味がいまいちわからないが。

「お前が中途半端に吸血鬼の匂いを残しているのは、あいつが存在するためにゃんだろう?

血を飲ませるとか、にゃんとか――言ってたじゃにゃいか。つまり、もしもここで吸血鬼の存

在が消えてしまえば、お前はただの人間に戻れるんにゃ」

鬼は――ただの人間に。

戻れる。

忍を見捨てさえすれば。

「そんなこと――できるわけないだろ。あいつを見捨てるなんてことは、僕にはできない。僕

は――」

羽川が恩人なのだとすれば。

忍は僕の被害者だ。

「あいつには、殺されたって文句は言えないんだ。それだけのことを、した」

「そんにゃこと言って、本当は不死身の肉体を手放すのが惜しいだけじゃにゃいのか?」

「それは違うよ」

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僕は言った。

「あいつが明日死ぬのなら、僕の命は明日まででいい」

「……ふん。にゃるほどにゃ」

それは感情移入にゃ。

と、ブラック羽川は言う。

それは、そう言われれば、その通りだろう――僕からの一方的な感情だ。忍にしてみれば、

それこそ迷惑、鬱陶しいと思われていても仕方がない。

あるいは、だからこそ――

忍は出て行ったのかもしれない。

「それに、猫、お前のその仮定は前提が成り立たない

ぜ。お前のご主人のことを除くなんて、

あり得ない話だ。悪いがお前には、ずっと奥に、引っ込んでおいてもらわないと――ゴールデ

ンウィークの二の舞だけは御免だ」

「そうか。しかし人間――それは決して、あり得にゃい仮定じゃにゃいんだぞ? 吸血鬼に頼

らにゃくても、俺を奥に引っ込める方法はあるにゃ」

「……? あるのか?」

そんな方法が……?

短期間でそれができるなら――望むところだが。

十日が限度――つまり、最悪でも前と同じように、九日以内に解決に導くことができれば、

それでよしとできる。

「それこそ、ゴールデンウィークのときにもあったことじゃにゃいか。俺はご主人のストレス

の権化にゃん――つまり、ストレスの大本が解消されれば、俺もまた消えるのにゃ」

「ふうむ……」

前回、この障り猫が、羽川の両親を、エナジードレインで入院に追い込んだ際、わずかな間

だけ、羽川としての意識が戻っていた――それは、彼女のストレスが少なからず、そのことに

よって緩和されたからだろう。結局、溜まりに溜まっていたスト

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