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〓化物語(上)
西尾維新
阿良々木暦を目がけて空から降ってきた女の子?戦場ヶ原ひたぎには、およそ体重と呼べるよ
うなものが、全くと言っていいほど、なかった――!?
台湾から現れた新人イラストレーター、〝光の魔術師?ことVOFANと新たにコンビを組
み、あの西尾維新が満を持して放つ、これぞ現代の怪異! 怪異! 怪異!
青春に、おかしなことはつきものだ!
あららぎこよみ せんじょう はら
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BOOK&BOX DESIGN VEIA
FONT DIRECTION
SHINICHIKONNO
(TOPPAN PRINTING CO.,LTD)
ILLUSTRTION
VOFAN
本文使用書体:FOT-筑紫明朝ProL
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第一話 ひたぎクラブ
第二話 まよいマイマイ
第三話 するがモンキー
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第一話 ひたぎクラブ
001
戦場ヶ原ひたぎは、クラスにおいて、いわゆる病弱な女の子という立ち位置を与えられてい
る――当然のように体育の授業なんかには参加しないし、全校朝会や全校集会でさえ、貧血対
策とやらで、一人だけ日陰で受けている。戦場ヶ原とは、一年、二年、そして今年の三年と、
高校生活、ずっと同じクラスだけれど、僕はあいつが活発に動いているという絵をいまだかつ
て見たことが無い。保健室の常連で、かかりつけの病院に行くからという理由で、遅刻や早
退、あるいは欠席を繰り返す。病院に住んでいるんじゃないかと、面白おかしく囁かれるくら
いに。
しかし病弱とは言っても、そこに貧弱というイメージは皆無だ。線の細い、触れれば折れそ
うなたおやかな感じで、それはとても儚げで、その所為だろう、男子の一部では、深窓の令嬢
などと、話半分、冗談半分に囁かれたりもする。まことしやかに、といってもいい。確かにそ
の言葉の雰囲気は、戦場ヶ原に相応しいように、僕にも思われた。
戦場ヶ原はいつも教室の隅の方で、一人、本を読んでいる。難しそうなハードカバーのとき
もあれば、読むことによって知的レベルが下がってしまいそうな表紙デザインのコミック本の
ときもある。どうやら、かなりの濫読派のようだった。文字であれば何でもいいのかもしれな
かったし、そうではなく、そこには明確な基準があるのかもしれなかった。
頭は相当いいようで、学年トップクラス。
試験の後に張り出される順位表の、最初の十人の中に、戦場ヶ原ひたぎの名前が必ず記され
ている。それも全教科まんべんなく、だ。数学以外は赤点ばかりの僕なんかと較べるのもおこ
がましい話だが、きっと、脳味噌の構造が、はなっから違うのだろう。
友達はいないらしい。
一人も、である。
戦場ヶ原が、誰かと言葉を交わしている場面も、僕はいまだ見たことが無い――穿った目で
見れば、いつだって本を読んでいる彼女は、その本を読むという行為によって、だから話しか
せんじょう はら
ささや
はかな せい
ふさわ
らんどく
のうみそ
うが
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けるなと、己の周囲に壁を作っているのかもしれない。それこそ、僕は二年と少し、戦場ヶ原
とは机を並べているわけだけれど、その間、彼女とは恐らく一言だって口を利いたことはない
と断言できる。できてしまう。戦場ヶ原の声といえば、授業中に教師に当てられて、決まり文
句のように発する、か細い『わかりません』が、僕にとってのイコールなのだ(明らかに分
かっている問題であろうがどうだろうが、戦場ヶ原は『わかりません』としか答えないの
だ)。学校というのは不思議な空間で、友達のいない人間は友達のいない人間同士で一種のコ
ミュニティ(あるいはコロニー)を形成するのが普通だが(実際、去年までの僕がそうだ)、
戦場ヶ原はそのルールからも例外にいるようだった。勿論、かといって苛めにあっているとい
うことでもない。ディープな意味でもライトな意味でも、戦場ヶ原が迫害されているとか、疎
まれているとか、そういったことは、僕の見る限り、ない。いつだって戦場ヶ原は、そこにい
るのが当たり前みたいな顔をして、教室の隅で、本を読んでいるのだった。己の周囲に壁を
作っているのだった。
そこにいるのが当たり前で。
ここにいないのが当たり前のように。
まあ、だからといって、どうということもない。高校生活を三年間で測れば、一学年二百人
として、一年生から三年生までで、先輩後輩同級生、教師までを全部含め、およそ千人の人間
と、生活空間を共にするわけだが、一体その中の何人が、自分にとって意味のある人間なのだ
ろうか、なんて考え始めたら、とても絶望的な答が出てしまうことは、誰だって違いないのだ
から。
たとえ三年間クラスが同じなんて数奇な縁があったところで、それで一言も言葉を交わさな
い相手がいたところで、僕はそれを寂しいとは思わない。それは、つまり、そういうことだっ
たんだろうな、なんて、後になって回想するだけだ。一年後、高校を卒業して、そのとき僕が
どうなっているかなんて分からないけれど、とにかくそのときにはもう、戦場ヶ原の顔なん
て、思い出すこともないし――思い出すこともできないのだろう。
それでいい。戦場ヶ原も、きっとそれでいいはずだ。戦場ヶ原に限らず、学校中のみんな
きっと、それでいいはずなのだ。そんなことに対し、暗い感想を抱く方が、本来的に間違って
いるのである。
そう思っていた。
しかし。
そんなある日のことだった。
正確に言うなら、僕にとって地獄のようだった春休みの冗談が終了し、三年生になって、そ
して僕にとって悪夢のようだったゴールデンウィークの絵空事が明けたばかりの、五月八日の
おのれ
もちろん いじ
うと
すみ
えん
さみ
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ことだった。
例によって遅刻気味に、僕が校舎の階段を駆け上っていると、丁度踊り場のところで、空か
ら女の子が降ってきた。
それが、戦場ヶ原ひたぎだった。
それも正確に言うなら、別に空から降ってきたわけではなく、階段を踏み外した戦場ヶ原が
後ろ向きに倒れてきただけのことだったのだが――避けることもできたのだろうけれど、僕
は、咄嗟に、戦場ヶ原の身体を、受け止めた。
避けるよりは正しい判断だっただろう。
いや、間違っていたのかもしれない。
何故なら。
咄嗟に受け止めた戦場ヶ原ひたぎの身体が、とても――とてつもなく、軽かったからだ。洒
落にならないくらい、不思議なくらい、不気味なくらいに――軽かったからだ。
ここにいないかのように。
そう。
戦場ヶ原には、およそ体重と呼べるようなものが、全くと言っていいほど、なかったのであ
る。
002
「戦場ヶ原さん?」
僕の問いかけに、羽川は首を傾げる。
「戦場ヶ原さんが、どうかしたの?」
「どうかっつうか――」
僕は曖昧に言葉を濁した。
「――まあ、なんか、気になって」
「ふう