第2章

ん」

「ほら、何か、戦場ヶ原ひたぎだなんて、変わった名前で面白いじゃん」

「……戦場ヶ原って、地名姓だよ?」

「あー、えっと、そうじゃなくて、僕が言っているのは、ほら、下の名前の方だから」

「戦場ヶ原さんの下の名前って、ひたぎ、でしょう? そんな変わってるかな……ひたぎっ

ちょうどおど ば

とっさ

なぜ

からだ しゃ

れ ぶきみ

はねかわ かし

あいまい にご

せい

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て、確か、土木関係の用語じゃなかったっけ」

「お前は何でも知ってるな……」

「何でもは知らないわよ。知ってることだけ」

羽川は納得しかねている風だったが、しかし特に追及してくるでもなく、「珍しいね、阿

良々木くんが、他人に興味を持つなんて」と言った。

余計な世話だ、と僕は返した。

羽川翼。

クラスの委員長である。

これがまた、如何にも委員長といった風情の女子で、きっちりとした三つ編みに眼鏡をかけ

て、規律正しく折り目正しく、恐ろしく真面目で教師受けも良いという、今や漫画やアニメに

おいてさえ絶滅危惧種に指定されそうな存在なのである。今までの人生ずっと委員長をやって

きて、きっと卒業した後でも、何らかの委員長であり続けるのではないかと、そう思わせる風

格を持つ、つまるところ、委員長の中の委員長である。神に選ばれた委員長ではないかと、真

実味たっぷりに噂する者もいるほどだ(僕だけど)。

一年次、二年次は別のクラスで、この三年次で同じクラスになった。とはいえ、同じクラス

になるその以前から、羽川の存在は聞いていた。当たり前だ、戦場ヶ原が学年トップクラスの

成績ならば、羽川翼は学年トップの成績なのである。五教科六科目で六百点満点なんて嘘みた

いなことを平気でやってのけ、そう、これは今でも明確に記憶している、二年生一学期の期末

テストで、保健体育及び芸術科目まで含めた全教科で、落としたのは日本史の穴埋め問題一問

のみという、とんでもなく化物じみた成果を達成したこともある。そんな有名人、知りたくな

くとも勝手に聞こえてくるってものだ。

そして。

たちの悪いことに、いやいいことなのだろうけれど、とにかく迷惑この上ないことに、羽川

は、とても面倒見のいい、善良な人間であったのだった。そしてこれは素直にたちの悪いこと

に、とても思い込みの激しい人間でもあった。過度に真面目な人間にありがちなように、こう

と決めたら挺子でも動かない。春休みに、既に羽川とは、ちょっとした顔合わせが済んでいた

のだが、明けてクラス替え、同じクラスになったと知るや否や、彼女は、「きみを更生させて

みせます」と、僕に宣言したのである。

別に不良でもなければさして問題児でもない、クラスにおける置物のような存在だと、己自

身を評価していた僕にとって、彼女のその宣言は正に青天の霹靂だったが、いくら説得しても

羽川の妄想じみた思い込みはとどまることを知らず、あれよあれよと僕はクラスの副委員長に

任命され、そして現在、五月八日の放課後、六月半ばに行われる予定の文化祭の計画を、教室

ついきゅう あ

ららぎ

つばさ

いか ふぜい めがね

まじめ

きぐ

うわさ

うそ

あなう

てこ

いな

へきれき

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に残って羽川と二人、練っているというわけだった。

「文化祭っていっても、私達、もう三年生だからね。さしてすることもないんだけれど。受験

勉強の方が大事だし」

羽川は言う。

当然のように文化祭よりも受験勉強を優先させて考える辺り、委員長の中の委員長である。

「漠然としたアンケートじゃ意見がばらけちゃって時間がもったいないから、あらかじめ私達

で候補を絞って、その中から、みんなの投票で決定するっていうので、いいかな?」

「いいんじゃないのか? 一見民主主義っぽくて」

「相変わらず嫌な言い方するよね、阿良々木くんは。ひねてるっていうか」

「ひねてなんかない。やめろ、人をむやみにトンガリ呼ばわりするな」

「参考までに、阿良々木くんは、去年一昨年、文化祭の出し物、何だった?」

「お化け屋敷と、喫茶店」

「定番だね。定番過ぎる。平凡といってもいいかも」

「まあね」

「凡俗といってもいいかも」

「そこまでは言うな」

「あはは」

「大体――平凡な方が、でも、この場合はよくないか? お客さんだけじゃなくて、こっちも

楽しまなくちゃならねえってんだから……ん。そう言えば、戦場ヶ原は――文化祭にも、参加

してなかったな」

去年も――一昨年もだ。

いや、文化祭だけではない。およそ行事と呼べるもの――通常授業以外のものには、全くと

いっていいほど、戦場ヶ原は参加していない。体育祭は勿論、修学旅行にも、野外授業にも、

社会科見学にも、何にも、参加していない。激しい活動は医者から禁じられている――とか、

なんとかで。今から考えてみればおかしな話である。激しい運動とか言うのならまだしも、活

動を禁じられているという、その不自然な物言い――

しかし、もしも――

もしもあれが、僕の錯覚でないとしたら。

戦場ヶ原に、体重がないのだとしたら。

通常の授業以外の、そう、不特定多数の人間と、ともすれば身体が接触する機会のある、体

育の授業などは――絶対に参加するわけにはいかない、対象だろう。

「そんなに気になるの? 戦場ヶ原さんのこと」

ばくぜん

こうほ

おととし

きっさ

? ? ?

? ?

? ?

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「そういうわけでもないんだけど――」

「病弱な女の子、男子は好きだもんねー。あー、やだやだ。汚らわしい汚らわしい」

からかうようにいう羽川。

割合珍しいテンションだった。

「病弱、ねえ」

病弱というなら――病弱だろう。

いや、しかし、あれは病気なのだろうか?

病気でいいのだろうか?

身体が弱くて、それで必然的に身体が軽くなるというのは、分かりやすい説明だが――既に

あれは、そういったレベルでの話ではなかった。

階段の、ほとんど一番上から、踊り場まで、細身の女子とはいえ、一人の人間が落下したの

だ。通常ならば、

受け止めた方でさえ、結構な怪我をしかねないようなシチュエーションであ

る。

なのに――衝撃はほとんどなかった。

「でも、戦場ヶ原さんのことなら、阿良々木くんの方がよく知ってるんじゃないのかな? 私

なんかに訊くよりさ。なんったって、三年連続で同じクラスだっていうんだから」

「そう言われりゃ、確かにそうなんだが――女の子の事情は、女の子の方が知ってるかと思っ

て」

「事情って……」

羽川は苦笑した。

「女の子に事情なんてものがあるとしたら、それこそおいそれと教えてあげるわけにゃいかな

いでしょうが、男の子に」

「そりゃそうだ」

当たり前だった。

「だからまあ、クラスの副委員長が、副委員長として、クラスの委員長に質問しているんだと

思ってくれ。戦場ヶ原って、どんな奴なんだ?」

「そうくるか」

羽川は、話をしながらも進めていた走り書きを止め(お化け屋敷、喫茶店を筆頭に、クラス

の出し物の候補を、書いては消し書いては消ししていた)、ふうむ、と手を束ねた

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