第10章

のぶ

やいば もと

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た。そっちにも幸い、忍の一文字は入っているしね。二重にすることで三重の意味を持つ。我

ながら、悪くないセンスだと、結構気に入っているんだが」

「いいんじゃないのか?」

というか、本当にどうでもいい。

「色々考えて、最終的には忍野忍か、それか忍野お志乃か、どっちかにすることにしたんだけ

れど、言語上の統制よりも語呂の良さを優先してみた。漢字の並びが、ちょっとばかしあの委

員長ちゃんっぽいところも、僕的にはポイント高いんだよ」

「いいと思うよ」

絶対的にどうでもいいんだって。

いや、まあ、お志乃はないと思うが。

「だから」

いい加減業を煮やした感じで、戦場ヶ原が言う。

「あの子は一体何なのよ」

「だから――何でもないってば」

吸血鬼の成れの果て。

美しき鬼の搾りかす。

なんて言っても、そんなの、仕方がないだろう? どうせ、戦場ヶ原には関係ない、これ

は、僕の問題なのだから。僕が、これから一生、付き合っていかなくちゃならない程度の、た

だの業なのだから。

「何でもないの。ならいいわ」

「…………」

淡白な女だ。

「私は父方のお祖母ちゃんから、淡白でもいい、わくましく育ってくれればと、よく言われて

いたものよ」

「わくましくってなんだ」

入れ替わってる入れ替わってる。

オーソドックスをオードソックスっていうみたいな感じ。

「そんなことより」

戦場ヶ原ひたぎが、元吸血鬼、肌の白い金髪の少女改め忍野忍から、忍野メメに、視線を移

した。

「私を助けてくださるって、聞いたのですけれど」

「助ける? そりゃ無理だ」

しの

ごう に

しぼ

ばあ

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忍野は茶化すような、いつもの口調で言った。

「きみが勝手に一人で助かるだけだよ、お嬢ちゃん」

「…………」

おお。

戦場ヶ原の目が半分くらいに細くなった。

あからさまにいぶかしんでいる。

「私に向かって――同じような台詞を吐いた人が、今まで、五人いるわ。その全員が、詐欺師

だった。あなたもその部類なのかしら? 忍野さん」

「はっはー。お嬢ちゃん、随分と元気いいねえ。何かいいことでもあったのかい?」

だからなんでお前もそんな挑発するような言い方をするんだ。それが効果的な相手も、たと

えば羽川のように、いるのだろうけれど、しかし戦場ヶ原に限っては、それはない。

挑発には先制攻撃を以って返すタイプだ。

「ま、まあまあ」

やむなく、僕が仲裁に入った。

二人の間に、強引に割り込むようにして。

「余計な真似を。殺すわよ」

「…………」

今、この人、ごく普通に殺すって言った。

何故僕に火の粉が飛ぶかな。

焼夷弾みたいな女だ。

全く、形容するに暇がない。

「ま、何にせよ」

忍野は対照的に、気楽そうに言った。

「話してくれないと、話は先に進まないかな。僕は読心の類はどうも苦手でね。それ以上に対

話ってのが好きなんだ、根がお喋りなもんでね。とはいえ秘密は厳守するから、平気平気」

「…………」

「あ、ああ。まず、僕が簡単に説明すると――」

「いいわ、阿良々木くん」

戦場ヶ原が、またも、大枠を語ろうとした僕を、遮った。

「自分で、するから」

「戦場ヶ原――」

「自分で、できるから」

せりふ さぎし

ずいぶん

ちゅうさい

しよういだん

いとま

たぐい

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そう言った。

005

二時間後。

僕は、忍野と吸血鬼改め忍の居ついている学習塾跡を離れ、戦場ヶ原の家にいた。

戦場ヶ原の家。

民倉荘。

木造アパート二階建て、築三十年。トタンの集合郵便受け。かろうじて、シャワーと、水洗

のトイレは備え付け。いわゆる1K、六畳一間、小さなシンク。最寄のバス停まで、徒歩二十

分。家賃は概算、三万円から四万円(共益費?町内会費?水道代込み)。

羽川から聞いた話とは随分違った。

それが表情に出たのだろう、戦場ヶ原は、

「母親が怪しい宗教に嵌ってしまってね」

と、訊いてもいないことを、説明した。

言い訳でもするように。

まるで、取り繕うように。

「財産を全て貢いだどころじゃ済まなくて、多額の借金まで背負ってしまってね。驕る平家は

久しからずというわけよ」

「宗教って……」

悪徳な、新興宗教に嵌った。

それがどんな結果を招くのか、なんて。

「結局、去年の暮れに、協議離婚が成立して、私はお父さんに引き取られ、ここで二人で暮ら

しているわ。もっとも、二人で暮らしているといっても、借金自体はお父さんの名前で残って

いて、今もそれを返すために、あくせく働いているから、お父さん、滅多に帰ってこないけれ

どね。事実上の一人暮らしは、気楽でいいわ」

「…………」

「まあ学校の住所録には前の住所を登録しているままだから、羽川さんが知らないのも無理も

ないわね」

おい。

たみくらそう

ろくじょう ? ? ?

はま

つくろ

みつ おご

めった

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いいのかよ、それ。

「いつか敵になるかもしれない人間に、なるべく住んでいる場所を知られたくはないもの」

「敵、ね……」

大袈裟な物言いだとは思うが、人に知られたくない秘密を持つ者としては、有り得ないとい

うほどの警戒心では、ないのかもしれない。

「戦場ヶ原。お母さんが宗教に嵌ったって――それって、ひょっとして、お前のためにか?」

「嫌な質問ね」

戦場ヶ原は笑った。

「さあね。わからないわ。違うのかも」

それは――嫌な答だった。

嫌な質問をしたのだから、当然かもしれない。

実際嫌な質問だった、思い出して自己嫌悪に陥るほどに。する

べきじゃなかったし、あるい

は、戦場ヶ原は、ここでこそ、十八番の毒舌で、僕を叱り飛ばすべきだっただろう。

一緒に暮らしている家族だ、娘の重みが無くなったなんて事実に、気付かないはずがない―

―まして母親が、気付けないはずがない。机を並べて授業を受けていればいい学校とは訳が違

う。大事な一人娘の身体に、とんでもない異常が起こっていることくらい、簡単に露見する。

そして、医者も事実上匙を投げ、検査を続けるだけの毎日となれば、心に拠り所を求めてし

まっても、それは誰かに責められるようなものではないだろう。

いや、責められるべきなのかもしれない。

僕にわかる話じゃない。

知ったような口を叩いてどうする。

ともかく。

ともかく、僕は――戦場ヶ原の家、民倉荘の二〇一号室で、座布団に座って、卓袱台に用意

された湯のみに入ったお茶を、ぼおっと、見つめていた。

あの女のことだから、てっきり『外で待っていなさい』とか言うと思ったのだが、すんなり

と抵抗なく、部屋に招き入れてくれた。お茶まで出してくれた。それはちょっとした衝撃だっ

た。

「あなたを虐待してあげる」

「え……?」

「違った。招待だったわね」

「………………」

「いえ、やっぱり虐待だったかしら……」

おおげさ

おはこ しか

さじ よ どころ

ちゃぶだい

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「招待で完璧に正解だ――

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