何。うぶな阿良々木くんは、私のチャーミングな私服姿に見蕩れちゃって至福の瞬
間ということ?」
「………………」
表現が駄洒落なのはともかく、図星というか、確かに概ねそんな感じで正解だったので、う
まい突っ込みの言葉も出てこない。
「それにしても、見蕩れるの蕩れるって、すごい言葉よね。知ってる? 草冠に湯って書くの
よ。私の中では、草冠に明るいの、萌えの更に一段階上を行く、次世代を担うセンシティヴな
言葉として、期待が集まっているわ。メイド蕩れー、とか、猫耳蕩れー、とか、そんなこと
言っちゃったりして」
「……前に見た私服とは、随分印象が違ったから、びっくりしたんだよ。それだけだ」
「ああ、それはそうね。あのときは、大人しめの服を、ということだったからね」
「そうなのか? ふうん」
「とはいえ、この服は、上下ともに、昨日、買ったところなのだけれどね。さしあたり、全快
祝いと言ったところかしら」
「全快祝い――」
戦場ヶ原ひたぎ。
ゆ のどもと
たけ
なまめ
はなじろ
みと
だじゃれ おおむ
も
ずいぶん
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クラスメイトの少女。
彼女はつい最近まで、とある問題を抱えていた。とある問題を、つい最近まで――そして、
高校生になってから、ずっと。
二年以上の間。
間断なく。
その問題のせいで、彼女は友達一人作れず、誰とも接触することもできず、あたかも牢獄に
閉じ込められているかのような拷問の如き高校生活を送っていたのだが――しかし、幸いなこ
とに、その問題は、この間の月曜日辺りに、一応の解決を見た。その解決には僕も立ち会うこ
ととなった――戦場ヶ原とは、一年生のときも二年生のときも、そして三年生の今現在でも、
同じクラスで机を並べる間柄だったが、まともに話をしたのは、そのときが最初だった。そこ
で初めて、無口で成績のいい、あえかな風の病弱な生徒という程度の認識しかなかった彼女
と、縁が生じたと言える。
問題の解決。
解決。
とはいえ、数年に亘ってその問題と付き合ってきた戦場ヶ原にしてみれば、勿論それはそん
な簡単な話ではなく――簡単な話であるわけがなく、その後、昨日、土曜日までの間、彼女は
学校を休んでいた。その問題についての、調査というか精密検査というかで、病院に通い詰め
だったそうだ。
そして昨日。
そういったあれこれから――彼女は解放された。
らしい。
とうとう。
逆に言えば、やっと。
裏を返せば、ついに。
「まあ、そうは言っても、問題の根源まで回復するわけじゃないのだから、私としては、素直
に喜べるかどうかと言われれば、微妙なところなのだけれどね」
「問題の根源――か」
そういう問題だったのだ。
けれど、世にある問題と呼ばれる類の現象は、大抵の場合、そういうものだろう――全ては
あらかじめ終了していて、それにどんな解釈を付け加えるかというのが、問題と呼ばれるもの
の、正体なのだから。
戦場ヶ原の場合もそうだし。
ごうもん ごと
わた
? ?
たぐい
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僕の場合もそうなのだ。
「いいのよ。私が悩めばいいことなのだから」
「ふうん。ま、そうだな」
そうなのだった。
お互いに、そう。
「そうよ。全くそう。それに、悩めるだけの知性がある分、私は幸せなのだから」
「……どこかに悩めるだけの知性がない分、不幸せな奴がいるみたいな言い方をするんだな」
「阿良々木くんは馬鹿だわ」
「直接言いやがった!」
しかも文脈を完全に無視してやがる。
お前それ、僕を馬鹿って言いたいだけじゃん……。
ほぼ一週間ぶりだけど、変わらないなあ、こいつ。
ちょっとは丸くなったかと思ったけれど。
「でも、よかったわ」
戦場ヶ原は薄い笑みをたたえて、言った。
「今日は単なる慣らしのつもりだったけれど、この服、できれば一番最初に、阿良々木くんに
見て欲しかったから」
「……ふうん?」
「問題が解決したことによって、ファッションを自由に選べるようになったから、ね。これか
らは色んな服が、どんな服でも、制限なく着られるようになったのよ」
「ああ……そうだっけ」
自由に服が選べない。
それも、戦場ヶ原が抱えていた問題の一つ。
お洒落をしたい年頃だというのに、だ。
「一番最初に僕に見せたかったっていうのは、まあ、なんっつーか、冥利に尽きるというか、
光栄な話だね」
「見せたかった、じゃないわ、阿良々木くん。見て欲しかったのよ。それとこれとじゃ、ニュ
アンスが全然違うじゃない」
「へえ……」
というか、月曜日、『大人しめの服』の他に、もっとすごい格好も見せてもらっているのだ
が……。けれど、しかし、やけに胸が強調されたその服は、確かに、かなり、僕の眼をきつく
惹きつけるだけの魅力を備えていた。いいセンスをしていると言うか、まるで強力な磁力のよ
ばか
みょうり
ひ
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うで、捕らえられたような気分だった。病弱という触れ込みだった彼女だが、そんな言葉とは
まるで対極的な、前向きなベクトルを、感じなくもない。髪をあげているせいで、上半身のラ
インがよくわかる。特に胸の辺りが――いや、さっきから胸って言ってばっかりだ、僕……。
そんな露出は多くない……というより、五月半ばというこの時期を考えたら、長袖にストッキ
ングを穿いている彼女の露出は、むしろ少ないくらいなのに、とにかく、エキゾチックだ。な
んだろう、一体どういうことだろう。ひょっとして、月曜日における戦場ヶ原ひたぎとの一
件、それに、ゴールデンウィークにおける委員長、羽川翼との一件を経験することによって、
僕は、裸や下着姿よりも、女性の着衣の方によりエロチシズムを感じる能力を身につけてし
まったのだろうか……。
嫌だ……。
高校生の段階で、そんな能力は必要ない……。
ていうか冷静になってみれば、クラスメイトの女の子のことをそういう眼で見るのは単純に
失礼だと思う。激しく自分に恥じ入る感じだった。
「ところで、阿良々
木くん。こんなところで、一体全体、何をしているの? 私が休んでいる
間に学校を退学にでもなってしまったのかしら。家族にはそんなこと話せないから、学校に
通っている振りをして、公園で時間を潰しているとか……だとすれば、私の恐れていた事態が
ついに、といった感じだわ」
「リストラされたお父さんじゃねえか、それ……」
それに今日は日曜日だ。
母の日だっての。
そう言いそうになって、すんでのところで、思いとどまる。戦場ヶ原は、事情あって、父子
家庭なのだった。母親については、ちょっとしたややこしい事情を抱えている。そういうこと
に対してあまり気を遣い過ぎるのもかえってよくないのだろうが、かといって、無闇に振って
いい話でもないだろう。母の日という言葉は、一応、戦場ヶ原に対しては、禁句にしておこ
う。
僕だって――
進んで話したいわけじゃないし。
「別に。暇潰し」
「何をしているのと訊かれて暇潰しと答える男は甲斐性なしという噂を聞いたことがあるわ。
まあ、阿良々木くんには関係のない話であって欲し