第37章

ヶ原のことで前の月曜――それからその後始末としての火曜日に会ったばかりなの

で、そして僕は昨日、忍野と会っているので、さすがにまだ、あの廃ビルにいるはずである。

となると、問題は連絡手段だった。

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せんたくし

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奴は携帯電話を持っていない。

直接会いに行くしかないのだった。

まあ戦場ヶ原は、忍野とは先週知り合ったところで、付き合いと言えるほどの付き合いはな

いわけだし、ここは対忍野に関しては一日の長がある僕が行くのが妥当かなと思ったけれど、

戦場ヶ原の方から、「私が行くわ」という、申し出があった。

「マウンテンバイク、貸して頂戴」

「いや、それはいいけれど……場所、わかるのか? なんなら、地図でも書くけれど――」

「阿良々木くんのお粗末な記憶力と同じレベルで心配してもらっても、私は嬉しくもなんとも

ないわ。むしろ悲しくなってくるくらいだもの」

「……そうですか」

僕が悲しくなってきた。

結構真面目に。

「実を言うと、私、駐輪場で最初に見かけたときから、このマウンテンバイクに乗ってみたい

と思っていたのよ」

「最高だと言っていたのは、本音だったんだな……そんなことないと思ってたけど、お前結

構、素直じゃない奴なんだな」

「ていうか」

戦場ヶ原は言った。

僕の耳元で、囁くように。

「その子と二人きりになんてしないで」

「………………」

「どうしていいか、わからないのよ」

まあ、それはそうだった。

八九寺にしてみても、そうだろう。

僕はマウンテンバイクのキーを、戦場ヶ原に手渡した。確か、前に聞いた話では、戦場ヶ原

は自転車を持っていないはずだから、そんな奴に大事な愛車を貸すだなんて、考えてみれば危

なっかしい話ではあるが――まあ、戦場ヶ原なら別にいいか、という感じだった。

で。

現在、戦場ヶ原からの連絡待ち。

浪白公園のベンチに、僕は戻ってきていた。

隣には、八九寺真宵。

一人分の距離をあけて、座っている。

そまつ うれ

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いつでも逃げ出せる、というか。

今にも逃げ出しそうな位置だった。

既に、八九寺には、僕と戦場ヶ原の抱えていた――そして現在も抱え続けている事情につい

ては、ある程度、話しているが、それを話したことによって、どうやらかえって、彼女の警戒

心を強めてしまったようだった。折角、ある程度打ち解けてきたかと思ったところだけに、下

手を打った、裏目に出た結果だったが――一からやり直すしかないだろう。

信頼は、とても大事なのだから。

はあ……。

とりあえず、話しかけてみるか。

丁度、気になっていることもあるのだ。

「お前さ、あのとき――お母さんって言ってたような気がするんだが、あれって、どういう意

味なんだ? 綱手さんっていうのは、親戚の家じゃなかったのか?」

「…………」

答えない。

黙秘権の行使らしい。

いくらなんでも、さすがに同じ手は通用しないだろうし……大体あの手は、冗談でやるから

面白いんであって、あまり繰り返して使うと、マジでやってると思われかねないからな――誰

にっていうか、自分自身に。

というわけで。

「八九寺ちゃん。今度アイスクリームを食べさせてあげるから、もうちょっとこっちに近付い

てこない?」

「行きますっ!」

一気に身体を擦り寄せてくる八九寺だった。

……口約束の後払いでも別にいいらしい。

そういえば、お小遣いにしたって、結局まだ一円だってあげてないしな……なんていうか、

とんでもなく扱いやすい奴だ。

「それで、さっきの話だけれど」

「なんでしたっけ?」

「お母さん――って」

「…………」

黙秘権だった。

構わず、僕は続けた。

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「親戚の家だっていうのは、嘘だったのか?」

「……嘘ではありません」

八九寺は、拗ねたみたいな感じの口調で言った。

「母親だって、親戚の内でしょう」

「いや、そりゃ、そうだけどさ」

なんか屈理屈っぽくないか、それ。

というか、それ以前に――日曜日にリュックサックを背負って母親の家を訪ねるというの

は、どうもシチュエーションとして、おかしいような……。

「それに」

八九寺は拗ねたままで続けた。

「お母さんと言っても、残念なことに、もうお母さんじゃありませんから」

「……ああ」

離婚。

父子家庭。

それはつい最近も――聞いた話だった。

戦場ヶ原から、聞いた話だった。

「綱手というのは、三年生までの、わたしの名前でした。お父さんに引き取られて、八九寺へ

と苗字が変わっちゃいましたけれど」

「ん……ちょっと待ってな」

入り組んで、何やらこんがらがって来たので、少し整理しよう。今、八九寺は五年生で、そ

れで三年生までの間は苗字が綱手で(だから、綱手という苗字に、怒鳴りつけるほどのこだわ

りがあったのだろう)、お父さんに引き取られて苗字が八九寺に変わったということは……

あ、そっか、両親が結婚した際、母親の方の苗字に揃えたんだ。結婚時の姓の統一は、別に男

女、どっちに揃えてもよかったはずだ。となると……離婚して、母親――綱手さんの方が家を

出て、この辺りに越してきた……いや、多分、実家なのだろう。それで――八九寺は、日曜

日。

この母の日を利用して。

母親を訪ねて来た――というわけなのか。

お父さんとお母さんがくれた――大切なお名前。

「あっちゃあ……偉そうに年上振って、親孝行しろよとか言っちゃったよ、僕……」

そりゃ僕になんか言われたくないよな。

困ったもんだ。

そろ

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「いえ、別に今日が母の日だからということではないです。お母さんの家は、機会さえあれ

ば、いつでも来たい場所ですから」

「……なるほどね」

「いつでも、

辿り着けませんけれど」

「………………」

離婚が成立して、母親が家を出て。

母親に会えなくなって。

母親に会いたくて。

八九寺は、母親を訪ねたらしい。

そう試みたらしい。

リュックサックを背負って――そして。

そして――そのとき、蝸牛に。

「遭ったってわけか」

「遭ったというか、よくわかりませんが」

「ふうん」

以来――何度、母親を訪ねようとしても。

一度も、その家に辿り着けないのだという。

何回くらいチャレンジして、その全てが駄目だったのかなんて、訊くだけ野暮だろうけれど

――そして、それでも諦めていないというのは、立派なものだけれど。

けれど――しかし。

「…………」

まあ、こう言っちゃなんだけれど――それに人と較べてどうとかいう話では全然ないのだろ

うけれど、トラブルとしては、僕や羽川、戦場ヶ原が抱えた問題よりは、いくらか安全率の高

い雰囲気のある感じだな――肉体的トラブル、あるいは精神的トラブルではなく、できるはず

のことができないという、現象的トラブル――問題が自分の内側にあるわけではない。

問題は外側にある。

命の危険があるわけじゃないし。

日常生活は、過不足なく送れる。

そういうことなのだろうから。

とはいえ

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