第39章

委員長の中の委員長、非の打

ちどころのない彼女ではあるが――家庭に不和を抱えている。

不和、そして歪み。

それゆえに――彼女は猫に魅入られた。

ほんのわずかな、心の隙をつかれて。

誰も、完全には完璧たりえないという、それは一つの例なのかもしれなかったが――その問

題が解決し、猫から解放されたところで、彼女の記憶が消えて無くなってしまったところで、

不和も歪みもなくならない。

不和も歪みも残り続ける。

そういうことだった。

「図書館が日曜日に休みっていうのが、なんていうか、自分の住んでいる土地の文化レベルの

低さを表してるみたいで、あは、やになっちゃうよね」

「僕は図書館がどこにあるかすら知らないよ」

「駄目だよ、そんなことじゃ。そんな、諦めたみたいなこと言って。受験までまだ間もある

し、阿良々木くん、やればできるんだから」

「根拠のない励ましは、場合によっては罵倒されるよりもつらいものがあるぜ、羽川」

「だって、阿良々木くん、数学はできるんでしょ? 数学ができる人で他の教科ができないな

んてこと、普通はないよ」

「数学は記憶しなくていいだろ。楽なんだよ」

「ひねくれてるなー。ま、いいか。その辺は、おいおい、ね。ところで、阿良々木くん。その

子、妹さん?」

みい

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羽川は、ベンチのそばで横たわっている八九寺を、尖らした唇で、指し示した。

「……僕の妹はこんなちっこくないよ」

「そうだっけ」

「中学生」

「ふうん」

「えーっと、迷子の子だよ。八九寺真宵って名前」

「まよい?」

「真実の真に、宵闇の宵だ。それと、苗字は――」

「苗字はわかるよ。八九寺って言えば、関西圏じゃよく聞く言葉だしね。歴史のある、ものも

のしい名前って感じだねー。そういえば、『東雲物語』に出てくるお寺って、確か――あ、あ

れはでも、漢字が違ったっけ」

「……お前は何でも知ってるな」

「何でもは知らないわよ。知ってることだけ」

「あっそう……」

「八九寺に真宵か――ふうん。上下で繋がってる名前なんだね。んん? あ、眼、覚ました」

言われて、八九寺の顔を見れば、ぱちぱちと、ゆっくり、瞬きをしていた。しばらくは周囲

の状況をじっくりと認識しているかのように、しかねているかのように、見渡した末、上半身

を、八九寺は起こした。

「こんにちは、真宵ちゃん。私、このお兄ちゃんのお友達で、羽川翼って言うんだよー」

うわあ、こいつ、素で体操のお兄さん口調だ。

いや、女だから、体操のお姉さんか。

多分羽川って、犬とか猫とかに、平気で赤ちゃん言葉で話しかけることのできるタイプの人

間なんだろうな……。

それに対し、八九寺は、

「話しかけないでください。あなたのことが嫌いです」

と言った。

……誰にでも言うのか、その言葉。

「あれー。嫌われるようなことしちゃったかなー。初対面の人にいきなりそういうこと言っ

ちゃいけないよ、真宵ちゃん。うりうり」

しかしまるで凹みもしない羽川。

僕にはできなかった、八九寺真宵の頭を撫でるという行為も、まるで普通に、達成できてい

る。

とが

かんさいけん

しののめ

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「羽川、子供、好きなのか」

「んー? どこかに嫌いな人がいるの?」

「いや、僕じゃないぞ」

「ふうん。うん、好きだよ。自分も昔はこんなだったと思うと、なんだかほんわかしちゃうよ

ねー」

うりうりと、八九寺の頭を撫で続ける羽川。

抵抗しようとする八九寺。

しかし、無駄な抵抗だった。

「う、うううー」

「可愛いねー、真宵ちゃん。やーん、本当、食べちゃいたいくらい。ほっぺたなんかぷにぷに

じゃない。きゃー。あ、でもね」

口調が変わった。

学校で僕に、たまに向けるような口調。

「お兄ちゃんの手、いきなり噛んだりしちゃ駄目じゃない。お兄ちゃんだったから大丈夫だっ

たけど、普通の人だったら大怪我だよっ! めっ!」

ぽかり。

殴った、拳で、普通に。

「う……う、うう?」

優しくされたり殴られたりで、前後不覚の混乱状態に陥ったらしい八九寺を、無理矢理、羽

川は僕に向ける。

「ほら! ごめんなさいは?」

「……ご、ごめんなさいでした、阿良々木さん」

謝った。

この口調だけは馬鹿丁寧な、生意気なガキが。

衝撃だった。

それにしても、やっぱ、羽川、随分前から見てたんだ……。そっか、そうだよなあ。普通に

考えりゃ、肉がえぐれるくらいまで噛みつかれたら、正当防衛くらいはするよなあ。そういえ

ば、最初の喧嘩だって、こいつの方から蹴ってきたんだし……。

羽川は融通こそきかないが、そこまで杓子定規な奴でもないのだった。

単に、公平なのだ。

しかし羽川、子供の扱い、手馴れたものだ。確か羽川は一人っ子のはずなのに、見事の一言

である。

しゃくしじょうぎ

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ついでに僕が学校において、どうやら羽川には子供扱いされているらしいということまで判

明してしまったようだが、それはまあ、よしとしよう。

「それに、阿良々木くんも、駄目だよー」

同じ口調できやがった。

やはりよしとはしにくいものがあった。

さすがに気付き、「ん、ん」と、仕切り直す羽川。

「まあ、とにかく、駄目だよ」

「駄目だよって……やっぱ、暴力?」

「じゃなくて、ちゃんと叱ってあげなくちゃ」

「ん、ああ」

「勿論、暴力も駄目だけれどね、でも、子供を叩いたら、別に子供じゃなくてもだけど、叩か

れたことを納得できるだけの理由を、話してあげなくちゃ、駄目」

「…………」

「話せばわかるって、そういう意味だよ」

「……お前と話すと、本当、勉強になるな」

全く。

毒気を抜かれる、こいつには。

この世には、いい人間がいる。

たったそれだけのことで、救われた気分になる。

「で。迷子なんだっけ? どこに行きたいの? この辺なの? なんなら、案内できると思う

けど」

「えっと――いや、今、戦

場ヶ原に、人を呼びに行ってもらってるところだから」

同じようにあちら側に関わった者だと言っても、羽川にはその記憶がない――知ってはいて

も、それを忘れている。だったら無闇に、瘡蓋をいじくるが如く、その記憶を突っつくような

真似をするべきではないだろう。

その申し出は有難かったけれど、だ。

「結構、時間食ってるみたいだけど、さすがにそろそろのはずだからさ」

「あれ? 戦場ヶ原さん? 阿良々木くん、戦場ヶ原さんと一緒だったの? んん? 戦場ヶ

原さん、最近、学校休んでたけれど――んん? あ、そう言えば、この前、阿良々木くん、戦

場ヶ原さんのことについて、私にあれこれ、訊いてきたよね――んん?」

あ。

勘繰ってる勘繰ってる。

かさぶた

かんぐ

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羽川の思い込みパワーが炸裂しようとしている。

「ああ! そうか、そういうこと!」

「いや、違うと思う……」

もうなんていうか、僕みたいな馬鹿がお前のような秀才の出した答を否定するのは、本当に

申し訳ない限りなんだけれど……。

「お前のそういう妄想力っ

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