第40章

て、やおい好きの女子もそこのけだよな」

「やおい? 何それ」

首を傾げる羽川。

優等生はご存じない。

「ヤマなしオチなし意味深長の頭文字だ」

「嘘っぽいねえ。いいわ、今度調べてみる」

「真面目だなあ」

…………。

これを契機に羽川が道を踏み外したらどうしよう。

僕のせいになるのだろうか。

「じゃ、邪魔するのもなんだし、私、もう行くね。お邪魔しました、戦場ヶ原さんによろしく

ね。それから、今日は日曜日だからあまりうるさいことは言わないけれど、羽目を外し過ぎな

いようにね。それから、明日、歴史の小テストあること、忘れちゃ駄目だよ? それから、文

化祭の準備、いよいよ本格的に始まるから、気合入れてね? それから――」

その後、『それから』を九回続けた羽川だった。

彼女はひょっとすると、夏目漱石以来の『それから』使いなのかもしれなかった。

「あ。そうだ、羽川。でも、一応、一つだけ訊かせてくれるか? 羽川、お前、この辺で、綱

手さんっていう家、知ってる?」

「綱手さん? んん、えっと――」

記憶を探る仕草をする羽川。それは、ひょっとしたら知っているのかもしれないと、期待さ

せるに十分な仕草だったが、しかし――

「……いや、知らないわ」

と、言った。

「羽川でも知らないことがあるんだな」

「言ったでしょ? 私が知ってるのは、私が知っていることだけなの。他のことは、からきし

ね」

「あっそ」

さくれつ

なつめそうせき

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そういえばやおいの意味も知らなかったしな。

そううまく、ことが運ぶわけはないか。

「期待に添えずに申し訳ないね」

「いやいや」

「じゃ、今度こそ、ばいばい」

そして、羽川翼は、浪白公園を去っていった。

彼女は、どうだろう、この公園の名前の読み方を知っていただろうか。

一つだけというなら、それを訊けばよかったと、少しだけ、思った。

そして――携帯電話に着信。

十一桁の数字が、液晶に表示される。

「………………」

五月十四日、日曜日、十四時十五分三十秒。

戦場ヶ原の携帯番号を入手した瞬間だった。

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「で――その迷い牛って、どんな妖怪変化、魑魅魍魎なんだよ。どうやったら退治できるん

だ」

「ったく、相変わらず暴力的な考え方をするなあ、阿良々木くんは。何かいいことでもあった

のかい?」

忍野は戦場ヶ原に、寝ているところを起こされたらしい。日曜日の朝の惰眠を邪魔するなん

て酷い子だよと忍野は愚痴ったが、しかし、現在時刻が朝ではなく既に午後であることはまあ

勘弁するとしても、毎日が日曜日一年中夏休みの忍野には、そんな言葉を吐く権利は国から与

えられていないと思ったので、フォローは入れなかった。

忍野は携帯電話を持っていないので、必然、戦場ヶ原の携帯電話を借りての通話と相成った

わけだが、しかし、主義及び金銭的事情以前の問題として、忍野はどうやら、かなりの機械音

痴のようだった。「で、ツンデレちゃん、僕が話すときにはどのボタンを押せばいいんだ

い?」なんて馬鹿げた台詞が聞こえてきたときには、僕が通話終了ボタンを押したくなったく

らいだ。

トランシーバーじゃねえっての。

けた

だみん

ぐち

おん

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「しっかし……どういうことなんだろうねえ。珍しいというより、こりゃ異常だよ。よくもま

あ、こんな短期間に、そうも色々な怪異に出遭えるもんだよ、阿良々木くんは。愉快だな。吸

血鬼に襲われるだけでも普通はもう十分だっていうのに、なんだよ、委員長ちゃんの猫や、ツ

ンデレちゃんの蟹やらに関わったかと思うと、今度は蝸牛に行き遭ったってかい?」

「行き遭ったのは僕じゃないよ」

「ん? そうなのかい?」

「戦場ヶ原からどこまで聞いたんだ?」

「いや……聞いたは聞いたはずなんだけど、夢うつつだったからね。曖昧だな、どうも、記憶

違いがあるみたいだね……ああでも、僕は昔っからねえ、いつか可愛い女子高生が、僕のこと

を起こしに来てくれたら素敵だなあと夢見ていたんだよ。阿良々木くんのお陰で、中学生の頃

からの夢がやっと叶ったなあ」

「……叶ってみて、どうよ」

「んー、寝ぼけてるからよくわかんないよね」

叶った夢とはそんなものかもしれなかった。

誰も、どんな場合も。

「ああ、ツンデレちゃんが僕のことをすごい眼で睨んでいるよ。怖い怖い、おっかない。何か

いいことでもあったのかな」

「さあ……」

「さあ、ねえ? 阿良々木くんは女心がわかってなさそうだからねえ――まあいいや。ふん。

まあ一度でもこちらの世界に関わってしまうと、それ以降も曳かれ易くなってしまうのは事実

だけれど……けど、ちっと、集中している感じだなあ。委員長ちゃんもツンデレちゃんも、阿

良々木くんのクラスメイトだし――それに、聞いた話じゃ、そこは、委員長ちゃんとツンデレ

ちゃんの、地元なんだろ?」

「戦場ヶ原の場合、もう住んでないけどな。けど、それは関係ないよ。八九寺は、ここに住ん

でたことはないはずだから」

「はちくじ?」

「あ、聞いてない? 八九寺真宵。蝸牛に行き遭った子供の名前だよ」

「ああ……」

ちょっと間があく。

理由は、眠いからでは、なさそうだった。

「八九寺真宵か……はっはー、なるほどね。見えてきた見えてきた。記憶が揃ってきた。なる

ほどねえ。なんつっかー、いい因縁だよ。まるでちょっとした駄洒落だな」

にら

そろ

いんねん

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「駄洒落? ああ、真宵と迷いがかかってるっていうことか? 迷い牛ともかかってるし、迷

子ともかかってるって……。へらへら緩んだ顔してる癖に、案外つまんないことを言うんだ

な、忍野」

「そんなレベルの低いギャグは口が裂けても言わないよ。伊達にへらへらしてるわけじゃない

んだ、この僕は。笑中に刀ありってね。ほれ、八九寺に真宵でしょ。八九寺つったら、あれ、

知らない? 『東雲物語』の第五節」

「はあ?」

羽川もそんなことを言っていたっけ。

全くわからなかったけれど。

「阿良々木くんは何も知らないんだな。お陰でこちらとしては説明のし甲斐があるよ。でも、

今はそんな暇はないか……眠いしな。ん? なんだい? ツンデレちゃん」

戦場ヶ原が忍野に何か言ったようで、会話が一旦中断する。その声まではさすがに拾えない

――というより、戦場ヶ原はわざと、僕に聞こえないように、忍野に何か言っているようだっ

た。

内緒話――でもないだろうが。

何を言っているのだろう。

「んー……ふうん」

忍野が頷く声だけが聞こえた。

そして。

「……はあ」

重苦しい、ため息が、続いた。

「阿良々木くんは、本当に、甲斐性なしだなあ」

「は? 何でいきなりお前からそんなことを言われるんだ? まだお前に対しては、暇潰しだ

なんて言ってないぞ」

「ツンデレちゃんにこんなに気を遣わせちゃって……ツンデレちゃんが責任を感じちゃってる

じゃないか。女の子に尻を任せるなんて、男としちゃ随分と出来損ないだな。尻は敷かれるも

のであって任せるもんじゃないんだよ」

「あ、いや……戦

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