第42章

葉だったん

だ。正しくは、『八九』ではなく、『淡い』『竹』で、淡竹という。淡竹寺。ほら、竹って言

えば、まずは孟宗竹と淡竹の二種類だろう? また、淡竹は、『破竹の勢い』の『破竹』とも

かかっているよね。この場合はあんまり関係ないんだけれど――それを十中八九の『八九』と

置き換えたのは、うん、言ってしまえばただの言葉遊びなんだよ。阿良々木くんは知ってるか

な? 四国八十八箇所とか、西国三十三箇所とか」

「ああ……まあ、それくらいなら、さすがに」

よく聞くしな。

おんち

せんさい

ひとづ

はちく

もうそうちく

かしょ

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「さすがにそれくらいは知っているか――うん、だろうね。まあ、そういうのって、有名無名

を区別しなければ、結構あるわけよ。八九寺ってのも、言わばその一種でね――八十九個のお

寺が、そのリストの中に収められているのさ。勿論、八十九というのは、言ったように『淡

竹』とかかっているんだけれど、後づけの意味じゃ、四国八十八箇所よりもひとつ多い数って

ところもあるんだよね」

「ふうん……」

四国と絡んでいるのか。

しかし、羽川は、関西圏がどうとか言っていたけれど。

「うん」

忍野は言う。

「選ばれた八十九のお寺は、大概が関西圏のお寺だからね――その意味じゃ、四国八十八箇所

よりは西国三十三箇所の方がイメージに近いのかな。ただ、ここからがこの話の肝でさあ、悲

劇の始まりというわけなんだよ。ほらさー、八九って、『やく』、つまり『厄』に通じちゃう

ところがあるじゃない。そういうのって、寺院の頭に冠しちゃったら、否定の接頭語になっ

ちゃうからね、よくなかったんだよ」

「……? そう言えば、僕も最初、『八九』を『はちく』とは読めずに、『やく』なのかなっ

て思ったけれど……しかし、そういう意味を持たせていたわけじゃないんだろう?」

「けれど、期せずして持っちゃったってことさ。言葉ってのは、怖いよ。そんなつもりはなく

とも、そういうことに決定してしまう。言霊とも言うけれど、ちょっとこの熟語は、簡単に使

われ過ぎているきらいがあるよね。まあ、ともかく、そういう解釈が広がっちゃって、八九寺

という括りは、その内に廃れちゃった。八十九の内に指定されていたお寺も、ほとんどは廃仏

棄釈のときに潰れちゃったし、四分の一くらいしか現存していない――しかも、八九寺に選ば

れていたことは、ほとんどひた隠しにしている感じなんだね」

「…………」

なんかこいつの説明はあまりに適当過ぎて、そのお陰で確かにわかりやすくはあるんだけれ

ど、しかし他人にそのまま話したりしたら、大恥をかきそうな感じなんだよな……。

そもそも、そんな、インターネットの検索エンジンにかけても一件もヒットしそうにない知

識、どこまで鵜呑みにしていいものか、判断に困る。

話半分――か。

「で、そういう経緯――歴史を理解した上で、改めて八九寺真宵って名前を見ると、どうだろ

う、妙に意味ありげで、困っちゃうよね、普通は。上下が繋がっていて――さ。大宅世継とか

夏山繁樹みたいなもんだ。『大鏡』くらいは授業で習っただろう、阿良々木くんだって。けれ

きも

やく

ことだま

くく すた はいぶつ

きしゃく

おおやけのよつぎ

なつやまのしげき おおかがみ

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ど、下の名前がマヨイっていうのはどうなのかなあ? それじゃ、そのまんまじゃないか。そ

れこそ安易で、安直だぜ。ネーミングセンスを疑うよ。ふん、阿良々木くんが最初の段階で、

それを感じてくれていたなら、よかったんだけれどね」

「よかったって、何がだよ。それに、こいつが――」

八九寺は、ベンチに座って、大人しく僕の通話が終わるのを待っている。特に聞き耳を立て

ている風はないが――聞いてはいるだろう。いないはずがない、自分のことなのだ。

「こいつが八九寺って苗字になったのは、つい最近なんだ。それ以前は、綱手だったって」

「綱手? へえ、綱手かよ……よりにもよって。よりにもよって――糸がよれ過ぎだぜ。完全

にほつれちまってる。因縁にしたって、そりゃさすがに出来過ぎだなあ、おい。籌を帷幄の中

に運らし勝ちを千里の外に決する感じだぜ。八九寺に綱手……なるほど、それで真宵か。むし

ろ本命はそっちか。真の宵夜ね。はあん――ったく」

アホ臭い。

忍野はぼそっと、そう呟いた。

独白ではあったが――僕に向けた言葉だった。

「もういいや、どうでも。この町は本当に面白いよ、実際。あっちこっちが雑多坩堝だな。ど

うやらこの町からはなかなか離れられそうにないや……じゃ、詳細はツンデレちゃんに言っと

くから、阿良々木くん、聞いておいてね」

「ん。あ、ああ」

「もっとも――」

忍野は皮肉な口調で締めた。

あの薄笑いが、眼に浮かぶようだった。

「ツンデレちゃんがそれを素直に教えてくれればいいけどね」

そして――通話終了。

忍野は決して、別れの言葉を言わない男だった。

「……というわけだ、八九寺。なんとかなりそうだぞ」

「印象としては、あまり、なんとかなりそうな会話ではありませんでしたが」

やっぱり聞いてはいたようだ。

まあ、僕の台詞を聞いていただけでは、肝心なところは何もわからないだろうけれど。

「それはともかく、阿良々木さん」

「何だよ」

「わたしはお腹がすいていますよ?」

「………………」

はかりごと いあく

めぐ

るつぼ

しょうさい

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だからどうした。

僕がうっかり果たすべき義務を果たしてないことを、気遣って遠まわしに教えてくれている

みたいな言い方してんじゃねえよ。

とはいえ、そう言われてみれば、そうだ、蝸牛のことがあって有耶無耶になっていたが、考

えてみれば、八九寺には昼ご飯を食べさせていない。そう、戦場ヶ原もそうだった……あいつ

の場合、ひょっとしたら忍野のところに行く前に、一人どこかで何かを食べている可能性がな

いでもないが。

あー、気が回らなかったな。

僕は今、割と食べなくても平気な身体だから。

「じゃ、戦場ヶ原が戻ってきたら、どっかに何か食べに行こうぜ。つっても、この辺、家しか

ないから――別にお前、お母さんの家以外なら、どこにでも行けるんだろ?」

「はい。行けます」

「そっか。じゃ、戦場ヶ原に訊けばいいか――一番近い食べ物屋くらい知ってるだろ。で、お

前、何か好きな食べ物とかあるのか?」

「食べ物であればなんでも好きです」

「ふうん」

「阿良々木さんの手もおいしかったです」

「僕の手は食べ物じゃない」

「またまたご謙遜を。おいしかったのは本当です」

「………………」

ていうかお前は多分、マジで僕の血肉、少なからず飲み込んじゃってるから、その発言はか

なり洒落にならないぞ。

カニバリズム少女。

「ところでさ、八九寺。お前、そのお母さんの家に行ったことがあるっていうのは、本当なん

だな?」

「本当です。嘘はつきません」

「なるほど……」

けれど、久し振りだから道に迷った――わけではないのだろう。蝸牛に出遭ったから、初め

ての場所では

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