第41章

場ヶ原を巻き込んじまったのは、素直に悪かったと思ってるよ。悪かったっ

ていうか、責任は感じているさ。先週、自分のことが片付いたばかりだってのに、またこんな

変なことに――」

「そういう意味じゃないよ、ったく。阿良々木くん、自分のことと委員長ちゃんとツンデレ

ちゃんと、三つ立て続けに怪異を解決しちゃったもんだから、ちょっと調子コイちゃったん

だて

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じゃないの? 言っておくけど、自分の目で見たこと、自分で感じたことだけが、真実じゃな

いんだぜ」

「……別に、そんなつもりはないよ」

厳しい言葉に――つい、萎縮してしまう。痛いところを突かれた気分だ。それについては、

残念ながら、思い当たることが、ないではないのだ。

「まあ、そんなつもりはないだろうね、阿良々木くんの場合。阿良々木くんがどんな奴かは、

僕はもう、それなりに理解しているつもりだよ。ただ、もう少しばかり、阿良々木くんは周囲

に気を配ってもいいだろうってこと。調子コイてんじゃないんだったら、阿良々木くん、余裕

なくしちゃってるんじゃない? いいかい? よく聞いてよ。見えているものが真実とは限ら

ないし――それとは逆に、見えていないことが事実であるとも限らないんだ、阿良々木くん。

初めて会ったときにも似たような話はしたと思うけれど、忘れちゃったかな? 阿良々木く

ん」

「……別に、今は僕の話はしてないよ、忍野。いいから、その迷い牛? 蝸牛対策を教えてく

れよ。どうすりゃ退治できるんだ」

「だから退治とか、そういうことを言うんじゃないよ。何もわかっちゃいないんだな。そうい

うことばっかり言っているといつか後悔することになると思うけれど、そのときはちゃんと責

任を取るんだぞ? それに――迷い牛は……あ、いや」

言いよどむ忍野。

「……はっはー。ちょっと、これは簡単過ぎて、アレだなあ。何を言っても、僕が阿良々木く

んを助けることになっちゃいそうだな。よくないな……阿良々木くんには自分ひとりで助かっ

てもらわないと」

「簡単? そうなのか?」

「吸血鬼とは違う。あれは本当の本当にレアケースなんだよ、阿良々木くん。最初があれだ

と、色々と誤解しちゃうのは仕方ないと思うけれど……そうだね、どっちかって言うと迷い牛

は、ツンデレちゃんが遭遇した蟹に、ケースは近いかな」

「ふうん」

蟹。

あの、蟹に。

「あ、そっか、それにツンデレちゃんのこともあるか……あんまり、やだなあ。僕は人間とあ

ちら側との橋渡しが役割であって、人間と人間との橋渡しは専門じゃないんだよなあ……はっ

はー。参ったな。どうしたもんか。僕は阿良々木くんとは少し仲良くなり過ぎちゃったかな

あ。馴れ合いが過ぎちゃったというか、こんな簡単に頼られ、まして電話で用件を済まされる

いしゅく

? ? ? ? ?

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とは思いもよらなかったよ」

「……まあ、安易だったとは思うよ」

安直だし――気の進まない選択肢。

ではあったが、しかし――だからといってそれ以外には選択肢がなかったのも、また、事実

だ。

「あんまり気安く僕に接しないで欲しいね。怪異に遭ったとき、僕みたいなのがそばにいる

ケースなんて、普通はありえないんだから。それに、これはいささか型に嵌った常識的な物言

いになっちゃって僕らしくもないけれど、年頃の女の子を一人で、怪しい男が寝泊りしている

こんな廃墟みたいな場所に送り込むなんて、感心しないよ」

「怪しい男だという自覚も廃墟みたいな場所だという認識もあるんだな……」

けれど――それは確かに、そうだった。その通りだった。戦場ヶ原があまりにも簡単に承諾

し――むしろ自分の方から名乗り出たくらいだったから、そこら辺に対する気遣いが、ちょっ

と欠けていた。

「でも、お前は別に何もしないだろ」

「信頼は普通にありがたいけれど、でも、線引きは必要だよ。ルールってのはそのためにある

んだ。ぬるぬるのぬくぬくは、ぬけぬけとよくない。わかるかい? 何があっても完全に駄目

という枠で囲った空間を作っておかないと、なあなあで、領地はどんどん削られていくってわ

け。例外のないルールはないなんてよく言うけれど、ルールである以上例外はあるべきじゃな

いし、それに、ルールがなければ例外もなくなっちゃうって、そういうこと。はっはー、なん

か委員長ちゃんみたいなこと言っちゃったね」

「んー……」

まあ――そうだ。

その通りだ。

戦場ヶ原には、後で謝ろう。

「阿良々木くんが僕を信頼してくれているほどには、ツンデレちゃんは僕を信頼してくれてい

るわけじゃないんだから。阿良々木くんが僕を信頼しているという理由で、ツンデレちゃんは

僕に暫定的な信頼をおいているに過ぎない――何かあったら責任は全部阿良々木くんにのしか

かるってことを、忘れちゃ駄目だからね。いや、何もしないけど。何もしない何もしないっ

て! うわ、ホッチキスを構えるのをやめてくれ、ツンデレちゃん!」

「…………」

まだ持っていたのか、ホッチキス。

いや、一朝一夕に抜ける習慣じゃないだろうけど。

しょうだく

ざんていてき

いっちょういっせき

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「ふー……びっくりした。ツンデレちゃんは怖いツンデレちゃんだったんだな。こりゃあ無類

のツンデレだね。えーっと、じゃあ……ああ、もう、やっぱ電話は苦手だなあ。話しにくい

や」

「話しにくいって、そんな……忍野、お前、機械音痴にもほどがあるだろ」

「いや、そういうのもあるけどさー、なんかこうやって、僕は真剣に話してても、ひょっとし

たら阿良々木くんは寝転んでジュースを飲みながら漫画を読みつつ通話しているんじゃないか

と思うと、むなしくなってくるんだよねー」

「意外と繊細なんだな、お前……」

そういうの、気にする奴は気になるらしいけれど。

「じゃあ、こうしよう。迷い牛対策はツンデレちゃんに伝えておくからさ、阿良々木くんはそ

こでそのままじっとしててよ」

「対策っつって――人伝てで大丈夫なのか?」

「それを言ったら迷い牛自体が民間伝承だよ」

「じゃなくて、あの――戦場ヶ原のときの、あの儀式みたいなのは必要ないのかってことなん

だけれど……」

「ないよ。パターンは同じだけど、蝸牛は

蟹ほど厄介じゃない。だって、神様じゃないもん。

お化けだな、どっちかって言うと。魑魅魍魎とか怪奇現象とかより、幽霊とか、そっちの類」

「幽霊?」

この場合、神様もお化けも魑魅魍魎も怪奇現象も幽霊も同じような存在にしか思えないけれ

ど――そういう言葉上の違いが、忍野と話す場合には重要だということは、わかっている。

けれど――幽霊。

「幽霊だって妖怪の一種だよ。迷い牛自体、特にどこの地域ってわけでもなく、日本国中、全

国津々浦々、とにかくあっちこっちに伝わっている怪異だしね。マイナーだし、名前はまちま

ちだけれど、まあ、それは元が蝸牛だからなあ。えーっと、それから、阿良々木くん。八九

寺っていうのはね、これはそもそも、竹林の中にあるお寺のことを、指し示す言

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