第46章

か、不純とは言わないけれど、

あんまり純粋な感じがしないけれどな。頑張って好きになるなんて――なんか、努力してるみ

たいな感じじゃないか」

「でも、阿良々木さん」

八九寺は少しも譲らずに、言った。

「わたし達が持つ好きっていう感情は、本来、すごく積極的なものではないですか」

「……そうだよな」

確かに。

頑張って、努力するべき――なのかもしれない。

「好きなものに飽きたり、好きなものを嫌いになったりするのって――つらいじゃないです

か。つまらないじゃないですか。普通なら、十、嫌いになるだけのところを、十、好きだった

分、二十、嫌いになったみたいな気分になるじゃないですか。そういうのって――凹みます

よ」

「お前は」

僕は、八九寺に訊く。

「お母さんのことが、好きなんだよな」

「ええ、好きです。勿論、お父さんのことも好きです。お父さんの気持ちだってわかります

し、決して、望んでそういう結果になったわけじゃないことも、わかっています。お父さん、

がんば

169

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

色々とあって、大変だったんです。ただでさえ、一家の大黒天だったのに」

「お前のお父さんは七福神のメンバーなのか……」

父は偉大だった。

そりゃ色々とあって、大変なはずである。

「お父さんとお母さんは喧嘩をされ、その結果、別れてしまいましたけれど――わたしはお二

人とものことを、大好きなんです」

「ふうん……そっか」

「だから、だからこそ、不安です」

本当に不安そうに――俯く八九寺。

「お父さん、お母さんのこと本気で嫌いになっちゃったみたいで――わたしをお母さんに会わ

そうとしないんです。電話もかけさせてくれないし、もう二度と、会っちゃいけないって言い

ました」

「………………」

「わたし、お母さんのこと、いつか忘れちゃうんじゃないかって――このままずっと、会えな

ければ、お母さんのこと、好きじゃなくなっちゃうんじゃないかって――とても不安です」

だから。

だから、一人で――この町まで。

理由なんてないけれど。

お母さんに会いたくて。

「……蝸牛ね」

全く。

どうしてその程度の願いが、叶わないんだろう。

いいじゃないか、そのくらい。

怪異だか何だか知らないが、迷い牛だか何だか知らないが――どうして、八九寺の邪魔をす

るのか……それも、何度にも亘って。

目的の場所に辿り着けない。

迷い続ける。

……ん?

いや、待てよ――忍野は確か、この迷い牛、戦場ヶ原の蟹のときと、パターンは同じだと

言っていた。

パターンは同じ……どういうことだ? 確か、あの蟹の場合――戦場ヶ原に災厄をもたらし

たわけではない。結果的にはそれは災厄だったが、あくまで結果的にはというだけであり、そ

うつむ

さいやく

170

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

れはある意味において、そして本来的な意味において――戦場ヶ原が望んだことだった。

蟹は、戦場ヶ原の願いを叶えたのだ。

それと同じパターン……属性は違えど同じパターンだというのなら、どうだろう、それは一

体、どういう事実を意味することになるのだ? 仮に八九寺が行き遭った蝸牛が、八九寺の目

的を阻害しようとしているのではないとして――願いを叶えようとしているのだとしたら。

蝸牛は――一体、何をしているのだ?

八九寺真宵は……何を、望んでいるというのだろう。

そういう眼で見れば……どうしてだろう、八九寺は、どうも、迷い牛が祓われることを、望

んでいないようにすら見えなくも……ないか?

「………………」

「おや、どうかされましたか阿良々木さん。急にわたしのことを見つめたりされて。そんなこ

とをされると、わたし、照れてしまいます」

「いや……なんていうか、そのな」

「わたしに惚れると、火傷しますよ」

「……なに、その、台詞」

無意味に読点の数が増えてしまう。

「なにって言われましても、ほら、わたしって見ての通りのクールビズですから、この手の格

好いい台詞が似合って似合ってしょうがないのです」

「それ、クールビューティと言い間違っているのはそりゃすぐにわかるんだけれど、なんてい

うか、そっから先、いまいちどう突っ込んでいいのか、僕には思い当たらないよ、八九寺。て

いうか、お前、クールだっていうなら、火傷するってのはおかしくないか?」

「む。そうですね。では」

難しい顔をして、言い直す八九寺。

「わたしに惚れると、低温火傷しますよ」

「…………」

「とても格好悪いですっ!」

「しかも、それも別に、クールではないしな」

湯たんぽみたいに温かいって感じ。

すげえいい人そう。

「あ、そうです、わかりました。発想を転換すればいいのです。阿良々木さん、こういう場合

は、決め台詞はそのままに、クールという形容を変えればいいのですよ。クールな女という称

号は惜しいですが、この際仕方がありません。背に腹は代えられないという奴です」

はら

やけど

171

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

「なるほど。ああ、確かにそうやって形容を変えてしまえば、逆に決め台詞に近付けるから

な、セオリーと言ってもいい。連載第二回目の表紙アオリ文に早くも大人気と書くみたいなも

のか。よし、じゃあ、ものは試しだ、やってみよう。言い換えるのが、クールだから――」

「ホットな女と名乗りましょう」

「ほっとするんだな」

「いい人そうですーっ!」

大袈裟なリアクションを取ったところで、はっと気付いたように、八九寺は、

「阿良々木さん、話を逸らそうとしてますねっ」

と言った。

さすがに察されたか。

「阿良々木さんがわたしをじっと見つめていたという話でした。どうしたのですか、ひょっと

して、わたしに惚れてしまいましたか」

「…………」

全く察されていなかった。

「じろじろと見られるのはあまり気持ちのいいものではありませんが、しかし、確かに、私の

二の腕が魅力的であることは認めます」

「特殊な嗜好だな」

「おや。二の腕には何も感じないと? この二の腕ですよ? この形式美がわからないのです

か?」

「お前の身体は形

式的に美しいのか?」

健康美な。

「照れ隠しをなさるとは、阿良々木さんにも可愛いところがあるのですね。ふむ、理解してさ

しあげましょう。なんなら、キープしてあげてもいいです。整理券を配布しましょう」

「悪いが、僕は寸足らずの女の子に興味はないんだ」

「寸足らず!」

その言葉に、目玉が飛び出そうなほど瞠目する八九寺。

そしてくらくらと、貧血のように頭を揺らす。

「なんて侮蔑的な言葉でしょう……将来的に規制されてしまいそうなくらい、酷い言葉です…

…」

「言われてみれば、確かに、そうだな」

「わたしっ、とても傷つきましたっ。発育はいい方なんですっ、本当ですっ! 全くもうっ、

人畜さんは酷いことを言いますっ」

しこう

すん

どうもく

ぶべつ

172

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

「人畜さんって、お前も思い出したみたいに言ってんじゃねえよ。どっちかっていえば、そっ

ちの方が先に規制がかかりそうじゃないか」

「では、人チックさんと言い

上一章 返回目录 回到顶部 下一章