第47章

換えましょう」

「本当は人じゃないみたいじゃないか!」

ていうか、吸血鬼に襲われて半分不死身みたいな僕にそれを言うと、本当に洒落にならな

い。あまりにも的を射過ぎている侮蔑言葉だった。

「あ、そうです、わかりました。発想を転換すればいいのです。阿良々木さん、こういう場合

は、対象となる言葉を外来語に言い換えてしまえばいいのですよ。傷つく人がいる以上、言葉

に規制がかかるのは仕方がないことですから。でも、そういう風に規制にあった日本語でも、

外来語に換言されることで、脈々と受け継がれていくという話です」

「なるほど。ああ、確かにそうやって訳してしまえば、逆にニュアンスが柔らかくなるから

な、セオリーと言ってもいい。少女愛好者と言うよりはロリコンと言った方がまだ少しは救い

があるみたいなものか。よし、じゃあ、ものは試しだ、やってみよう。言い換えるのが、寸足

らずと、人畜だから――」

「ショートネスと、ヒューマンビーストですね」

「やべえ! 一時代築けそうだ!」

「ええ! 眼から鱗が剥がれますっ!」

痛そうだった。

というか、痛い二人組だった。

「まあ、じゃあ、寸足らずというのは取り消すよ……。うん、でもな、そりゃ、八九寺は、小

学五年生にすれば、確かに、それなりなんだろうけど」

「胸がですかっ。胸がですねっ?」

「全体的に、だよ。でも、それでも、小学生レベルを逸脱してはいない。超小学級というほど

ではないと思うぞ」

「そうですか。高校生の阿良々木さんから見れば、小学生のわたしの身体なんて、さながらス

ライダーだというわけですね」

「まあ確かに、外角にキレのいいのを決められると、まず手は出ないな」

ストレートとまでは言うまい。

発育がいいのは、本当だし。

ちなみに正しくは、スレンダー。

「……では、阿良々木さんは、どうしてわたしのことを、情熱的な眼で見つめていたのでしょ

う」

うろこ

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「いや、その……え、情熱的?」

「そんな眼で見られると横隔膜がどきどきします」

「しゃっくりじゃん」

難しい振りだった。

突っ込み担当としての力量が試されている。

「まあ、なんでもないよ。気にしないで」

「そうですか。本当ですか?」

「うん……まあ」

逆――なのだろうか?

こいつ、本当は――口で言っているのとは裏腹に、心の底では、母親に会うことを、望んで

いないとか……それともあるいは、八九寺としては母親に会いたいけれど、母親にそれを拒絶

されるかもしれないことを恐れているとか……。ひょっとすると、既に事実として、母親から

は『会いに来てはいけない』なんて、言われているなんてこと――しかし、今までの話、八九

寺の家庭環境を聞く限りにおいて、それは十分にありえそうだった。

だとすると……容易にはいかないぞ。

戦場ヶ原の例を、取るまでもなく――

「……他の女の匂いがするわね」

前触れもなくいきなり登場、戦場ヶ原ひたぎ。

マウンテンバイクで公園内まで入ってきていた。

既に乗りこなしてやがる……器用な奴だ。

「お、おお……早かったな、戦場ヶ原」

往路の半分も、時間がかかっていなかった。

本当に突然だったのでびっくりする暇もない。

「行きは少し道を間違えたのよ」

「ああ、案外わかりにくい位置にあるもんな、あの学習塾。やっぱ地図でも書いておけばよ

かったか」

「あんな大言壮語しておいて、恥ずかしいわ」

「ああ、そう言えば記憶力がどうとか……」

「阿良々木くんに辱められてしまった……こんな風に私に恥をかかせて悦に入るだなんて、阿

良々木くんも悪趣味なものだわ」

「いや、僕は何もしてないじゃん! 自滅じゃん!」

「阿良々木くんってこういう羞恥プレイを女の子に仕掛けて興奮する人だったのね。けれど、

おうかくまく

はずかし えつ い

しゅうち

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許してあげる。健康な男子であれば、それも仕方のないことだもの」

「いや、そいつ、かなり不健康だから!」

そう言えば、忍野の奴、あの学習塾のある場所のことを、結界――とかなんとか、そんな風

に言ってたことがあったし。つくづく、僕が行くべきだったかもしれない。

しかし、それはそうだとしても、戦場ヶ原ひたぎ、随分と堂々とした恥じらい方だった。と

いうより、こいつ、絶対恥ずかしがってなんかいない。羞恥プレイにあっているのは、むしろ

僕の方ではないだろうか……。

「私ならいいの……阿良々木くんにだったら、どんなことされても、我慢できるもん……」

「突如として正反対のキャラを演じるのをやめろ! そんなことしてもお前のキャラの幅はも

うそれ以上は広がらないんだよ! ていうか戦場ヶ原、本当に僕のことを思ってくれているな

ら、僕が少しでもそういう不健康な素振りを見せたときはすかさず注意してくれ!」

「まあ本当は阿良々木くんのことを思ってないし」

「ですよねえ!」

「私が面白ければ何でもいいのよ」

「いっそすがすがしい!」

「それにね、阿良々木くん。本当のことを言うと、往路に時間がかかったのは、道を間違えも

したけれど、それだけじゃなくて、私、昼ごはんも食べなくちゃならなかったからというのも

あるのよ」

「やっぱ食べたんだ……期待を決して裏切らない女だな、お前は。いや、いいけれどさ、そん

なの勝手だし、お前はそういう奴だし」

「阿良々木くんの分まで食べておいたわ」

「あっそ……まあ、お疲れさん」

「どういたしまして。他の女の匂いがするわね」

労いの言葉もそれに応える言葉もそこそこに、最初の台詞に固執する戦場ヶ原だった。

「誰か来ていたのかしら」

「えっと……」

「この香りは――羽川さんかしらね」

「え? お前、なんでわかるの?」

素で驚いた。

てっきり、あてずっぽうで言ったのだと思ったのに。

「香りって……化粧とかのことか? でも、羽川の奴、化粧なんかしてないだろ……」

何せ、制服姿だったのだ。リップクリームでさえ、自主規制しそうなものである。少なくと

ねぎら こしつ

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もあの姿でいるときの羽川は、軍服を着た軍人と同じ、そんな校則から大きく逸脱す

るような

行為は、間違ってもしないはずだった。

「私が言っているのはシャンプーの香りのことよ。この銘柄を使っているのは、クラスでは羽

川さんだけのはず」

「え、マジ……? 女ってそういうのわかるの?」

「ある程度はね」

何をわかりきったことをという風な戦場ヶ原。

「阿良々木くんが腰の形で女子を区別できるのと、同じようなものと考えてくれていいわ」

「そんな特殊な能力を披露した憶えはねえよ!」

「え? あれ? できないの?」

「意外そうなリアクションをするな!」

「お前は座りのいい立派な骨盤をした安産型だからきっと元気な赤ちゃんが産めると思うぜ、

うえっへっへっへって、この間、私に言ってくれたじゃない」

「ただの変態野郎じゃねえか!」

あと、僕はよっぽどのことがないと、うえっへっへっへなんて笑い方はしないだろうし、つ

いでに言うなら、お前の腰の形は安産型ではない。

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