第55章

後日談というか、今回のオチ。

翌日、いつものように二人の妹、火憐と月火に叩き起こされた。起こしにきたということ

は、どうやら、無条件降伏に近い謝罪の言葉が効を奏したらしく、二人の怒りは無事に解けた

ようだった。それとも、今年は結局、何もできなかったわけだけれど、来年の母の日は家の敷

地内から絶対に出ないという約束を交わしたのが、よかったのかもしれない。とにかく、月曜

日。何のイベントもない、最高の平日。軽く朝御飯を食べて、学校へ向かう。マウンテンバイ

クではなく、ママチャリで。戦場ヶ原も今日から出席しているはずだと思うと、ペダルを漕ぐ

足も、自然、軽かった。けれど、道中、まだそんなに距離を稼いでいない下り坂で、よたよた

と歩いていた女の子と衝突しそうになって、僕は慌てて、急ブレーキをかけた。

前髪の短い、眉を出したツインテイル。

大きなリュックサックを背負った女の子だった。

「あ……、阿々良木さん」

「入れ替わってるからな」

「失礼。噛みました」

「何してんの」

「あ、いえ、何と言いますか」

なまはんか せん

せいこく

そう

あわ

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女の子は、隠れ身の術に失敗した忍者みたいな戸惑いの表情を見せてから、照れ笑いを浮か

べる。

「えーっとですねっ、わたし、阿良々木さんのお陰で、無事に地縛霊から浮遊霊へと出世しま

したっ。二階級特進というわけですっ」

「へえ……」

ドン引き。

いくら軽薄なお調子者とは言え、一応は専門家の忍野が聞いたら、あいつでも多分卒倒して

しまうだろうと思われる、いい加減というか適当というか、素敵滅法な論理だった。

ともあれ、その子とは積もる話もないではなかったが、とりあえず出席日数のことを常に考

えるべき立場にある僕としては、遅刻しないように学校へ行かなくてはならなかったので、こ

こでは二、三、言葉を交わすだけに留め、

「んじゃ」と、サドルに跨り直す。

そこで言われた。

「あの、阿良々木さん。わたし、しばらくはこの辺り、うろうろしていると思いますから―

―」

その女の子から、そんなことを。

「見かけたら、話しかけてくださいね」

だから、まあ。

きっとこれは、とてもいい話なのだろう。

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第三話 するがモンキー

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神原[#底本「かんばる」ママ]駿河といえば学校内で知らない生徒が一人もいないほどの

抜きん出た有名人であり、当然ながら僕も何度となく聞いたことがある名前だった。いや、単

純に有名人というならば、僕のクラスメイトであるところの羽川翼や戦場ヶ原ひたぎだって、

ひょっとしたら彼女に引けを取らないのかもしれないが、しかしそれは、三年生という僕達の

属する学年に限っての話である。そう、神原駿河は僕や羽川翼や戦場ヶ原ひたぎよりも一つ

下、二年生でありながらにして、三年生の、それもそういう噂めいたことにはかなり疎い方で

ある僕のいる地点にまで届くほどの、並外れた名声を得ているということなのだ。これは普通

に考えて、ちょっとないことである。若いのに大したものだなんて大物ぶってお道化るにして

も、ちょっとばかり言葉が真に迫り過ぎているというべきだろう。

また、神原駿河の場合、有名人と表現するよりはスターと表現した方が、その含むニュアン

スが正確に伝わるかもしれない。羽川翼や戦場ヶ原ひたぎが、後者の人物のその実態はともか

くとして、いわゆる優等生、成績優秀品行方正な真面目な生徒として認識されているのとは違

い、彼女の場合、そういうイメージでは全くない――無論、スターというからには、荒くれ者

のスケ番として名を馳せているということでもない。羽川翼と戦場ヶ原ひたぎが極めているの

が主に勉学方面であるのとは対照的に、彼女が極めている道はスポーツの道なのだ。神原駿河

はバスケットボール部のエースなのである。一年生、入学したての頃から、あっと言う間にレ

ギュラー入りし、それはそれだけなら入部した先が名も知れぬ、弱小というのも恥ずかしい万

年一回戦負け女子バスケットボール部だったからと理由付けが可能かもしれないが、その後の

最初の公式戦から、その名も知れぬ、弱小というのも恥ずかしい万年一回戦負け女子バスケッ

トボール部を、いきなり全国大会にまで導いた、怪物的な伝説を築き上げてしまったとなれ

ば、これはスター扱いされない方がおかしいというものだ。一体なんてことをしてくれるんだ

と逆に責めたくなってしまうくらい、まさに『築き上げてしまった』というほどの、それは、

唐突な伝説だった。近隣の高校の男子バスケットボール部から練習試合の申し込みが、冗談で

なくあるくらいの強豪チームに、我が校の女子バスケットボール部は、勃発的に成り上がって

しまったというわけだ――たった一人の女生徒の力によって。

取り立てて背が高いというわけではない。

かんばる するが

どけ

ぼっぱつ

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体格も普通の女子高生クラスだ。

むしろ、ちょっと小柄、痩せ型なくらい。

たおやかという表現がぴったりくる。

しかし神原駿河は――跳ぶ。

僕も去年、一度だけ、何かの付き合いで神原駿河の出場する試合を、少しばかり観戦したこ

とがあるが――とにかくはしっこくすばしっこく、敵のディフェンスを抜くというよりはすり

抜けるようにかわし、そして、かつて日本中を席巻したあの少年漫画のように、軽やかにダン

クシュートを決めるのだった――楽々と、余裕で、爽やかなスポーツ少女の笑顔を浮かべたま

ま、とても気持ち良さそうに、何連続と、何十連続と。シュートは両手で打つのが基本である

女子バスケットボール部の試合において、まさかのダンクシュートなんて、一体、どれだけの

高校生が目撃できるというのだろうか? 一観客の身としては、彼女の凄みに圧倒されるとい

うよりは、彼女の凄みに圧倒されてあからさまにやる気を失っていく敵チームの選手達があま

りにも哀れで見ていられなくなって、見ていていたたまれなくなって、そっと、その場を離れ

ることしかできなかったことを、全くもって、よく憶えている。

とにかく、いくら僕らの通う高校が勉学メインの進学校であるとはいっても、それでも十代

半ばの多感な若者の集う高等学校であることには間違いがなく、ただ勉強ができる優等生めい

た生徒よりも、見た目に派手なスポーツの英雄の方が注目を浴び易いのは、当然の帰結だろう

――神原駿河が何をした、何に対してどういう行動を取った、なんて、いちいちどうでもいい

と思えるような、いちいちどうでもいいとしか思えないようなことが、風評となって、学校中

を駆け巡るのだった。それらの風評を全て収集すれば、一冊の本が書けてしまうくらいであ

る。特に興味がなくとも、どころか、あえてそれを避けようとしてさえ、神原駿河の情報は、

入ってきてしまうのだ。僕らの学校の生徒ならば学年を問わず、先輩後輩を問わず、誰だって

その気になれば、彼女が今日、学食で何を食べたかを突き止めることすら、可能だろう。簡単

である、その辺

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