私
じゃなくても――たとえば、羽川さんを助けている阿良々木くんを横から見ていただけでも、
私は阿良々木くんのこと、特別に感じていたと思うわよ。私は特別じゃなかったけれど、そん
な阿良々木くんの、特別になれたら、それほどれだけ痛快なことだろうと、思うのよ。まあ…
…ちょっと大袈裟な物言いになってしまったけれど、阿良々木くん、強いて言うなら、私はた
だ、阿良々木くんと話すのが、楽しいだけ」
「……でも、まだそんなに――話してないだろ」
どころじゃない。
先週の月曜日、火曜日、それに今日と、あまりにも密度の濃い時間を過ごしていたせいで、
うっかりすると見逃してしまいそうだけれど、戦場ヶ原とこんなに会話をしたのなんて、その
月曜日と火曜日、それに今日――だけなのだ。
つ ばし
し
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たかだか三日だけである。
クラスが三年、同じだとはいっても――
ほとんど他人みたいなものだった。
「そうね」
戦場ヶ原は反論せずに頷いて、言う。
「だから、もっと、あなたと、話したい」
もっと、たくさんの時間を。
知るために。
好きになるために。
「一目惚れとか、そういう安っぽいのとも違うと思うわ。でも、下準備に時間をかけようと思
うほど、私は気の長い性格ではないのよ。なんて言うか――ええ、阿良々木くんを好きになる
努力をしたいって感じなのかもしれないわね」
「……そっか」
そう言われれば――その通りだ。
言い返しようもない。
好きでい続けるために、頑張る――好きというのは、本来、すごく積極的な感情だから。だ
とすれば――戦場ヶ原が言うような、そういう形があっても、いいのだろう。
「所詮はこういうのって、タイミングの問題だと思うし。別に友達関係でもそれはそれでよ
かったんだけれど、私は結構、欲深いのよ。どうせなら、私は究極以外は、欲しくない」
タチの悪い女に引っかかったと思って頂戴。
そう言った。
「誰彼構わず優しくしているからこんな目に遭うのよ、阿良々木くん。自業自得と反省するこ
とね。それでも、心配されなくとも、私だって、恩とそういう感情との区別くらいはつくわ。
だってこの一週間――私、阿良々木くんで、色々妄想できたもの」
「妄想って……」
「すごく充実した一週間だったわ」
本当――こういう物言いは、直截的。
僕は一体、戦場ヶ原の妄想の中において、どんなことをし、どんなことをさせられたのだろ
う……。
「そう、もういっそ、こう思ってくれてもいいのよ。愛情に飢えている、ちょっと優しくされ
たら誰にでも靡いちゃう、惚れっぽいメンヘル処女に、不幸にも目をつけられてしまった、
と」
う
なび
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「……なるほど」
「ついてなかったわね。普段の行いを呪いなさい」
自分を貶めることすら厭わない――か。
そして、そこまで言わせてしまっている、自分。
そんなことまで。
……ったく、格好悪い。
ちっちゃいよなあ、全く。
「だから、阿良々木くん。色々言ったけれど」
「なんだよ」
「この申し出を、阿良々木くんがもしも断ったら、あなたを殺して私は逃げるわ」
「普通の殺人犯じゃん! お前も死ねよ!」
「それくらい、普通に本気ということ」
「……はあ。そうっすか……」
心の底から、反芻するように、嘆息する。
全く、もう。
面白いなあ、こいつは。
クラスが三年同じで、たった三日だなんて――なんて、勿体ない。本当に、阿良々木暦は一
体、どれだけ途方もない、莫大な時間を、無駄にしてきたのだろう。
あのとき、こいつを受け止めたのが。
僕で、本当によかったと思う。
戦場ヶ原ひたぎを受け止めたのが阿良々木暦で――本当によかった。
「ここで少し考えさせて欲しいなんて腑抜けた言葉を口にしたら、軽蔑するわよ、阿良々木く
ん。あまり女に恥をかかせるものではないわ」
「わかってるよ……現時点でかなり、みっともないと思ってるさ。でも、戦場ヶ原。一つだ
け、僕の方から条件を出していいか?」
「何かしら。一週間私が無駄毛を処理する様子を観察させて欲しいとか?」
「お前が今まで口に上してきた台詞の中で、それは間違いなく最低の一品だ!」
内容的にもタイミング的にも、間違いなく。
数秒、間合いを改めて、僕は戦場ヶ原に向かう。
「条件っていうか、まあ、約束みたいなもんなんだけど――」
「約束……何かしら」
「戦場ヶ原。見えていないものを見えている振りしたり、見えているものを見えていない振り
おとし いと
はんすう たんそく
ばくだい
ふぬ けいべつ
のぼ
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したり――そういうのは今後一切、なしだ。なしにしよう。おかしなことは、ちゃんとおかし
いと言おう。そういう気の遣い方はやめよう。経験は経験だから、知ってることは知ってるこ
とだから、多分、僕もお前も、これからずっと、そういうものを背負っていかなくっちゃなら
ないんだから――そういうものの存在を、知ってしまったんだから。だから、もしも意見が食
い違ったら、そのときは、ちゃんと話し合おう。約束だ」
「お安い御用よ」
戦場ヶ原は、涼しい顔で――相変わらず、表情一つ変えないが、それでも、十分に、僕の方
からは、その、あまりにもあっけない、ともすれば安請け合いとも取れるような、けれども確
かな、ノータイムでの即答に、わずかなりとも、感じるものがあった。
自業自得か。
えてして、普段の行いということ。
「じゃ、行こうか。すっかり暗くなっちまったし、えーっと……送っていくよ、って言うのか
な、こういう場合」
「あの自転車じゃ二人乗りは無理でしょう」
「棒があるから、三人は無理でも二人なら大丈夫」
「棒?」
「足を置く棒。正式名称は知らないけど……後輪に装着するんだ。で、そこに立つわけ。前の
奴の肩に、手を置いてな。どっちが前かはジャンケンで決めようぜ。蝸牛はもういないから、
帰りは別に普通に帰っていいんだよな。来た道なんて複雑過ぎて覚えてないし……。戦場ヶ
原、じゃあ――」
「待って、阿良々木くん」
戦場ヶ原は、まだ動かなかった。
動かないまま、僕の手首をつかむ。
他人との接触を、長らく自らに禁じてきた戦場ヶ原ひたぎ――だから、勿論、彼女の方か
ら、そんな風に僕に触ってくるのは、これが初めてのことだった。
触れる。
見える。
つまり、僕達は、ここにいるのだろう。
お互いに。
「一応、言葉にしておいてくれるかしら」
「言葉に?」
「なあなあの関係は、嫌だから」
やすう あ
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「ああ――そういうこと」
考える。
究極を求める彼女に、ここで英語を返すのも、芸がない。かといって他の言語に関する知識
となると、生半可なものしか僕にはないし、どちらにしても、二番煎じの感を否めない。
と、すると――
「はやるといいよな」
「はい?」
「戦場ヶ原、蕩れ」
ともあれ、これで、概ねのところ。
羽川の思い込みは正鵠を射ることとなった。
やはりあの委員長は、何でも知っているらしい。
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