第57章

ったとしても、そうだな、お前のことは嫌いだな!」

友情は成立していないようだった。

僕の周囲はこんな奴らばっかりか。

ちらりと、後ろを振り返る。

もう、誰も見当たらない。

今のところは。

「……ったく。言うことなすこと末頼もしい奴だよ、お前は。で? 八九寺。お前、どうし

いぶか

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て、こんな時間にこんなところをうろうろしてんだ。またどっか行こうとして、迷子にでも

なってんのか?」

「随分と失礼な言い方をされますね、阿良々木さん。わたし、迷子になったことなんて、生ま

れてこの方一度もありませんよ?」

「優れた記憶力をお持ちのようだな」

「褒められると照れます」

「いや、優れものだよ、都合が悪いことを全て忘れられることができるなんて」

「いえいえ。ところであなた、誰でしたっけ?」

「忘れられた!」

なかなか鋭い切り返しだった。

センスあるな、こいつ。

「……いや、とはいえ、さすがに冗談だとわかっていても、人から忘れられるっていうのは、

結構凹むぞ、八九寺……」

「頭が悪いことは全て忘れられますから」

「お前に言われるほど僕は頭悪くはないよ! 頭が悪いじゃない、都合が悪いだ!」

「都合が悪いことは全て忘れられますから」

「そうそう、それで正し……くない! 全然正しくない! 他人様の存在のことを都合が悪い

とか言ってんじゃねえ!」

「自分で言ったんじゃないですか」

「黙れ。揚げ足を取ろうとするな」

「阿良々木さんは我儘ですね。わかりました、じゃあ、気を使わせていただいて、こういう言

い方にしましょう」

「どういう言い方にするんだ……」

「不都合がいい」

「………………」

楽しい会話だった。

実を言うと小学五年生と同レベルで話ができる自分自身、阿良々木暦という名前の高校三年

生について、ちょっとばかり思うところがないでもないのだが、まあ、なんだ、こうして話す

分には、中学生の妹達と話しているのと、そんな変わらない感じだから……それに、そこが中

学生と小学生の違いなのか、変に尖ったり妙にひねたりしていない分、妹達を相手にするのよ

りも、八九寺とは話題の進行がスムーズではある。

「はあ……」

へこ

わがまま

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ため息と共に、自転車から降りる。

そして、ハンドルを押し、徒歩で前方へ。

八九寺と話すのは楽しいが、それはそれとして、同じところでじっとしたまま、立ち話と洒

落込んでいると、ともするとこの後の予定に支障を来たすかもしれなかったので、まあそんな

に時間に余裕がないわけでもないのだけれど、自転車を押して歩きながら、八九寺との会話を

続けることにしたのだ。立ち話よりも歩き話。八九寺の方は、どうやら確たる目的地があって

うろうろしていたわけではないようで、特に何を言われるまでもなく何を促されるまでもな

く、自転車に添うように、てくてくと、僕についてくる。まあ、暇な奴なのだろう。

移動することにした理由は、もう一つあるけれど――再度、ちらりと後ろを振り返ってみた

ところ、そちらについての心配は、今のところ、どうやらなさそうな感じだった。

「阿良々木さん、どちらに?」

「ん。一旦家」

「一旦? するとその後、お出かけですか」

「まあ、そんな感じ――ほら、さっき言っただろう? もうすぐ実力テストなんだよ」

「阿良々木さんの実力、つまりは真価が問われることになるのですね」

「そんな大袈裟なもんじゃねえよ……問われるのは、卒業できるかどうかって、それだけだ

な」

「そうですか。阿良々木さんが卒業できないかどうかが問われるのですね」

「………………」

同じ意味なのに、なんだそのニュアンスの違い。

日本語って本当に難しい。

「阿良々木さん、頭の不都合がいい方ですからね」

「もう普通に頭が悪いって言ってくれた方がいくらか気が楽だよ、僕は」

「いえいえ、本当のことでも言っていいことと言うまでもないことがありますから」

「言っちゃいけないことはないのかよ!」

「あ、その、大丈夫です。わたしもあんまり成績はよくありませんから、阿良々木さんとおそ

ろいですよ、おそろい」

「………………」

小学生に慰められた。

小学生とおそろいだった。

しかも、自分のことを表現するときには『頭が悪い』とは言わずに『成績はよくない』と言

い換えているところに、八九寺真宵のさりげない欺瞞を感じる。

なぐさ

ぎまん

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「……いや、でも、それって結構リアルな話でさ。この実力テストで下手を打つと、結構マジ

でやばいっぽいんだ」

「退学処分ですか」

「進学校は進学校だけど、テストの点が低いことを理由に退学になったりするほどに逸脱した

進学校じゃないよ、うちは。ていうか、世の中に実在するのか? そんな冗談みたいな進学

校。まあ、だから、どんなに最悪でも留年って感じだけど……だけど、やっぱそれは避けたい

よな」

避けられるものなら。

いや、避けなければならないのだけれど。

「ふむ。では阿良々木さん、今日はもう、お出かけなんてしている場合ではないのではありま

せんか? 早く家にこもって試験勉強をしなければならないはずです」

「意外と真面目なこと言うじゃん、八九寺」

「阿良々木さん、真面目なこと言うじゃんは余計です」

「意外とだけでいいのか!?」

どんなエンターテイナーだ。

「だけど心配はご無用だよ、むしろ話はそこに繋がるんだ、八九寺。言われるまでもないさ。

お出かけっつったって、僕は別に遊びや買い物に行こうってわけじゃないんだ。勉強するため

に、お出かけするんだよ」

「ふむ?」

もっともらしく、首を傾げてみせる八九寺。

「つまり、図書館か何かでお勉強をしようということですか? うーん。個人的には、わたし

は、慣れた自分の部屋で落ち着いて勉強した方が、はかどると思いますけれど……ああ、それ

とも、阿良々木さんは、塾か何かに参加されるということなのですか?」

「図書館と塾とじゃ、塾の方が近いかな」

僕は言った。

「ほら、憶えてるよな? 戦場ヶ原。あいつ、学年でもトップクラスの

成績の持ち主だから

さ、今日はこれからあいつん家に行って、勉強を教えてもらう約束なんだよ」

「戦場ヶ原さん……」

八九寺が腕を組んで、すっと俯く。

まさか、忘れてしまったのだろうか。

都合が悪いというか、多分、恐怖がゆえに。

「フルネームは、戦場ヶ原ひたぎ……なんだけど。ほら、この間、僕と一緒にいたポニテのお

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姉ちゃんで、お前のことを……」

「……ああ、あのツンデレの方ですか」

「………………」

いや、憶えてはいたようだけれど。

なんか戦場ヶ原の奴、あちこちでその『ツ』から始まり『レ』で終わる、片仮名四文字の認

識が定着しつつあるみたいだな……いいのかなあ。本人はそれについて、一体どう思っている

のか、一度聞いておく必要がありそうだ。僕の対応も、それによって変わってくる。

「包容力に溢れた素敵な方でしたよね。わたし

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