うん……いや、でも、中学時代も、今とそんなに変わらないよ。バスケットボール部の
エースで、大活躍。二年生の後半からは、今と同じようにキャプテンを務めていたみたいだ
し。それがどうかしたの?」
「いや、えっと――」
話せないよなあ。
言えないよなあ。
信じないよなあ。
よりにもよってそのスターが、こともあろうにこの僕を、言うにこと欠いてストーキングし
ているだなんて。
そうでなくとも、どこまで正直に事実を伝えていいものかという問題もあるわけなのだが、
けしん
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しかし、まあ、相手が羽川なら、ある程度の事情を話しても、いいかな。当然、包むべきとこ
ろは、オブラートに包ませてもらうけれど。
「その神原と戦場ヶ原が、中学時代に仲がよかったって話なんだけれど――そうなのか?」
「んん? いや、前にも言ったと思うけれど、別に私、同じ中学だったっていうだけで、戦
場ヶ原さんとそんな物理的接触があったわけじゃないんだよ? 戦場ヶ原さんが有名人だった
から、地味めの私が一方的に知っていたっていうだけで――」
「お前のその謙虚な姿勢にはいつもながら感動すら覚えるけれど、そういういつも通りのやり
取りは今回はさておくとしてだな……」
「ヴァルハラコンビ」
「は?」
「今、言われて、思い出した。ヴァルハラコンビってね、呼ばれてたよ。陸上部の戦場ヶ原さ
んとバスケ部の神原さんで、ヴァルハラコンビ」
「ヴァルハラコンビ……? ヴァルハラってどういう意味だっけ、聞いたことあるような気も
する単語だな。しかし、なんでそんな風に呼ばれることに……」
「神原の『ばる』と、戦場ヶ原の『はら』で、『ヴァルハラ』なのよ。で、ヴァルハラってい
うのは、北欧神話で、最高神オーディンの住む天上の宮殿のことで、戦死した英雄の霊が迎え
られる、戦いの神様の聖地っていう意味があるから――」
「……ああ、神原の『神』と戦場ヶ原の『戦場』か」
「それでヴァルハラコンビ」
「はあ……」
嵌りすぎじゃん、それ。
たかだかニックネームのことなのに、うまいこと言う人間がいるもんだな……あえて難を言
えば、その響きがあまりに綺麗過ぎて、聞いた側のリアクションとしてはただただ感心するば
かりで、そういう意味では逆に反応に困ってしまうくらいであるということだが、しかしそん
なの、突っ込み担当者の意地の悪い見方って奴だろう。
「まあ、コンビなんて言われてるくらいなんだから、少なくとも仲が悪かったとか険悪だった
とか、そういうことはないんじゃないの? 戦場ヶ原さんは卒業ぎりぎりまで部活に参加して
たから、運動部同士の付き合いっていうのは、最低限、あっただろうしね」
「お前は何でも知ってるな」
「何でもは知らないわよ。知ってることだけ」
いつも通りのやり取りだった。
ともかく……まあ、話の裏は取れた感じ。
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裏が取れたところで――どうしようか。
表を、どうしようか。
「前に訊いたことの繰り返しになってしまうけれど、中学時代の戦場ヶ原って……今とは全然
違う感じだったんだよな」
「うん、そうだよ。まあ、最近、戦場ヶ原さんも少しずつ変わってきてるみたいだけど、やっ
ぱりそれでも、昔とは違うかな」
「そっか……」
変わってきている。
僕に関するところだけ。
だから――昔とは違う。
「やっぱり、後輩に人気とか、あった?」
「そうだね。男女問わず人気あったよ。後輩という区分にも、別に限らなかったみたいだよ?
先輩がいた頃には先輩にも可愛がられていたし、勿論、同級生にも評判がよくて――」
「つまり老若男女問わず――か」
「先輩後輩だから、老若ってほどじゃないけどね。それでも、あえて言うなら、後輩の女子の
人気が、一番高かったのかな。そういうことでしょ? 今阿良々木くんが聞きたいのって」
「……察しがよくて助かるよ」
ちょっと察しがよ過ぎるくらいだけどな。
忍野じゃないが、見透かされた気分だ。
「でも、阿良々木くんは、昔の戦場ヶ原さんのことなんて関係なく、今の戦場ヶ原さんのこと
が、好きなんだよねー?」
「………………」
お前、ノリが小学五年生と一緒だぞ。
ちなみに、別に誰に宣言したわけでもないけれど、僕と戦場ヶ原が付き合っていることは、
バレバレである。クラスにおいて大人しい優等生という位置づけであり、今もそうあり続けて
いる戦場ヶ原は勿論、僕もまたそういう行為の対象となるクラスメイトでは決してないから、
露骨にからかわれたり無闇にはやしたてられたりはしないけれど、しかしそれでも、いつの間
にかそれ自体は周知の事実、暗黙の了解となっていた。
噂というのは恐ろしい。
三年生と二年生の間にある壁を越え、神原のところにその噂が届くのには、さすがにある程
度の時間を要したようだけれど……まあ、戦場ヶ原が有名人だということと、神原がその戦
場ヶ原のことを気に掛けていたのだろうことを思えば、それでも少し、遅いくらいなのかもし
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れないが、やはり学年を跨いでしまえば、そんなものだろう。
「何度も言うけれど、清く正しい男女交際を心がけなさいよ、阿良々木くん。不行状が噂にな
るようなことだけは、しないでね。戦場ヶ原さんは真面目そうだから、まあ、燗れた付き合い
にはならないとは思うけれど」
「はあ……真面目ね」
そう言えば、羽川もまだ、戦場ヶ原の本性は知らないんだよな……他のクラスメイトはとも
かくとして、僕達が付き合う前から付き合うことを知っていた驚異の羽川委員長でさえ欺いて
いるとは、戦場ヶ原も大したタマだ。そういう意味では、戦場ヶ原は誰にも見せない顔を僕だ
けに見せてくれているということになるんだろうけれど……あんまり嬉しくないなあ、それ。
特別とか特例とかって、そういう意味じゃないわけだろう。
いや、でも、僕達の付き合いの現状は、おおよそそんな感じなのか。手料理すら作ってくれ
ないというのだから、爛れた付き合いになんて、なりようがない。
…………。
ああ。
拒絶された――ということは、中学時代がどうあったところで、神原は、戦場ヶ原の本性
を、はっきりと知っているということになるんだ。そしてそれでも尚、今、僕に声をかけてき
たということ
は、神原は――
「戦場ヶ原さんは、難しいよ?」
羽川は、唐突に、そう言った。
そういえば――羽川には、前にも、似たようなことを言われたことを、僕は思い出す。勿
論、羽川の言うことだから、それは戦場ヶ原ひたぎの、攻略難易度のことを指しているわけで
はないのだろう。
「それこそ、あんまり知った風なことを言うつもりはないけれど、戦場ヶ原さん、難攻不落の
セルフフィールド、作っちゃってるからさ」
「………………」
「阿良々木くんも、持ってる奴ね。強弱はともかく、セルフフィールド自体はプライバシーと
かいって、誰でも持っているものだけれど、戦場ヶ原さんや阿良々木くんは、そこで更に、籠
城戦を繰り広げちゃってるわけ。そういう人は、人付き合いそのものを鬱陶しいと思っ