第70章

らない。特に、戦場ヶ原ひたぎの場合と阿良々木暦の場合には、かなりの違いがある。

それは期間の長さということではない。

失ったものの、多さだ。

戻るつもりはない――と言った。

しかしそれは、必然性や必要性といった話ではなく、戦場ヶ原は戻りたくとも、もうあの頃

には戻れないという意味ではないだろうか?

何故なら戦場ヶ原は……二年間、他人付き合いというものを一切合財拒否してきた、クラス

において誰とも接触することもなく、二年間やってきた戦場ヶ原ひたぎは――その二年間が終

わった今、何も変わっていない。

僕以外のことについて、何も変わっていない。

阿良々木暦が戦場ヶ原にとって特別であり特例になっただけで、それ以外については、本当

に戦場ヶ原は、何も変わっていないのだ。

それ以前とそれ以後に、差異がない。

保健室に行かなくなっただけ。

体育の授業に参加するようになっただけ。

教室の隅の方で――静かに本を読んでいる。教室の中において、本を読むというその行為に

ぎょうざ

いっさいがっさい

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よって、クラスメイトとの間に、強固な壁を築いているかのように――

本当に、僕と話すようになっただけだ。

昼食を、僕と一緒に取るようになっただけだ。

未だあいつの、クラスの中における位置づけは、物静かで病弱な優等生――である。クラス

メイトからは、心持ち、ある程度病状が回復した程度にしか、捉えられていない。

委員長である羽川は、それでも大した変化だと、無邪気に喜んでいたけれど――僕はそれ

を、そういう風景をそんな感じに、単純に楽観的にとらえることはできない。

失ったのではない。

捨てたのかもしれない。

けれどそれは、結果からすれば同じこと。

わかったような口を叩くつもりはさらさらないし、これからどんな風に付き合っていったと

ころで、本当のところがわかるわけじゃないのだろうけれど――僕が横から口を挟むような問

題ではないのだろうけれど。

容喙や干渉が、正しいとは思わないけれど。

それでも、思わなくはない。

戦場ヶ原がもしも、と。

今、戦場ヶ原は、ホッチキスを持っていない……それが進歩で、それが変化であるというの

なら、更にその先というのがあっても、いいはずじゃないのか、と。

僕のことについてだけでなく。

他のことについて、もしも――

「もしもし?」

「はい、お待たせしました、羽川です」

「…………」

いや、電話の受け答えとしてはとても正しいのだろうけれど、携帯電話でその台詞は、

ちょっとおかしくないか?

羽川翼。

クラス委員長――優等生のハイエンド。

委員長になるために生まれてきたような女だ。

神様に選ばれた委員長の中の委員長――と、最初は僕も冗談で言っていたのだけれど、クラ

スの副委員長として二ヵ月の時間を共に作業をしていて、僕はそれが本当に笑えないほどに

マッチする表現であることを、知る羽目になった。知識は人間にとってすべからく大切である

べきものだが、できれば知りたくなかった。

ようかい

? ? ? ? ?

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「どうしたの? 阿良々木くんが私に電話をかけてくるなんて、珍しいね」

「いや、別に――なんていうか、お前にちょっと訊きたいことがあって」

「訊きたいこと? 別にいいけど。あ、文化祭の出し物の件? でも、実力テストが終わるま

では、文化祭のことについてはあまり考えない方がいいんじゃないのかな――阿良々木くん、

かなり大変なんでしょう? 勿論、雑務は全部、私がやっておくけれど。それとも、出し物を

変更しようってこと? アンケートで決めちゃったことだから、それは難しいと思うわよ。

あ、ひょっとして、変更せざるを得ない何らかの問題があったとか? それだったら、早く対

応しなくちゃいけないね」

「……相槌くらい打たせてくれ」

本当、話を勝手に進める奴だよな。

思い込みが激しい上に、一瀉千里によく喋る。

言葉を挟む隙を見つけるのが大変だった。

夜八時。

民倉荘、戦場ヶ原の家からの帰り道、僕はサドルには跨らずに自転車を押して、アスファル

トの道路を歩いていた。ペダルをこがずに自転車を押しているのは、隣に八九寺がいるからで

もなくまたも神原が僕を目掛けて駆けてきたからでもなくて、何となく、考えごとをしたかっ

たからだ。

結局、夜八時まで、勉強詰めだった。

夕飯どき、ひょっとしたら戦場ヶ原の手料理がいただけるのではないかとにわかに期待を寄

せていたのだが、あの女はそんな気配を全く見せなかった。耐え切れず、それとなく空腹を訴

えたら、「そう。じゃあ今日はこれでお開きね。憶えてるとは思うけれど、この辺りは街灯が

少ないから、帰路は気をつけて頂戴。シーユーレーター、アリゲーター」と、あっさりと追い

出されてしまった。父親が仕事で夜中まで出ていることの多い、事実上一人暮らしの戦場ヶ原

ひたぎのこと、料理が出来ないわけがないと思うのだが……。

返す返すも、難易度の高い女だった。

まあ、今の僕は、あんまりお腹の空かない体質だから、訴えた空腹というのは半分以上、嘘

なのだけれど。

ともあれ。

考えごとといっても、教える立場の戦場ヶ原から平均点を取ることすら諦められてしまうよ

うな僕のこと、あまり考えごとが生産的な意味を持つわけではない。ほとんど自己満足みたい

なものだ。しかし、世の中には自己満足で終わっていいことと、そうではないことがあり、こ

の場合は後者だった。

いっしゃせんり

うそ

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で。

右手で自転車を押したまま、歩きながら、羽川の携帯電話に、僕は電話をかけたというわけ

だ。時間は夜の八時半――それほど親しくない間柄の女子に電話をかけるのに、相応しい時間

なのかどうかは、どうだろう、僕にはよくわからないのだけれど、羽川の反応から見る限り、

とりあえず許容範囲ではあるようだ。真面目の化身のような、人一倍モラルに厳しい羽川な

ら、駄目なときは駄目だと、ちゃんと言ってくれるはずである。

「えっと。ちょっとばかし長い話になるかもしれないんだけど、羽川、時間、いいか?」

「ん? いいよ? 軽く勉強してただけだから」

「…………」

嫌味

なくさらっと、そんなことを言えてしまう辺り、神様に選ばれた委員長の中の委員長

だ。

軽くって、どういう勉強のことなんだろう……?

「まあ、じゃあ、できるだけ手短に……羽川、戦場ヶ原と同じ中学だったよな? なんだっ

け、確か――そうそう、公立清風中学だっけか」

「うん、そうだよ」

「じゃあ、一個下の後輩で、神原駿河って奴、知ってるだろ?」

「そりゃ、勿論、知ってるけど? て言うか、神原さんのことを知らない人なんて、いるのか

な? 阿良々木くんだって知っているでしょ? バスケットボール部のキャプテン、学校中の

スター。私だって、友達と一緒に、試合の応援に行ったことあるくらいだし」

「いや、だから今現在の話じゃなくて――神原の中学時代の話が聞きたいんだけれど」

「んん? そうなの? なんで?」

「なんでも」

「ふ

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