第103章

通りの口調で、直截的に、思ったまま。

戦場ヶ原は平坦にそう言った。

「それでも、そばにいてくれるのかしら」

いっぱい待たせて、ごめんなさいね。

とても平坦に、そう言った。

……愚かしい。

愚かしいこと、この上ない。

全く――かませ犬もいいところだった。

我ながら、そしていつもながら、あつらえたような三枚目を演じたものである。見事なくら

い、何の役にも立ってない。

ごめんなさいが言える、素直な子。

戦場ヶ原ひたぎが、どれだけ強欲な女なのかということくらい、僕はとっくに知っていたは

ずなのに。戦場ヶ原ひたぎが、どれだけ諦めの悪い女なのかということくらい、僕はとっくに

知っていたはずなのに。

それが本当に大事なものだったなら。

戦場ヶ原が、諦めるわけがないのに。

大きなお世話、余計なお節介。

ありがた迷惑。

しかし、まあ……それでも、なんというか、全くもってどいつもこいつも、本当に、ひねく

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れてるよなあ――

実際、裏表のある奴ばかりだ。

表も裏も、メビウスの帯のように、表裏一体。

ならば解釈は愛の力でも、別にいいや。

人から忘れられるっていうのは、結構凹むから。

僕はそんなことを考えながら、とりあえず、腹に開けられた大きな穴がふさがるまでの間、

目の前で展開される百合的な情景を、野暮な突っ込みを一つも入れることなく、ただただ、見

守ることにした。ここでもしも僕が忍野だったなら、似合いもしない癖にニヒルを気取って、

火のついていない煙草でもくわえ、二人に向けて、何かいいことがあったのかどうかとでも訊

く場面なのだろうけれど、生憎僕は、未成年だった。

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後日談というか、今回のオチ。

翌日、いつものように二人の妹、火憐と月火に叩き起こされ、寝ぼけまなこをこすりながら

も約束通り、日曜日をまるまる使っての勉強会のために、今日こそはその手料理を食べさせて

もらえるんじゃないかとほのかな希望を抱きつつ、意気揚々として戦場ヶ原の家に向かおう

と、今や僕の持つ唯一のマシンとなってしまった通学用の自転車に跨り、門扉を開けて家から

出たところで、手持ち無沙汰っぽく電柱の前で、何故か柔軟体操をしている少女に、出会うこ

とになった。私服だったが、短めのプリーツ?スカートと、そこからはみ出したスパッツとい

う組み合わせは、制服姿のときに受ける印象とそんなに変わらない感じ――直江津高校のス

ター、後輩の神原駿河だった。

「おはよう、阿良々木先輩」

「……おはようございます、神原さん」

「ん。ご丁寧な挨拶、恐縮だ。阿良々木先輩はそういう礼儀礼節から、もう私などとは人間の

質が違うみたいだな。怪我はもう大丈夫なのか?」

「ああ……今はむしろ日光がキツいくらいだけど、それも心配していたほどではないかな。ダ

メージの回復と、とんとんって感じか。で、どうして神原、僕の家、知ってるわけ?」

「嫌だなあ、阿良々木先輩、わかっている癖に。私に見せ場を作ってくれようというのかな?

だって私は阿良々木先輩をストーキングしていたのだぞ。自宅の住所くらいは調査済みだ」

やぼ

あいにく

じゅうなん

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「…………」

快活に笑って言われても困惑する。

「で、何か用なのか?」

「うん、今朝戦場ヶ原先輩から電話があって、阿良々木先輩を迎えに行くように言われたの

だ。あ、鞄を持たせてくれ」

言うが早いか、自転車の前カゴから、僕のリュツクサックをひょいと取り上げて、それを左

手に抱える神原。にこにことしたあどけない笑顔で、「その自転車のチェーンにも油を注して

おいたぞ。他にも何か用事があったら、遠徳せずに言って欲しい」と、僕を見る。

友達を通り過ぎてパシリになっていた。

学校のスターを従え引き具すつもりは僕には毛頭なかったけれど、しかし、あの病的なまで

に嫉妬深い戦場ヶ原が、神原にはこんな役割を任せているというところから、神原と戦場ヶ原

との修復された関係を、再結成されたヴァルハラコンビの間柄を読み取ろうとするのは、果た

して僕の穿ち過ぎだろうか。きっと、穿ち過ぎだろうけれど。

「出発前にマッサージなどいかがかな。そうは言ってもやはり阿良々木先輩もお疲れだろう。

結構上手なのだぞ」

「……しかしお前、部活はいいのかよ。日曜日だって練習はあるはずだろう? ほら、そろそ

ろ試験休みなんだから、気合入れてかないと」

「いや、バスケットボールは、もうできないのだ」

「え?」

「少し早いが、引退だ」

神原は僕のリュックサックを持ったまま、左手を僕の前に示した。彼女のその左手は――肘

の辺りまで、真っ白い包帯が、ぐるぐるに巻かれていた。その長さやその形が、若干不自然で

あることが、外側からでも、わかる。

「全てが中途半端だったからな。悪魔は去ったが、結局、腕は元には戻らなかったのだ。いく

らなんでも、この腕でバスケットボールを続けるわけにはいかないからな。でもまあ、これは

これでパワフルで、結構使い勝手はいいみたいだぞ」

「……僕の鞄を今すぐ返せ」

なんというか。

半分とはいえ、願いが叶ったのだ。

それくらい、当然の代償のようだった。

うが

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あ と が き

たまには普通のあとがきが書きたくなったのでここでは本書に収録されている三つの物語に

ついての解説的なものを述べてみようと思います。物語の内容に少なからず触れますので、本

文を読み終える前にこのあとがきを読んでいらっしゃる方がいましたら申し訳ありませんがこ

こで目を止め、先に本文から読まれることをオススメします。なんて、書きたくなったのはそ

んなお決まりの文章までなのでやっぱり解説的なものは述べませんが、しかし考えてみれば作

者自身による物語の解説というのは、なかなかどうして一筋縄ではいかないものです。人間

思っていることを百パーセント表現できるわけがないし、また表現されたものが百パーセント

伝わるわけもなく、実際は上首尾に運んで六十パーセントずつ、つまり作者の思っていること

で作品を通して受け手に伝わることは三十六パーセントというのが実際的な数字です。残り六

十四パーセントは勘違いで、ゆえに作者自身による解説を読むと受け手として半分以上同意で

きないことが多々あります。え、そんなつもりで書いてたの? とか。いわゆるコミュニケー

ションの難しさですが、しかしその勘違いこそがいいスパイスになることは揺るぎのない事実

です。たとえば僕なんか、大好きな本を人に勧める際は自分が感動したシーンを臨場感たっぷ

りに伝えるという勧め方をするわけですが、後に読み返してみるとそんなシーンはその本の中

には存在しないということがままあります。結局人間なんていい加減な生物ですから何かを感

じてもそれは半分以上勘違いだってことなんですけれど、しかしそれを悲観的に解釈するので

はなくその作者、あるいは物語には受け手を勘違いさせるだけの力があったのだという見方を

するべきなのかもしれません。昔衝撃を受けた本を読み返すと案外大したこ

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