第13章

「でも、友達に聞いておいてあげるわ」

「基本的に面倒見いいよな、お前は。助かるよ。まあ、現実問題、今年の合格は危ういかもし

れないが、一年の浪人を見込んで勉強すれば、いけるんじゃないかと思う」

「やる前からそんな志の低いことでどうするの。どうせなら、一発合格を狙いなさい。……

で、戦場ヶ原さんにはいつ言うつもりなの?」

「だから、ある程度、目処がついたら、かな……あいつの協力もまた、不可欠だろうし。戦

場ヶ原の受ける国立大学って、試験にも色んな方式を採用してるらしいからな、とにかく数学

を重視した受験方式を選んで……」

「なるほどね」

ぽん、と一冊、参考書を、更に僕に手渡す羽川。

「はい。これでぴったり、一万円」

「……え、嘘。値段をうまく丁度に揃えたの? お前、そんな器用なことできるの?」

「ただの足し算でしょ、こんなの」

「………………」

確かに、ただの足し算といえばただの足し算だけど……基本四桁で、暗算で、話しながらだ

ぞ……。僕、自分で数学が得意なつもりでいたんだけど……算数のレベルから、もう羽川の相

手にはなってないということか。

ちょっとやる気なくすというか、凹むな……。

思い切り出鼻をくじかれた感じだ。

これから半年、僕は戦場ヶ原ひたぎと羽川翼に対する計り知れない劣等感と共に頑張らなく

とびら

めど

こころざし

そろ

へこ

れっとう

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ちゃならないわけか……。

まあ。

頑張るしかないのだが。

「ところで、阿良々木くん」

「なんだよ、改まって」

「さっき聞いた話の続きなんだけど。そのすさんだ神社跡で、五等分にされた蛇の死体を見つ

けて――それから、どうしたの?」

「え……ああ、その話か」

放課後、文化祭の準備をしていたときに、そんな話をしたのだった。単に忍野の近況を伝え

るだけのつもりだったのだが、やはり昨日の今日だ、印象に残っていたその話をしてしまっ

た。小動物が無残に殺されていたなんて、聞いててあまり気持ちのいい話ではないだろうか

ら、すぐに打ち切ったのだが、どうやら羽川は羽川で、その話を気にしていたらしい。

「別に。一応、その蛇は、神原と二人で、穴掘って埋めてやったんだけど……けど、それから

さ、その辺を散策してたら、蛇の死体だらけで」

「死体――だらけ?」

「うん。ばらばらに刻まれた死体だらけ」

五、六匹はいた。

途中から数えるのをやめた。

埋めるのも――諦めた。

神原が本気で気持ち悪そうにしていたからだ。

「結局、すぐに山を降りてさ……それから、近くの公園で、神原が作ってきたというお弁当を

頂いた。やけにおいしくてびっくりしたんだが、聞いてみれば、お祖母ちゃんに手伝っても

らったんだってさ。というか、むしろ逆で、お祖母ちゃんが作っているのを、神原が手伝った

みたいだな。『お前は何をしたんだ?』と訊いてみれば、『包丁を準備した』とか『お湯を沸

かした』とか『鍋が吹き零れないように見ていた。まあ吹き零れてしまったが』とか、そんな

感じでさ。まあ、あそこまで運動能力が高くて、その上料理も得意ってんじゃ、ちょっと欲張

り過ぎだよな」

「それはそうかもしれないね。でも、本当に惜しいよね、神原さん。腕の怪我さえなければ、

今頃は大会の真っ最中なのに」

「…………」

おっと。

そのあたりのことは、伏せてるんだっけ。

むざん

きざ

ばあ

こぼ

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危うく、口が滑るところだった。

神原駿河引退の真相を知っているのは、直江津高校内においては、僕と戦場ヶ原だけだ。そ

れ以上増えることはないし、それでいいと思う。

笑えるのは、お弁当を食べたら、本当に神原の気分が復調したことだった。あのスポーツ少

女、エネルギーの吸収効率が尋常でなくいいらしい。

「まあ……大変だったね、阿良々木くん」

「ああ。蛇をあんな風に殺すなんて、どっか儀式めいててさ、考えさせられたぜ。ぞっとす

るっつーか、ぞっとしないっつーか。場所が神社跡っていうのも、なんかな。あ、ひょっとし

て羽川、あそこに神社があったの、知ってた?」

「うん」

あっさり頷く。

当然のように。

「北白蛇神社よね」

「……蛇、か。てことは」

「そ、蛇神信仰って感じなのかな。私もそこまで詳しいわけじゃないんだけれど。地元だから

たまたま知ってるってだけで」

「そういうのは普通、地元だからこそ知らないことだと思うけどな……十分詳しいと思うし。

でも、そうか……蛇神信仰をしてた場所で、蛇殺しか……やっぱ、儀式めいてるな。一応、忍

野に報告しておいた方が……いいのかな」

怪異。

思い過ごしだといいけれど。

でも――千石のこともある。

千石撫子。

「………………」

……しかし、この話の流れはまずいな。

羽川は、怪異とかかわった記憶をなくしている。忍野に世話になったことくらいは覚えてい

るが、自分が猫に魅せられ、何がどうなったのか――それを、忘れてしまっている。だからと

いうわけでもないのだが、僕としては、そんな羽川に、あまり怪異にかかわって欲しくない。

戦場ヶ原のことも神原のことも、あるいは八九寺のことだって、羽川は知らなくていい――こ

れまでも、これからも。

そう思う。

こいつは、いい奴なのだから。

すべ

じんじょう

きたしらへび

み ? ? ? ? ? ? ? ? ?

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「でもね、阿良々木くん」

とはいえ、この場合、そんな心配は杞憂だった。

「私が言っているのは、そういうことじゃなくて。神原さんのこと、大変だったねって」

「…………」

むしろ。

僕は僕の心配をした方がよさそうだった。

「か?ん?ば?る?さ?ん?の?こ?と。大変だったねって、言ってるんだよ」

一言一句、区切って言われた。

にっこり笑っている。

その笑顔が、逆に怖い……。

「あ、ああ……そうだな、突然体調崩すからさ、なんだったのかと思ったけど……でも、大事

なくてよかったよ」

「そういうことじゃ、なく」

真面目な口調で、羽川。

いや、ほとんどの場合、こいつの口調は真面目なのだが、今回は特に真面目だ。

「阿良々木くん、彼女の後輩と仲良し過ぎるのって、問題ない? そりゃ、戦場ヶ原さんと神

原さんの仲を取り持ったのは阿良々木くんなんだから、ある程度仲良しなのは、いいと思うん

だけど。腕を組むのはまずいでしょ」

「しょうがねえだろ。人懐っこい奴なんだよ」

「そんな言葉が言い訳になると思う?」

「それは……」

ならないよなあ。

どう考えても。

「まあ、阿良々木くんにとっては、後輩って初めてだろうから、わからなくもないけどね。中

学生のときも帰宅部だったんでしょ? 可愛い後輩って、嬉しいもんね。それとも、単純に神

原さんのおっぱいの感覚が気持ちよかったのかな? 阿良々木くん、いやらしい」

「ぐっ……」

微妙に反論できない。

違うのだが、違うと言っても、如何せん嘘くさい。

「神原さんも、部活を引退することになっていくらか不安定なんだと思うけど、それは阿良々

木くんが、びしっとこう、けじめをつける

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