第15章

とびっくりしちゃうんじゃ

ないかと思うから」

「ああ……だろうな」

「タイミングを見て、切り出すつもり」

「そうか……どんなタイミングで切り出しても、びっくりするどころの騒ぎじゃ済まないと思

うが……」

間違いなく、上を下への大騒ぎだろう。

進学校のトップが、自分の進路にそんな選択をしたなんて前例が残れば、学校の伝統にかか

わりかねない。将来を嘱望されているにも程がある羽川のことなのだ。無論、そんなこと、本

人だって十分過ぎるほどわかっているだろうけれど……。

「お願いね。その代わり、私も、今回のところは、神原さんとのことは、戦場ヶ原さんには秘

密にしておいてあげるから」

「別に僕は後ろ暗いところがあるわけじゃないんだけどな……」

「私も後ろ暗いわけじゃないよ。でもさ」

「うん。まあ、わかるよ」

そな

しょくぼう

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ふうむ。

ひょっとして、忍野の――影響なのだろうか。

あの根無し草のことを、羽川は、至極真面目に尊敬しているところがある。少なくともその

影響力は、無視できないだろう。もしもそうなのだとすれば、忍野の罪は重いような気がする

……あいつ、本当に迷惑な野郎だ。

そうか……そうなのか。僕はてっきり、羽川は、高校を卒業したあとも、何かの委員長であ

り続けるのだろうと、それが神に選ばれた委員長の宿命だと思っていたのだが、一人旅に出て

しまうのでは、委員長も何もあったものではない。

なんだか、ため息をつきたい気分だった。

うまくいかないもんだな。

落ちこぼれの僕が今更大学を目指す決意をし。

優等生の羽川翼は、自らアウトサイダーを志す。

神原駿河はバスケットボール部を早期引退。

八九寺真宵だって、もう元には戻れない。

戻れるのは――

戦場ヶ原ひたぎだけなのだ。

「……、痛っ」

と。

そこで唐突に、羽川は右手を、今度は自分の頭部に添えた。

支えるように。

「? どうした?」

「いや、ちょっと――頭痛が」

「頭痛?」

昨日、神原が神社でいきなり体調を崩したことを思い出し、僕はやにわ、焦燥にかられる。

が、羽川はすぐに顔を起こして、「ああ、大丈夫大丈夫」と言った。

「ちょっと前から、たまにあるんだ。急に頭が痛むの」

「おいおい……大丈夫じゃねえだろ、それ」

「うーん。でも、すぐ治っちゃうし。原因はわからないんだけど……最近、文化祭の準備にか

まけて、勉強サボってるからかな」

「お前は勉強をサボると頭が痛くなるのか?」

どんな体質だ。

孫悟空のリングでもつけられてるのか。

しごく

こころざ

まよい

くず しょうそう

そんごくう

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真面目が堂に入っている。

骨髄に入っているのかもしれない。

「何なら家まで送ろうか?」

「いや、いい。家は――」

「ああ……そうだったな」

失態。

余計なことを言った。

「でも、ちょっとごめん。先に帰るね。阿良々木くんは、もう少し、参考書、選んどきなよ。

私のお勧めはその辺だけど、結局はそういうのって、個々人の好みがあるからさ」

「ああ。じゃあ――」

「うん」

そう言って。

羽川は、逃げるように、本屋さんから出て行った。

それでも、その辺までは見送って行くべきだったのかもしれないが――あれはあれで結構意

固地というか、他人に弱いところを見せるのをよしとはしないところがあるからな。本人が大

丈夫と言っている内は、あまり構うべきではないだろう。

けれど。

頭痛、か……。

ちょっと気になるな。

羽川の場合、頭痛というのは……。

「………………」

羽川は――戦場ヶ原の蟹のことも八九寺の蝸牛のことも神原の猿のことも、そして自分の猫

のことも、今となっては知らないけれど――

でも、僕の鬼のことは、知っている。

だからどうというわけでもない。

けれど、僕にとって羽川が恩人であるという事実は、揺らぎようもない。それは単純に、怪

異のことだけではなく――あいつの言葉で、いちいち僕がどれだけ救われていることか。

今日だってそうだ。

だから、なんとかあいつの力になりたいと、僕は願っているのだけれど……。

はあ。

構いたいなあ。

「……一応、他のコーナーも見ておくか」

こつずい

こじ

かたつむり

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羽川の忠告に従って、僕は参考書のチェックを続けたが、やはり慣れないことは慣れないこ

と、どの参考書も同じようにしか見えず、とりあえずは羽川に言われたものだけを買うことに

し(結局、最終的には六冊になった。一応僕も時間をかけてゆっくりと計算してみたが、本当

にぴったり一万円だった。すげえ)、僕は参考書コーナーを離れる。予算きっちりなのでこれ

以上何を買うこともできないが、まあ、本は眺めるだけなら無料なのがいいところだ。多量の

参考書を抱えたまま漫画の新刊をチェックするというのも馬鹿みたいだが、しかし、参考書を

抱えているとそれだけで頭がよくなった気がするので、そういう時間を過ごすのも悪くない…

…というか、この考え方が既に馬鹿な気もする……。

「……ん?」

とりあえず、移動しかけて――僕はそこで硬直してしまった。ありえないものを目にして、

思わず、硬直してしまった。危うく、抱えていた参考書を取り落としてしまうところだった。

いや。

ありえないというほどじゃない。

同じ町内に住んでいる人間同士が、その町で一番大きな本屋で遭遇する可能性は、決して低

くはないだろう――少なくとも、一見ではそこに道があることもわからないような、寂れた神

社に続く階段で、たまたますれ違う可能性よりは、ずっと高いはずである。

それだって、確率としてはゼロじゃない。

だから――それが二日連続で起こっても。

不思議じゃ、ない。

「……千石」

参考書コーナーのすぐそばの、呪術?オカルトコーナーで、分厚い本を立ち読みしていたの

は、千石撫子――妹の昔の友達、千石撫子だった。

一心不

乱に本を読んでいるようで――向こうは僕には気付いていない。さすがに正面には回

れないので、僕の方からも、横顔が窺える程度なのだが……それでも、面影が窺える。小学生

の頃、僕の家に遊びに来ていた……というか、遊びに連れて来られていた、千石だ。千石撫子

と、変わった名前だったから、フルネームで憶えている。特に『撫子』だ。お前その漢字は

『なでしこ』だろう、なんで一文字足りないんだと、小学生ながらに疑問を感じていたもの

だったが……。

下の妹と同じということは。

今――中学二年生か。

私服だからわからないが、恐らくは公立の、僕が卒業した中学校に通っているのだと思う。

僕の妹達のように、この地方で私立の中学校を選択する子供はほとんどいない。

そうぐう

じゅじゅつ

うかが

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「………………」

僕は千石を思い出したけれど。

あの子は、僕のことを、覚えているのだろうか? 昨日すれ違ったとき、彼女は驚いたよう

な顔をしたけれど――あれは単に、あんな山の中に、自分以外にも下から登ってくる者がいた

ことに驚

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