第17章

症。

「わかった。阿良々木先輩の仰せの通りに」

「じゃ、よろしく」

そう言って僕は電話を切り、本屋さんの裏手、駐輪場に行って、自転車の錠を外す。千石が

店を出てから十分以上経過している……あいつの交通手段は知らないが、昨日は、階段の入り

口辺りにそれらしき自転車が停められていなかったことからして、徒歩だったようだ……ま

あ、いずれにせよ、あの神社が目的地なのだとすれば、距離的にはもう追いつけまい。

そう言えば、神原の奴、本当に、呼び出された理由を聞かなかったな……。

恐ろしい忠誠心だ。

勿論、神原にとっては、戦場ヶ原の方が命令系統としては上位なのだろうが、あんなステー

タスの高い人間がこうも甲斐甲斐しく自分に尽くしてくれるというのは、正直、嬉しいという

よりはちょっと怖いよな……。

でも、イメージを崩すのは無理みたいだし、こうなるとあいつの前では理想の先輩を演じた

あかぬ

めいよ

ころも

じょう

かいがい

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くなるというか、その過大な期待を裏切りたくないと思ってしまう。

まあ――悪いことではないのだろうが。

「戦場ヶ原は、どうだったんだろうな」

中学時代――それこそ、ヴァルハラコンビは蜜月だったはずだけど、その頃の二人は、一体

どんな感じだったのだろう。

そんなことを思っている内に、目的地に到着した。

名も知らぬ山の、神社への入り口。

さすがに自転車、速い。

と思ったのだが、神原はもうそこにいた。

「………………」

こいつの足には車輪でもついているのか?

俊足駿足にも程がある……ちょっとした原チャリくらいだったら、この後輩は余裕で追い抜

き、ぶっちぎれるような気がする。恐らく、人類がみんなこいつと同じスピードで走れるのな

ら、自動車は発明されなかったのではないだろうか。どうだろう、電話からすぐに準備したと

して……しかし、ちゃんと言われた通りに、長袖長ズボン(しかも昨日から学習しての、破れ

ていないズボンに、へそのみえないシャツだ)に着替えてるし……。

「いやいや阿良々木先輩、着替えにそんなに手間はかからなかったのだ。私は夏場、家ではい

つも下着姿だからな」

「神原……、純粋にお前のことが心配だから言うんだが、僕の煩悩をこれ以上刺激したら、い

い加減お前の貞操の保証はできないぞ……?」

「覚悟はできている」

「こっちにゃ覚悟がねえんだよ!」

「私は阿良々木先輩の理性を信じているのだ」

「僕はそこまで自分を信用できない!」

「なんだ、それは意外だな、阿良々木先輩にとって部屋着が下着姿というのは、そこまでの萌

え要素なのか?」

「たとえお前が猫耳メイドだったとしても、僕はお前に萌えることはないな!」

「なるほど。ということは、裏を返せば阿良々木先輩は、私でさえなければ猫耳メイドに萌え

るということだな」

「しまった、引っ掛け問題だったのかっ!」

とりあえず、自転車を停める僕。

まあ、違法駐車には罪悪感があるが、少しの間だけだから勘弁してもらおう。撤去されてし

みつげつ

やぶ

ぼんのう

かんべん てっきょ

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まえば、もうそのときはそのときと諦めるしかない。背に腹は代えられない、だ。

「けど、それを差し引いてもお前、本当に足速いよな……普通に頑張ってりゃ、オリンピック

とか出られるんじゃねえの?」

「オリンピックは足が速いだけでは出られないからな……それに、そもそも私は陸上競技は、

向いていない」

「そうだっけか」

戦場ヶ原は中学時代、陸上部だった。バスケットボール部のエースが健脚だと聞いて、戦

場ヶ原の方から神原に会いに行ったのが、二人の馴れ初め――だとか。

「しかし、僕に言わせりゃ、お前の足の速さは人類の枠に収まらないと思うんだよな」

「ふむ。人類の枠に収まらないとなると……なんだろう、私は両生類なのだろうか?」

「両生類に足の速い印象なんかねえよ!」

「まあ、ないな」

「ていうか、神原、自分を両生類にたとえてお前に何か得があるのか?」

「損得の問題ではない。阿良々木先輩がそう呼んでくださるのなら、私は喜んで両生類を名乗

ろう」

「いや、喜んでって……」

「阿良々木先輩、さあ、早く、私のことを『この卑しいペットが!』と呼んでくれ」

「同じくらい大事な突っ込みどころが二つあって長台詞になるから、最後まで噛まずに突っ込

むことが難しそうなので普通なら普通にスルーするところだけど、しかし神原、僕はお前のこ

とが大好きだからちゃんと突っ込んでやる! 第一に僕は両生類をペットに飼ったりしない

し、第二にそれはもう違う種類の喜びだ!」

ちなみに僕がイメージしたのはチーターとかだ。

まあ、それにもペットのイメージはないが。

あーもう、大好きだって僕からも告っちゃったよ。

やりい、両思いだ。

「そんなつれないことを言わず、阿良々木先輩、お願いだ。『この卑しいペットが!』と言っ

てくれ。試しに一回だけでいいんだ。そうすればきっとわかってくれるはずなんだ」

「なんでそんな必死よ!?」

「ううむ……、どうして誰もわかってくれないんだろう……戦場ヶ原先輩にも嫌だと言われて

しまったし……」

「さすがのあいつでも嫌なんだ!」

ていうか。

けんきゃく

な そ

いや

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そりゃまあ嫌だろ。

言うだけならまだしも、それで喜ぶんだもん。

「で、阿良々木先輩。私は何をすればいい?」

「ああ、そうだったな。楽しい雑談に興じている場合じゃなかった」

「脱げばいいのか?」

「だからなんでお前はそんな脱ぎたがりなんだよ!」

「無論、脱がせてくれても構わないが」

「受動態か能動態かの話をしてんじゃねえ! お前は僕の中学一年生の頃の妄想が具現化した

姿なのか!?」

「私は明るいエロを追求する者だ」

「お前の主義主張なんかどうでもいいよ……」

「ではこう言い換えよう。私は明るいエロスを追求する妖精だ」

「なんてことだ! エロをエロス、者を妖精と言い換えただけで、なんだか崇高なことを言わ

れているような気が……してこない!」

男相手でもセクハラは成立するということを、この女に教えてやるにはどうすればいいのだ

ろう。ちょっとした課題だった。

「では、何をすればいい。遠慮せずにはっきり言ってくれ。私は無骨な人間だからな、腹芸が

通じないのだ。遠回しに言われても、まろどっこしい……まろどっこ……まろどっこ……」

「まどろっこしいなあ、おい!」

「申し訳ない。しろどもろどになってしまった」

「確かにしどろもどろだが!」

「で、なんだ」

「いや――だから、多分、この上に」

僕は階段を指さす。

「僕の昔の知り合いがいるんだが」

「うん?」

「昨日、この階段を昇る途中ですれ違った女の子、憶えてるか?」

「うん。ちっちゃくて可愛らしい女の子だった」

「その憶え方はどうかと思うが……」

「阿良々木先輩風に言うなら、腰の形がプリティーな女の子だった」

「僕がプリティーなんて言葉を使うか!」

まあいいか。

きょう

すうこう

ぶこつ

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