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百合だし。
憶えてないよりは、話の通りがいい。
「あいつ、どっかで見たことあると思ってたんだけどさ……実は後から思い出したんだよ。そ
れでも昨日は確信を持ててなかったんだけど、今日、さっき本屋で見かけて、はっきりした。
下の妹の旧友みたいなんだ」
「なんと」
その言葉に、面食らった素振りの神原。
「それは、偶然だな……驚いた」
「ああ。僕もびっくりしたよ」
「ああ。こんなに驚いたのは、今朝起きたら目覚まし時計が止まっていたとき以来だ」
「えらく最近だな! しかも大したことねえよ、その驚き! 普通過ぎるだろ!」
「ふむ。では、訂正しよう。えーっと、こんなに驚いたのは、カンブリア大爆発以来だ」
「今度は昔過ぎるし、そこまですごくはねえよ! 小さな町で旧知の人間と再会した程度の偶
然に対して、地球史上もっとも偉大な事件を引き合いに出すな! よく考えてみたらあんまり
驚くようなことじゃなかったみたいな気分になっちゃったじゃないか!」
「阿良々木先輩の要求はどうにも高いな。で――その子が、今日もここの神社に来ている
と?」
「そういうことだ。多分な」
その反応から見る限り、神速の神原も、さすがに千石より先にここに到着していたわけでは
ないようだった。まあ――千石が本屋を出てからここに来たはずだというのは、ある程度の確
信があるとは言え究極的には僕の勝手な予測だし、いなければいないで、それが一番いいのだ
が。
だが――本屋さんで、千石が読んでいた本。
それが問題だった。
「読んでいた本……?」
「うん。まあ、それは後で話すよ。ともかく、お前に頼みって言うのは――その、昔の知り合
いとは言え、声、掛けづらくてな。つーか、向こうは僕のことなんか覚えてないだろうから、
変なナンパみたいになっちまいそうだし――思春期入りたての女の子の防衛本能って、割と怖
いし」
「経験がありそうな物言いだな」
「まあ、なくはない」
誰にでも優しいと、色んな人からあちこちで言われる僕ではあるが、無論、その代償とし
そぶ
だいしょう
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て、痛い目を見ることだってあるというわけだ。まあ、別にそれで損をしたとは思ってないけ
れど、それで助けられるはずの相手を助けられなくなっても、あんまり面白くない。
「そこへ行くと、神原、お前は年下の女の子に強そうだからな。何せ学校一のスターなんだか
ら」
「今はもう違うし、昔も別にそうだったとは思わないが、なるほど。阿良々木先輩の言いたい
ことはわかった。阿良々木先輩の慧眼には恐れ入る、確かに私は、年下の女の子には強いぞ」
「だろうな。お前を呼んで正解だったよ」
それこそ羽川じゃないが、面倒見よさそうだし。
中学高校と、連続でキャプテンを務めていた女だ。
そういうところは、今の戦場ヶ原とは真逆だな……いや、中学時代の戦場ヶ原を継いでい
る、と言うべきなのかもしれない。
「具体的に言うと、年下の女の子ならば、誰であれ十秒以内に口説ける自信がある」
「お前を呼んだのは人生最大の間違いだった!」
そこまでの強さはいらねえ!
少女の人生を狂わせる気はねえんだよ!
「まさかバスケットボール部って、お前にとってただのハーレムだったんじゃないだろうな…
…」
「そこまでは言わない」
「どこまで言うつもりだよ!」
「『ただの』が抜ける」
「大して変わらねえ!」
「ん? 下の妹の昔の友達、か……ということは、阿良々木先輩には妹がいるということだな
……しかも、最低二人以上」
「…………っ!」
まずい!
百合の娘に僕の妹の情報が伝わった!
「ふふふ……そうか、阿良々木先輩の妹か……ふ、ふふ、ふふふ。どうなのだろう、阿良々木
先輩に似ているのかなあ――」
「変なこと考えんなよ、お前……って、おいなんだ、その見たこともねえ嫌な笑顔! それが
滅私奉公が売りのお前がその対象である僕に向けて浮かべる笑顔か!」
ちなみに。
割と似ている、二人とも。
けいがん
くど
めっしぼうこう
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「いやだなあ、勿論、阿良々木先輩の妹に手を出したりはしないぞ。たとえ誰の妹であろうと
も、年下の女の子の一人や二人、口説くことなど私にとっては呼吸するよりも容易いが、阿
良々木先輩が私に親しく接してくれている限りは、そんなことをする理由がない」
「てめえ、暗に脅しを……っ」
「脅し? おやおや、これは人聞きの悪いことを言われてしまったな。敬愛する阿良々木先輩
からそんなショックなことを言われてしまっては、気の弱い私は動転してしまって、何をする
か自分でもわからないぞ。なあ阿良々木先輩、阿良々木先輩はもっと他に、私に対して言うべ
き台詞というものがあるのではないかな?」
「く、くお……」
受けている……。
この後輩は確実に、『今』の戦場ヶ原からの影響を受け始めている……!
まさしく悪影響だった。
「はあ、走ってきたから少し胸が凝った。誰か揉んでくれる人はいないだろうか」
「その取引で僕がどんな損をするんだっ!?」
「冗談はともかく」
神原は真剣な口調になって、言った。
「阿良々木先輩がそういう以上、勿論手伝うにやぶさかではないが――阿良々木先輩は、当
然、昨日のあれを、含んでいるのだろう?」
「まあ――そうだ」
「じゃあ――そういうことなんだな」
「……うん」
「やれやれ」
神原は、仕方なさそうに、肩を竦めた。包帯の左腕で頭をかきかけ――やめて、右手で、そ
の動作をする。
「阿良々木先輩は誰にでも優しい――という戦場ヶ原先輩の言葉は、どうやら本当らしいな。
まあ、それ自体は私もストーキングの最中に、散々思い知ったことではあるのだが――こうし
て目の当たりにすると、印象が違う」
「神原……」
「恩を感じるのがむなしくなる――と戦場ヶ原先輩は言っていた」
「…………」
「いいのだ。独り言だ。いや、失言だった。では行こう、阿良々木先輩。早くしないと、彼女
が用事を済ませてしまうかもしれない」
たやす
こ も
? ? ? ? ?
? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?
すく
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用事。
廃れた神社に、用事。
「ああ……そうだな」
僕らは、昨日も昇ったその階段に、並んで一歩を踏み出した。
今日は――神原は、手を繋いでは来なかった。
「なあ、神原」
「なんだ」
「お前、進路とか、考えてる?」
「進路……左腕がこうなる前は、スポーツ推薦で大学に行こうと思っていたのだが、それは今
となってはもう無理だからな。真っ当に受験で、進学するつもりだ」
「そうか」
左腕が治るにしても、それは二十歳までに、という話だ。現在十七歳の神原にとって、その
三年は、あまりに長く、あまりに重いものだろう。
「具体的にどこの大学と決めているわけではないのだが、バスケットボールが強い大学がいい
な――となると、やっぱり体育大学か」
「戦場ヶ原と同じ大学とか、考えないのか?」
「なんだ。阿良々木先輩はそうなのか?」
「実はな」
戦場ヶ原には秘密