第19章

にしとけよ、と僕。

うん、と神原は頷いた。

素直な分には可愛い後輩だった。悔しいが、ここのところは、確かに羽川の言う通りだった

……可愛い後輩は、それだけで嬉しい。

「お前の学力なら、戦場ヶ原の後を追うことも可能――なんだろ?」

「それはどうだろう。私は努力型だからな、今の偏差値を維持するので精一杯というところは

あるのだ」

「そうだったな。でも――」

「それに」

神原は続けて言った。

「戦場ヶ原先輩の足跡を追い回してばかりいても、仕方あるまい」

「…………」

それは――どういう心境の変化なのだろう。

神原らしからぬ発言……いや、これに関しては、僕の見込みが甘かった、神原のことを見損

みそこ

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なっていたということなのだろうか。でも、先月、会ったばかりの頃の神原は、そのもの、戦

場ヶ原ひたぎの足跡を追いかけることだけに専念する女だったはずなのに――

何か、変わったのだろうか。

怪異を通して。

怪異――それは、悪いばかりではない。

そもそも、いい悪いの問題ではないのだ。

「まあ、そうは言っても、どんな進路を選ぶにせよ、戦場ヶ原先輩や阿良々木先輩とは、卒業

後も関係を続けたいものだな。できればお二人とは、こう、三人で集合して、記念写真を撮る

ような最終回を迎えたいものだ」

「最終回って……」

「あるいは、夕暮れの空を見上げて、そこに映るお二人の姿を眺めるような最終回……」

「僕と戦場ヶ原、死んでるじゃん!」

嫌な最終回だった。

というか、ただの嫌な話だ。

「僕のクラスに、羽川って奴がいるんだけど」

「ふむ」

「知ってるか?」

「いや――存じ上げていない」

「まあ、学年が違うしな……けど、三年じゃ有名な奴なんだぜ。何せ、成績、学年トップだか

らな。一年生のときから一度もその席を譲ったことがない、絵に描いたような優等生だ。キャ

ラ的にはもうギャグだろ、そんな奴。この間教えてもらったんだが、トップと言うなら、学校

どころか、全国模試でもトップを取ったことがあるらしい。確か、お前と戦場ヶ原と、同じ中

学出身のはずだぜ」

「そうなのか。すごい人がいるものだな……」

「でも、そのすごい人は、大学にはいかないそうだ」

「……そうなのか」

「色々見たいものがあるからって、旅に出るんだとさ。別に、それがどうってわけじゃないん

だけど、なんか、色々考えさせられちゃって……ああ、これも一応、秘密な。学校に知れたら

大変なことになるから」

「心得た……しかし、確かに考えさせられる話ではあるな。直江津高校は、その性格上、進学

以外にほとんど選択肢はないと言ってもいいのに――あっさりと、道なき道を選ぶとは」

「あっさりと――かどうかは知らないけどな。でも、迷いはないみたいだった」

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一度通って、知っている道だったからだろう。昨日よりも早く、僕と神原は、階段を昇りき

り、神社へと辿り着いた。

当たり前だが、昨日のまま、荒れ果てた神社だ。

遠目に――本殿に貼られたお札が見える。土曜日に忍に血を飲ませたところだから、視力が

上昇しているので、朱筆で書かれたお札の文字まで、はっきりと見える。

あれだけが、昨日との違いだ。

「………………」

ふと見れば――神原の顔色が、悪い。さっきまでそうでもなかったのに――普通に会話して

いたのに、明らかに疲れているようだ。

それも、昨日と同じ。

いや、昨日よりも――酷い。

これは――階段を昇った所為じゃない。

体調を崩したのでもない。

境内に人った途端――鳥居をくぐった途端、だ。

「……おい、神原」

「大丈夫だ。それより――急ごう」

神原は、しかし、気丈に、そんな風に、歩みを止めずに前に進むよう、僕を促した。明らか

に無理しているのが見て取れる。何か言おうとしたが、結局、僕は神原のその言葉に従う。素

早く用事を済ませる方が、この場合は先決だろう。

この神社には。

何かがある。

神原の身体に異変を来たすような何かが。

元々は――忍野の仕事だった。

楽な仕事など――忍野の頼みに、あるわけがない。

「……千石っ!」

僕は、境内の隅の方に、長袖長ズボン、深い帽子にウエストポーチの、大きな石の前でかが

みこんでいる彼女の姿を見つけるや否や――思わず、そう、大声で呼びかけてしまった。これ

では神原に、わざわざ来てもらった意味がない。

しかし、怒鳴らずにはいられなかった。

千石の左手には、頭を摘まれた蛇。

千石の右手には、彫刻刀。

石に押しつけられるようにして――

? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?

うなが

? ? ? ? ? ?

? ? ? ? ?

つま

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蛇は、まだ生きている。

けれど――今にも殺されそうだった。

「やめろ、千石っ!」

「あ……」

千石は――僕を見た。

目深にかぶった帽子の庇を、彫刻刀の先であげて。

千石撫子は――ゆっくりと、僕を見た。

「暦お兄ちゃん……」

お前は。

お前はまだ、僕のことを、そんな風に呼んでくれるのか――

とか。

正義の道を歩みながらたった一つの判断ミスから果てない外道へと身を落とし、聞くも涙、

語るも涙の艱難辛苦を経験した末に闇の組織の幹部となり、言うに耐えず見るに耐えない悪行

を繰り返していた最中に、かつて正義だった頃の同志が現れ、その同志から昔の名前を呼ばれ

たダークヒーローのように、僕はそう思った。

004

「蛇切縄」

忍野は――しばらく思案した末、やけに重苦しい口調で、なんだかとても嫌そうに、そう切

り出した。軽い、ともすれば皮肉げとも取れる言葉遣いで話すことの多い忍野からすれば、そ

れはあまりない口調ではあった。

「それなら蛇切縄でまず間違いないだろう、阿良々木くん。断言できる、それ以外にはない。

蛇切、蛇縄、蛇きり縄、へびきり縄、へびなわ、そのものそのまんま、くちなわって言われる

こともあるけれど」

「くちなわ――つまり、蛇か」

「そう」

忍野は繰り返す。

「蛇だよ」

蛇。

まぶか ひさし

げどう

かんなんしんく

じゃぎりなわ

じゃきり じゃなわ ? ? ? ?

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爬虫綱有鱗目蛇亜目の爬虫類の総称。

円筒形の細長い身体と身体を覆う鱗が特徴。

脊椎骨が数百あり、身体を自由にうねらせる。

鬼、猫、蟹、蝸牛、猿ときて――次は蛇か。

鬼は例外として――蛇と言うのは、中でもあんまり印象がよくないな。いかにも不吉の象徴

という感じがある。おどろおどろしさが、猫や蟹や蝸牛や猿の、比ではない。

はっはー、と忍野は、そこでそれまでの重い口調を半ば強引に切り替えるように、いつもの

ように、エセ爽やかに笑ってみせた。

「いや――その印象は間違ってないよ、阿良々木くん。蛇は昔から、そういうものとして看做

されることが多い。蛇関係の怪異はやたらと多いしねえ。まあ、あいつら肉食だし、『寸にし

て人を呑む』とか言われるしね。その上、致死性の毒持ちがいるから……、仕方のないことで

はある

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