んだろうけど。毒蛇、日本じゃ、マムシとかヤマカガシとかハブとかね。もっとも、逆
向きに、蛇を聖なるものと看做す、蛇神信仰ってのも少なからずあるわけで――それは世界中
のほとんどの地域で共通している。聖と邪を併せ持つ象徴――それが蛇さ」
「あの神社も――蛇神信仰だったんだよな」
「うん? あれ、秘密にしておいたのにどうして知ってるんだい? ああ、なるほど、委員長
ちゃんに聞いたのか」
「……よくわかったな」
「阿良々木くんの周りでそれを知ってそうなのは、委員長ちゃんくらいだからね――はっ
はー、こんなことならお札の仕事も委員長ちゃんに頼んだ方がよかったかな? 阿良々木くん
は歩けば厄介ごとを引っ張ってくるんだもんなあ。そこへいくと委員長ちゃんはしっかりして
そうだ」
「あいつは――もう、支払い終えてるだろ」
「だっけね」
忍野はとぼけるように言う。
相変わらずの反応だ。
「そうは言っても、僕なんかにゃ、蛇っつったら邪悪なイメージしかないけどな。蛇神信仰と
言われてもいまいちぴんと来ない。邪悪じゃないイメージは、せいぜいツチノコくらいだ」
「ツチノコか。懐かしいなあ。懸賞金欲しさに、僕、頑張ってあいつを探したことがあるんだ
よ。見つからなかったけどね」
「それって専門家としてどうなんだろうな……。しかも見つからなかったんだ……。あと、そ
うだ、あれは怪異じゃないのかな? ウロボロスって奴。自分の尻尾食って、輪になってる…
はちゅうこうゆうりんもくへびあもく
うろこ
せきついこつ
ふきつ
? ? ? ? ? ?
の
やっかい
けんしょうきん
しっぽ
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…」
「ああ、あれね。自分の尻尾ってわけじゃないけど、それを言うなら阿良々木くん、蛇を食べ
る蛇ってのもいるんだよ? キングコブラだったかな。蛇が蛇を呑む図って、写真で見ると、
かなり壮絶なんだよね」
「ふうん……まあ、僕に言わせれば、蛇ってのは理屈じゃなく、生理的に怖い動物だよ。見た
だけで、まず身がすくんじまう」
「まあ、あんな形の陸上生物は珍しいからねえ。魚が陸で泳いでるようなもんだ、特殊といえ
ば特殊だし、異様な目で見られてしまうのは仕方がないだろうな。海鼠を初めて食べた人間は
偉い――なんて、そんな感じだね。はっはー。その上、蛇って、異常に生命力が強いんだよ。
なかなか死なない。殺しても殺しても――ね。蛇の生殺しなんて言葉があるけど、あれは逆説
的に、蛇の持つヒットポイントの高さを表わしているよね。あの大きさの生命としては、明ら
かにカウンターストップしているだろうな。ただ、蛇が人間にとって害獣ってわけでもない
ぜ。マムシ酒とかハブ酒とか、阿良々木くんも聞いたことはあるだろう」
「飲んだことはねえよ」
「じゃあ、食べたことは? 僕は沖縄で、ハブ酒と一緒に海蛇料理を食べたことがあるぜ。蛇
は長寿の食材なんだよね」
「蛇を食べるなんて、あんまり考えられないな……確かに、海鼠ほどじゃねえけどさ」
「了見が狭いねえ。というか、根性がないな。蛇くらいで音を上げるなんてさ。大陸の方じゃ
わんわんを食べる地域だってあるんだぜ?」
「その食文化自体を否定するつもりは毛頭ないが、食材として扱うときにわんわんって言う
な!」
相変わらずのやり取り。
なのだが。
しかし――それでも、忍野のその表情は、どことなく暗い――ような気がする。それは、僕
の気のせいかもしれないけれど。
学習塾跡の廃ビル。
その四階。
僕は火のついていない煙草をくわえた変人、もとい恩人、軽薄なアロハ野郎こと、忍野メメ
と――向かい合っていた。
一人、である。
神原駿河と千石撫子には、待機してもらっている。どこで待機してもらっているかと言えば
――阿良々木家の、僕の部屋でだ。中学入学と同時に与えられた、僕の部屋。両親はともかく
そうぜつ
なまこ
えら
せま
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として、二人の妹は勝手に部屋に這入ってくることがあるが、鍵をかけていれば、数時間程度
なら、大丈夫なはずだ。……本当は、ああいう性格で、しかも百合でもある神原駿河を、千石
や妹達と同じ屋根の下に、監視なしで放置することについて、若干の危機感を覚えないでもな
いのだが、そこはそれ、僕は後輩を信じることにする。
それに。
なにより僕には、神原や千石を――ここに連れてきたくない理由があった。ここに連れてき
て、忍野に会わせたくない理由が――
あれから。
僕と神原は千石を連れて――僕の家に向かった。自転車の後部座席に、千石を乗せて。神原
は、まるで平然と、伴走だった。案の定というか、山を降りれば、神原の体調は元に戻ったの
だった。昨日の、昼ご飯を食べたら体調が治った云々は、どうやら僕の誤解だったらしい。
幸い、家は無人だった。
妹達は二人とも、お出かけらしい(帰宅した形跡はあった)。あの二人の眼を欺くのが家に
這入るに当たって一番の厄介ごとだったにもかかわらず全くの無為無策、行き当たりばったり
の帰宅だったので、素直に助かったという感じである。特に下の妹の方……小学生の頃の友達
を憶えているかどうかはともかくとして、少なくとも見れば確実に思い出すだろう。自分の昔
の友達を、自分の兄が連れて帰ってきたりしたら、一体何があったのかと思うはずだ。
そのまま、僕の部屋に這入る。
「暦お兄ちゃん……」
千石が、消え入るような声で言った。
俯いたまま、聞こえるか聞こえないかの声だ。
「部屋……変わったんだね」
「ああ。一人部屋になった。妹達は二人とも、前と同じ部屋だよ。……しばらくしたら帰って
くると思うけれど、会っていくか?」
ううん、と力なく首を振る千石。
声も小さいし――リアクションも小さい。
心なし、体つきも小さく見える。
六年分、ちゃんと成長しているはずなのに――昔、一緒に遊んでいた頃より、ずっと小さく
なっているようにも見える。それはあくまでも相対的な話で、僕もまた、六年分成長している
からなのかもしれないが――
なんとなく――沈黙してしまう。
すると、
はい
じゃっかん
あざむ
むいむさく
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「ふむ。ここが阿良々木先輩の部屋か」
と、そんな、なんとなく気まずく沈みそうだった空気を打ち破るかのように、神原がその張
りのある声で、部屋をぐるりと見渡した。
「思ったよりも整頓されているのだな」
「まあ、お前の部屋に較べればな……」
「ふふふ。男の子の部屋に這入るのは初めてだ」
「あ……」
言われて、気付いた。
そう言えば、僕の方も、家族以外の女が部屋に這入るのは、これが初めてだった。戦場ヶ原
も、まだ家に来たことはないのだ。女の子を部屋に招くと言うのは年頃の男の子としてはとり
あえずどぎまぎする通過儀礼なのだろうが、しかし彼女よりも先に、彼女の後輩が部屋に這
入ってしまった……いいんだろうか。デートに続いてまたしてもという感じだが……いいか、
まあ、妹の昔の友達も、一緒なわけだし――非常事態だし。
あの神社で、千石が言ったのだ。
小さな声で。