『理由を言うから――どこか、人目につかない屋内に連れて行って欲しい』、と。
理由。
何の理由?
蛇を――殺した理由。
切り刻んだ、理由。
まず最初に思い浮かんだのは神原の家だったが、神原がそれを言い出す前に、その案は僕が
心の中で勝手に却下した。何故なら、先述の通り、神原の部屋は、無法地帯、いやさ戦闘地域
と言っていいほどの散らかり具合だからである。あんな部屋を、純真無垢な中学生に見せるわ
けにはいかない。となると、必然的に、僕の家を選択するしかなかった。全く知らない場所で
は千石も不安だろうし、そこへ行くと僕の家なら、彼女も昔、何度となく遊びに来た場所であ
る。
「さて、それではエロ本でも探すか」
「それは男友達が男友達の部屋に遊びに来たときに発生するイベントだろうが! いいからお
前はその辺に座ってろ!」
「しかし阿良々木先輩の好みを把握しておくことは、私にとって無益だとは思わない」
「僕にとっては無益どころか有害だ!」
「そう、つまり有害図書を……」
しず
せいとん
むく
はあく
72
試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
「お前が生きた有害図書だ! そこに座るか窓から飛び降りるか、二つに一つだ神原!」
「なんてな、勿論冗談だ、阿良々木先輩。阿良々木先輩の好みなど、以前阿良々木先輩をス
トーキングしていた際に、きちんと洗ってある。ここ最近、阿良々木先輩がどんなエロ本を購
入したかは、完全につかんでいるのだ」
「何ぃ!? そんなまさか! あのとき店内には誰もいなかったはずだ! 僕はちゃんと確認し
たぞ!」
「なかなかマニアックな好みをお持ちで」
「選択肢は一つだ、窓から飛び降りろ!」
「それはあんなプレイを迫られれば、大抵の女の子は窓から飛び降りてでも逃げるだろう。ふ
ふ、しかし無論、私ならば余裕でこなせるような、造作もないプレイだがな」
「誇らしげだー!」
見れば。
千石が、くすくすと、声を潜ませて、笑っていた。
僕と神原とのやり取りが、受けたらしい。
ううん、気恥ずかしい。
ここまでの道中でもそうだったのだが、昔の知り合いというのは、どういう距離感で話して
いいのかわからないところがある。
それに――千石は、とにかく、物静かだ。
無口で、恥ずかしそうに、あまり喋らない。
ここのところ、忍に忍野に羽川に戦場ヶ原に八九寺に神原と、その傾向はどうあれ(忍→高
慢横柄、忍野→軽薄皮肉、羽川→説教指導、戦場ヶ原→暴言毒舌、八九寺→慇懃無礼、神原→
甘言褒舌)、とにかく立て板に水の雄弁多弁な奴とばっかり知り合っていたから、この無口な
キャラクターは、新鮮だった。まあ、子供の姿になった後の忍は、無口なんだけど……。
千石のこのもの静かさは、子供の頃と変わらないのだろうか。確かに、よく俯いている子
だったような気がするが――正直、そんな細かいところまで、はっきりとは憶えていない。
思い出せない。
内気で、言葉少なで、俯いて――
だが。
向こうの方は、僕を憶えていたようだ。
暦お兄ちゃん。
そうだ、千石撫子は昔――僕のことを、そんな風に、呼んでいたのだった。僕は彼女をなん
と呼んでいたか――それは、忘れてしまったけれど。考えてみるに、なでこちゃんか、それと
ぞうさ
ほこ
おうへい いんぎんぶれい
かんげんほうぜつ ゆうべん
73
試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
もなでしこちゃんか。いずれにしても、もうそんな風に呼ぶことは、できない。
千石は千石――だ。
「暦お兄ちゃん……それに、神原さん」
やがて、千石は言った。
あくまでも物静かに。
「少し……後ろを向いていてもらえますか」
「…………」
黙って、言われた通りにする。
千石に背を向け、壁に向かう。
まあ、掛け合いの都合で窓から飛び降りろとか言ったものの、やっぱり神原に来てもらって
よかったと、僕は胸を撫で下ろしていた。実際、神社で彼女に声をかけてから、硬直してし
まった千石を相手にどうしていいかわからなかった僕の横合いから、彼女の心を巧みに開いた
のは、ほとんど神原だったと言っていい。神原駿河の手柄だ。さすが、年下の女の子なら十秒
以内に口説けると公言するだけのことはあった。はっきり言って、あの状況、暦お兄ちゃんだ
けでは、どうにもならなかっただろう。あたふた戸惑うだけが関の山だった。振り返ってみれ
ば、硬直どころか――千石は、僕に声をかけられ、もうこの世のおしまいだという風に、がっ
くり肩を落として、放心してしまっていたのだ。あそこから引き戻すのは、ぼくの器量ではお
およそ不可能だっただろう。
「阿良々木先輩」
と、僕と同じように壁を向いていた神原が、潜めた声で、僕に向かって話しかけてきた。声
を潜めているのは千石に聞こえないようにという配慮だろうから、僕も同じくらいのトーン
で、
「なんだ」
と応じる。
「阿良々木先輩にとってはあまり歓迎できることではないかもしれないが、ここから私は、少
しテンションを上げていこうと思う」
「あん? なんだそりゃ」
「阿良々木先輩もお気付きだとは思うが――あの子、千石ちゃんは、かなり――精神的に不安
定になっているようだ。年上年下かかわらず、私はこれまで、ああいう子をたくさん見てき
た。あれは、重度だ。ちょっとしたショックで、いつ自傷に走ってもおかしくない」
「自傷……」
彫刻刀。
たく
とまど
? ? ? ?
74
試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
取り上げるのを――忘れていた。
彼女のウエストポーチに、入っている。三角刀から切り出し刀まで、ワンセット五本、全部
揃って――だ。
大袈裟なことを言っているとは思わない。
実際。
神原の対応が遅ければ、僕が千石に声をかけたあの時点で――そうなっていても、ちっとも
おかしくなかったと、そう思う。
それくらいは、僕にもわかる。
「阿良々木先輩は心優しい人だから、落ち込んでいる人間を前にはしゃぐなんて真似はとても
できないかもしれないが、相手と一緒になって落ち込んであげることは、この場合は逆効果
だ。マクスウェルの悪魔の話ではないが、こちらができるだけ明るく振舞って、千石ちゃんの
気持ちを引き上げてやる必要がある」
「……ふうん」
なるほど、さっきのエロ本関連の話も、その流れの一環だったのか。うむ、どうやら僕は神
原を過小評価していたようだ。あの場におけるあの発言は、ただの空気の読めない奴なのかと
疑ったが、それは僕の短絡的な判断だったらしい。神原駿河、思いの外色々と考えている奴
だ。
「わかった。そういうことなら、存分にやってくれ。僕も付き合おう」
「うん。テンションが上がり過ぎて阿良々木先輩に襲い掛かってしまう可能性もあるが、それ
もご寛恕願いたい」
「ご寛恕できるか! どんな方向にテンション上げてんだよ、お前は!」
小声で怒鳴るという荒業を成し遂げた僕だった。
「駄目だ、僕のテンションが下がってきた……ちょっとしたショックで、いつ自傷に走っても
おかしくない」
「そう捨て鉢になるな、阿良々木先輩。よく言うだろう。冬が来たら氷河期が来て、夜が来る
と暗黒の世紀が来る」
「よく言