第28章

一般的な形の――しかし、無地の、お守り。

交通安全とも子宝祈願とも、書かれていない。

無地。

「なんだよ――これ」

「それで祓えるよ。蛇切縄」

「…………」

「中にお札が入ってるんだ。護符って奴だね。阿良々木くんに貼ってきてもらった奴とは、別

の奴なんだけど……その袋に、意味はない。それは鞘だよ。ちょっと強力なお札なもんでね、

安全装置が必要なんだ。安全装置というか、リミッターかな。といっても、キョンシーみたい

にそのお札をお嬢ちゃんの額に貼ればいいってわけじゃないからね、誤解しないで。むしろ、

もはん

とうてき

きがん

さや

ひたい

94

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

その袋から、お札を絶対に取り出しちゃ駄目だよ。安全装置、リミッター。何が起こるかわか

らない。というわけで、正式な手順はこれから説明するから、頑張って憶えて帰ってくれ。僕

が直接出向いてもいいけど、そうしない方がいいだろう――信頼関係って意味じゃ、阿良々木

くんと百合っ子ちゃんが、もう築けてるみたいだし。十秒以内に口説けるっていうのも、誇大

広告じゃなさそうだよね。すごいなあ、羨ましいなあ。はっはー、それに、阿良々木くんは憶

えてなかったみたいだけど、お嬢ちゃんにしてみれば、阿良々木くんとの思い出は、結構綺麗

な思い出だったんじゃない? でないと、男の部屋でいきなり裸になったりはできないよね、

暦お兄ちゃん」

「…………」

正直、その辺はよくわからないのだけれど。

戦場ヶ原や神原、羽川や八九寺のように、のべつ幕なしによく喋ってくれる奴は、その言葉

からその内面を推測できなくはないのだが――その言葉が率直なものであるにせよ裏腹なもの

であるにせよだ――無口というのは、対応しにくい。シャイな性格。押しに弱く、すぐに俯い

てしまう――

でも、そんな千石が、男の子からの告白をはっきり断ったというのは、考えてみれば、なん

だか意外ではあるな。あの手の性格は、頼まれたら嫌とは言えず、なあなあでずるずると恋人

関係に巻き込まれていきそうなものだけれど……いや、返す返すも、ぼくが恋愛について語れ

ることなんて、何一つないのだが。

「お医者さんの前で裸になるのは恥ずかしくない、みたいなもんだと思うよ。それが信頼関

係って奴だ。ああ、そう言えば、へびつかい座のアスクレピウスは、医聖なんだっけね。これ

も暗示かな」

「けど、忍野……いいのか」

「いいのかって、何がだよ」

「こんな……簡単に、あっけなく、祓う方法教えちゃって。いつもお前、もっと勿体ぶるじゃ

ん。ごちゃごちゃと、細かいことっていうか、ひねくれたことを言って。心なし、博引旁証の

雑学コーナーも、今回は少なかったような気がするぞ。お前まさか、僕と貸し借りがなくなっ

たからって、適当にやってんじゃねえだろうな」

「あーもう、絡むねえ、阿良々木くん。雑学コーナーが多ければ多いで文句を言う癖に。全

く、ツンデレなのはツンデレちゃんじゃなくて阿良々木くんの方なんじゃないかという気がし

てきたぞ。もう本当に元気いいなあ、何かいいことでもあったのかい? 別に僕は意地悪でそ

んなことを言ってたわけじゃないよ。委員長ちゃんのときだってツンデレちゃんのときだって

迷子ちゃんのときだって百合っ子ちゃんのときだって、そして阿良々木くんのときは言うまで

もったい

はくいんぼうしょう

95

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

もなく、きみ達は全員、自分から怪異に首を突っ込んでいただろう?」

「あ……それは」

それは。

「言うなら、きみたちは全員、加害者側の人間だった。意図があろうがなかろうが、きみたち

は怪異と共犯関係にあったんだ。手を汚した人間が足を洗うには、それなりの手順が必要――

なんだよ。今回のケースは違うじゃないか。千石撫子は明らかに、ただの可哀想な被害者だ。

何も悪くない。蛇切縄をけしかけられる理由すらも薄弱だ。怪異にはそれに相応しい理由があ

る――しかしこの場合の理由は、お嬢ちゃんには全くないね。蛇を十匹かい? 殺しちゃった

けれど、それだって防衛策だ。運が悪かっただけ、ついてなかっただけ――さ。誰かの悪意に

よって狙われた被害者にまで、自己責任を求めるほど、僕は狂っちゃいない。そういう人は、

ちゃんと救ってあげなくちゃ」

「………………」

そうなんだ。

ごめん、意地悪で言ってると思ってた……。

そうか、最初に蛇切縄の名を口にしたとき、やけに重苦しい口調だったのは、そういう理由

だったのか……。あれは、蛇切縄自体がどうというわけではなかったんだ。忍野は被害者の、

千石撫子のことを、純粋に――考えていたんだ。

「罪は償わなくてはならないけれど、犯してもいない罪で裁かれることはあってはならない。

困っている人は救ってあげないと――ね。確かに僕は性格のいい方じゃないけどね、そんな奴

の心にだって、その程度の人情味は残っているさ。とは言え、完全にボランティアってわけに

もいかないよね――こっちも仕事だし」

「まあ、そりゃそうだろうな」

「でも、いいよ。今回、阿良々木くんと百合っ子ちゃんが働いてくれた分の、お釣りってこと

にしておこう。妹的存在のお嬢ちゃんは、特に何もしなくていいよ」

「……そうか」

被害者加害者の問題があるとは言え。

なんか、こうなると、贔屓っぽいよな。

中学生が好きなのだろうか。

「でもね、阿良々木くん。一つだけ、注意しておくと――人を呪わば穴二つ。繰り返しになる

けど、この言葉をよく憶えて、この言葉の意味もよく考えておいてね」

「ああ……いや、別に、憶えるも考えるも、よく聞く言葉じゃないか。生きてりゃ、自然に身

につくことだ。怪異がらみじゃなくても、思い知る機会は多々あったよ」

? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?

? ? ? ? ? ? ? ? ? ? いと

? ? ? ?

? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?

? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?

さば

96

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

「そりゃそうなんだろうけどさ――でもね、阿良々木くん。阿良々木くんがどう思ってるのか

知らないけれど、僕はさ、いつまでもここに住んでるわけじゃないんだよね」

忍野は

、軽薄なままの口調で、そう言った。

「蒐集も調査も、いつかは終わっちゃうもんだし。実際、懸念事項というか、大きな目的の一

つは、阿良々木くんと百合っ子ちゃんが、ちゃんと解決してきてくれたしね。いつかは僕も、

この町を出て行く。そうなったとき、僕はもう、阿良々木くんの相談に乗ってあげることはで

きないんだよ?」

貸し借りも――もうなくなったし。

忍野は続ける。

「僕も、放浪生活を始めて長いけどさ、ここまで一人の人間と、たくさん会話をしたのは初め

てだよ。阿良々木くんが絶え間なく怪異にかかわるからっていうのもあるけどさ――その怪異

に、いちいち対応しようとするのが、阿良々木くんのちょっと変わったところだよね。怪異に

かかわると、その後、怪異に

上一章 返回目录 回到顶部 下一章