第35章

を見ること。見るべきなのは蛇の眼か、それともピッ

ト器官なのか、それはわからないし、そもそも蛇切縄は、見えないけれど――

動いたっ!

僕は、横っ飛びで、それを回避した。

ばちぃんと、トラバサミが閉じるような音が、すぐ横でした――空振りに終わった、蛇切縄

の、口が閉じる音だろう。ぞっとする――あんなのに頭でも挟まれたら、一巻の終わりだ。間

違いなく、食い千切られるだろう。

だが……、

勝機は、見えた。

場が――僕に、味方してくれている。

地面は土。

草が生え放題。

そして蛇は――地を這う生き物だ。

生き物が怪異でも、それは同じ。

蛇切縄自体は見えなくとも、それが移動した痕跡は、はっきりと残る――あたかもそれは、

千石の身体に刻まれた鱗痕のように。

土はうねり、埃を上げ。

草は邪魔だとばかりに、掻き分けられる。

これが、地面がアスファルトやコンクリートだったなら、こうはいかなかった。蛇祓いを、

戦場ヶ原のときや神原のときのように、忍野の住む学習塾跡で行なっていたら、おしまいだっ

た――いや、もしかしたら。

これ自体、忍野の演出なのかもしれない。

そうだ、考えてみれば、服を無視できる怪異なのだ。土や草を、本来ならば無視できないわ

けがない。ざざざざ――と這う音さえも、口を閉じる音さえも、本来ならば、こちらに聞こえ

? ? ? ? ? ? ? ?

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? ? ? ?

? ? ? ?

ちぎ

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ほこり

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るわけがないのである。それでも、蛇切縄が物理的にフィールドを無視できないのは――場の

所為だ。この境内においては、蛇切縄も――見えないだけで、あくまで、存在している。

怪異なのだから。

僕や神原と同じように。

悪戯半分の呪いが、成就してしまったように。

エアポケットの――吹き溜まり。

よくないものが――集結している。

そのよくないものを味方につければいいと、忍野は言っていた――ならばこれはやっぱり忍

野の対応だ。基本的には結界を作る上での策略だったのだろうが、それでも舞台を学習塾跡に

しなかったのは、こういった万が一の、想定外のケースに備えるため――音が聞こえるのも、

触れるのも、あるいは、このフィールドの底上げあってのことなのかもしれない。

忍野メメ。

僕は自分の無力を痛感する。

何のことはない、戦場ヶ原のことも神原のことも、僕は結局、忍野に下駄を預ける形になっ

ている――一から十まで、あいつに頼りっぱなしだ。忍野はいつまでも、この町にいるわけ

じゃないのに。それなのに僕は、手当たり次第に――今回さえも!

後悔が活かされていないのは僕じゃないか。

忍野との付き合いから、何も学んでいない。

何も――見えていない。

「く……」

蛇切縄の、次の攻撃も、かろうじて、かわす。

しかしこれ……埒が明かなくないか。意識を集中して、回避することだけに集中すれば、境

内に集まったよくないものの力もあいまって、土の動き、草の動きから、蛇切縄の位置、動作

は、ある程度の精度で推測できるが――そこから攻撃に転ずることは、かなり難しいぞ。攻撃

の場合は、どうしたって、当てずっぽうにならざるを得ない。それに、右腕と左脚が使えない

状況で、どうやって十全な攻撃をすればいいというのだ。

まるで――治癒しない。

痛みも増すばかりだ。

気のせいか、痛みが広がってくるようだ。

本当に――毒なのだろうか。

神経毒、出血毒、溶血毒。

血清が――必要だ。

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げた あず

らち

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大体、僕の攻撃が怪異相手に通じるのか? 普通の蛇でさえ、殺しても殺しても死なないほ

ど、生命力が強いのだ。僕のような中途半端な、吸血鬼の後遺症が残る人間という程度で、対

抗できるのか? 指を食い込ませるや否や、蛇切縄がこちらに攻撃を仕掛けてきたところを見

ると、全くもって意味がないというわけではないらしいが――このままでは、精々徹底して逃

げ回るだけが、関の山じゃないのか?

どうすればこの怪異を退治したことになるんだ?

いや。

そもそも、もっと根本的な問題として……果たして退治してしまっていいのだろうか――こ

の怪異。退治して、それで終わりでいいのだろうか。そっちの方が手っ取り早いと――忍野メ

メなら、言うとでも?

鬼や、猫や、蟹や、蝸牛や、猿や――

蛇。

蛇は、神聖な生き物とも――

「阿良々木先輩っ!」

神原が。

神原駿河が――そこに、駆けて来た。

全速力で。

その超高校生級の脚力で――特攻するように。

馬鹿な、離れておくよう言ったのに――いや!

「…………っ」

そうか……、神原なら――

神原の左腕なら、猿の手、猿の腕なら――蛇切縄に対する、恐るべき攻撃力、対抗力となり

うる! 素手でコンクリートブロックを打ち抜いてしまうようなカタパルトが――神原の左腕

には宿っているのだ。蛇切縄が鋼鉄の身体だったところで、神原のフルパワーの前には何の効

力もなさない。

だが――問題があるとすれば、神原は僕と違って、治癒能力を持たないということだ。その

左手での攻撃を外し、蛇切縄から反撃の咬傷を与えられてしまえば、その傷はもう取り返しが

つかない、回復不能な不可逆なそれになるだろうし――僕の読み通り、蛇切縄が毒持ちの蛇だ

とすれば、どう甘く見積もっても、ダイレクトに命にかかわる。皮肉な話だ、回復力を持つ僕

は攻撃力を持たず、攻撃力を持つ神原は回復力を持たない。もう一つ考慮すべきは、相性の問

題もあるのだろう、神原にとって、このフィールドは明らかに鬼門だ。今だって、それ相応

に、気分は悪いはず――

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きゃくりょく とっこう

やど

こうしょう

そうおう

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果たして。

しかし。

「――阿良々木先輩、許せ!」

神原が攻撃したのは――僕だった。

蛇切縄ではなく、僕だった。

僕の首根っこを、その左腕で力任せにつかみ、そのまま勢いに任せて、自慢の脚で跳ねるよ

うに――突き飛ばした。片脚の僕が、そんな神原に対し、踏ん張れるわけもない。あっさり

と、風に砂塵が舞うがごとく――吹っ飛ばされる。がっちりと、神原の左手は僕の首元に食い

込んでいて、離れない。離さない。放さない。そのまま、空中を五メートルくらい飛ばされて

――

地面に、叩きつけられた。

草木に包まれた柔らかな土の地面

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