第42章

全部、我慢してさ。

特に僕に対しては、言いたいことが抱えきれないほどあるだろうに――」

恨み言とか。

憎しみ言とか。

いっぱいあるだろうに――言葉にせず。

いや、それは、言葉にならないだけなのかもしれないけれど、それでも、言葉にならないそ

んな想いすらも、僕にぶつけることもなく。

「……それ、逆なんじゃないの?」

すると、千石は不思議そうに言った。

「だって、暦お兄ちゃんは、被害者なんだから――」

「加害者だよ」

僕は千石の言葉を遮って、言った。

「忍の件に関しちゃ、本当にな――千石、お前が被害者であるって以上に、加害者なんだ。ま

あ、そのあたりの突っ込んだ話は、ちょっと勘弁って感じなんだが――まあ、その件に関し

ちゃ、少なくとも、忍を責めるのは、やめてやってくれ」

「あ、うん……」

頷きはするものの、どこか不満そうな千石だった。まあ、千石からすれば、僕と忍との関係

さえぎ

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がよくわからないのは、それは無理もない。それは僕自身にさえ、よくわからないことなのだ

から。

わかっているのは一つだけだ。

僕は一生を、忍のために費やさなければならない――それが忍に対してできる、加害者とし

ての、唯一の償いなのだから。

けれど――仕方のないことだけれど。

それでも、僕は思う。

思ってしまう。

あの吸血鬼の美しい声を、僕はもう二度と、聞くことができないのだろうか――と。

「まあ」

なんだか重苦しくなり始めてしまった雰囲気を打破するように、僕は強いて明るい口調で、

千石に言った。

「千石は、忍野にも忍にも、もう会わずに済むってのが、一番いいのかもしれないな。怪異に

ついて知ってしまった以上、確かにこれまで通りってのは難しいかもしれないけれど、でも

知っているからこそ、避けられるってことはあるだろ」

「あ、うん……でも、忍野さんにも、お礼を言わないと……」

「んー。どうも、どうやらあいつ、そういうのが苦手っぽい感じなんだが……でも、そうだ

な。会わずに済むのが一番っつっても、それもなんだか寂しい話か。折角縁があって出会った

んだから」

怪異が結ぶ縁というのも、ぞっとしないが。

……いや。

そうでもないか。

僕と羽川、僕と戦場ヶ原、僕と八九寺、僕と神原――それらは全て、怪異で繋がった縁だ。

それをぞっとしないなんて、言うべきじゃない。

ならば千石との再会も、またそうだろう。

「ま、昨日は急だったし、事情も事情だったから隠れる形になっちまったけど、妹ともまた

会ってやってくれよ。ちょっと訊いたら、ちゃんとお前のこと、憶えていたぞ」

「そ、そうなんだ――ららちゃん」

「うん。だからまた今度、遊びに来いよ」

「いいの? 暦お兄ちゃんの部屋、遊びに行っても」

「ああ」

って、僕の部屋に来られても困るが……。

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家だろ、家。

「い、いつかな。いつ行っていい?」

「んー。そうだな、とりあえず、文化祭が終わってから――」

と。

なんとなく、今後のスケジュールに頭を巡らそうとしたそのとき、背後から、

「あれ、阿良々木くんじゃない」

なんて、後ろから声をかけられた。

「何してるの? そんなところで」

振り向くと、そこにいたのは羽川だった。

羽川翼。

うちのクラスの委員長――ついさっきまで、僕と一緒に、文化祭の準備に勤しんでいた、優

等生。今日は僕が教室の鍵を職員室に返す係だったから、僕よりも先に帰ったはずのこいつ

が、どうして後ろから来るのだろう。

小走りに僕に近付いてきて、前に回ることによって、千石の姿を発見する羽川。正門から出

るまで、僕の身体に隠れて、羽川からは千石は見えなかったのだ。

「あ……えっと?」

「ああ。羽川、こいつ、昨日話した――」

言いかけたところで。

「し、ししししし失礼しますっ!」

千石は、完全に裏返った声でそう言うや否や、踵を返して、神原顔負けとまではさすがに言

えないが、その神原を彷彿とさせるような駆け足で、私立直江津高校の正門前から、走り去っ

ていった。

その後ろ姿が見えなくなるまで、数秒だった。

脱兎の如くとはまさにこのことだ。

…………。

対人恐怖症にも、ほどがあるな……。

高校生がそんなに怖いのか、千石。

羽川でこれじゃあ、戦場ヶ原なんて、とてもじゃないけれど、紹介できないぞ……展開次第

では文化祭に来てくれるよう誘おうかと思っていたが、あの調子では、高校の敷地内に入るこ

となど、千石には無理だな……。

「……阿良々木くん」

しばらくしたところで、羽川が言う。

めぐ

いそ

きびす

ほうふつ

だっと ごと

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「私、ちょっと傷ついたかも……」

「うん……」

顔を見ただけであんな風に逃げられるなんて、いくら温厚で度量の広い羽川でも、思うとこ

ろはあるだろう――この件に関して僕には全くと言っていいほど責任はないけれど、なんだか

申し訳ない気分になる。

「お前、先に帰ったんじゃなかったのか?」

「廊下のところで、保科先生につかまっちゃって」

「なるほど」

担任の保科先生。

羽川は可愛がられてるからな。

「えっと……紹介が遅れたけれど」

遅れたというか、遅過ぎるけれど。

本人がいなくなってしまっている。

「さっきのが、昨日話した、妹の友達。中学二年生、千石撫子」

「ふうん……ああそうだ、訊こうと思ってたんだ。阿良々木くん、その――蛇のこと。あれか

らどうなったの?」

やっぱり気に掛けていたか。

中途半端に相談してしまったしな。

「一応、解決は見たよ――結局は、また忍野の世話になっちまったけどな」

「ふうん。よくわからないけど、うん、でも、スピード解決だね。昨日の今日で、もう一件落

着してるんだ」

「一件落着ってわけじゃないんだけどな……でもまあ、そんな感じだ。僕と神原にお礼が言い

たくて、ここでずっと待ってたんだとよ。ご苦労さんなこった」

「お礼を言いに来てくれた人に対してそういう言い

方はよくないよ、阿良々木くん」

「いや、今のは言葉の綾――」

言い訳をしようとして。

やめた。

「まあ、そうだな。口が悪かった」

「よろしい」

満足そうに頷く羽川。

なんだかすっかり飼い慣らされている感じだ。

「けれど、えらく可愛らしい子だったね。千石ちゃん? 千石撫子ちゃん、ね。確かにあの制

ほしな

あや

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服、阿良々木くんの卒業した中学の奴だったね」

「お前は何でも知ってるな」

「何でもは知らないわよ。知ってることだけ」

「はあん」

まあ。

その程度は、知っているか。

「でも、なんだろうね、千石ちゃん、とんでもなく人見知りが激しいみたいだったけど……」

「ああ……『あたためますか?』って訊かれてそれに返事するのも怖いからって、コンビニで

は温める系の食品を買うことができないくらいの、人見知りだ」

ちなみにこれは勝手な偏見でものを言っている。

意味もなく悪口を言っているのではなく、それくらいのことを言って笑いごとにしないこと

には、あいつのダ

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