第43章

ッシュ逃げは、羽川に対してちょっと申し開きのしようがないからだ。

「あはは、戦場ヶ原さんといい神原さんといい真宵ちゃんといい、最近阿良々木くん、可愛い

女の子と仲良くなってばかりだね」

「人聞きの悪いこと言うなよ。戦場ヶ原さんといい神原さんといい真宵ちゃんといいって、あ

くまでもその三人だけだろうが。他にもいるみたいな言い方をするな」

「他にはいないの?」

「いないよ」

断言したが、これは嘘だ。

少なくとも、もう一人。

羽川翼。

お前がいる。

「ん? 何?」

「いや……」

かと言って、羽川相手に面と向かって可愛い女の子だなんて言ったら、ただのセクハラ扱い

されて終わりだろうからな……そもそも、自分に不利になるような情報を、自ら提出する必要

はない。

「ところで阿良々木くん」

「なんだ?」

「今日は何か用があるって言ってなかった? だからあんなに急いで鍵を返しに行ったんだと

思ってたけど。……ひょっとして、阿良々木くんの大事な用って、可愛い女子中学生とお喋り

をすることだったの?」

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「違う」

「阿良々木くんのキャラ付け、どんどん軟派になっていくよね」

「違うんだ……」

それは僕にとっても悩みごとなんだ……。

お前はわかってくれるはずだ。

「さっきはぼかしたけれど、誤解されたくねーから説明しちまうと、大事な用ってのは戦場ヶ

原絡みだよ。照れくさいから言えなかっただけだ」

「戦場ヶ原さん……ね」

んー、と微妙な表情をする羽川。

文化祭が目前に迫ったこの時期に、「病院に行くから」という一言と共に、何一つ準備作業

を手伝わず定時に下校してしまったクラスメイトのことを考えるに、委員長として色々考える

べきことがあるのだろう。無論、ちょっと前までならいざ知らず、今の時点では病弱でも何で

もない戦場ヶ原のその言は大嘘なのだが、ひょっとすると、案外羽川のことだ、それが虚言で

あることも、見抜いてしまっているかもしれない。ていうか、戦場ヶ原のそのキャラ付けも、

いい加減限界が来ているような気もするんだよな……。

「面白い噂、教えてあげようか」

「なんだよ。面白くなさそうだけど、聞いてやる」

「戦場ヶ原は阿良々木と仲良くなってから態度がおかしくなった」

「う」

「戦場ヶ原は阿良々木から悪影響を受けている」

「うう」

「とか」

「ううう」

なんだそれ。

噂?

「さっき、保科先生に言われてきた。羽川、お前は何か知らないか――って」

「むう……」

無責任な噂――ではあるのだろうが。

しかし、不愉快ではあるけれど、どうにもムカつきにくいな……ある程度は事実なような気

もするし、少なくとも、そう言いたくなる人間の気持ちも、わからなくはないのだ。

「あと、こんなことも言われたかな。日曜日、阿良々木と二年の神原が腕を組んで歩いている

ところを見たという証言があるとか、ないとか」

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「ぐっ」

それは事実だ。

それにしても狭い町だなあ……。

あっさりチクられてるし。

「阿良々木くんが、どうして戦場ヶ原さんと仲良くなったのか、よく知らないけどさ――それ

でも、これからはそういうこと、もっと言われると思うんだよね」

「言われる――だろうな」

「だから、大変だよ。阿良々木くんは、これから、そうじゃないことを証明していかなくちゃ

ならないんだから」

「…………」

「男と付き合って駄目になったなんて不名誉な言い分を、戦場ヶ原さんに関して許しちゃ駄目

だよ。校門前で可愛い女子中学生とお喋りしてるなんて、まずいと思うなあ」

「……そりゃそうだ」

一言もない。

僕の所為で戦場ヶ原が悪く見られるなんてことがあってはならないのだ。見方によれば思い

上がりかもしれないが、それだけの責任は、既に僕にはあると思う。

「ところで、羽川はないのか?」

「うん?」

「そういう噂。羽川は阿良々木と仲良くなってから態度がおかしくなったとか、なんとか」

「さあ。あったとしても、そんなことを本人には言わないだろうけど、でも、まあ、ないと思

うよ? 私は変わらないもん」

「………………」

そうだよなあ。

あるとすれば、逆だろう――羽川と仲良くなってから、阿良々木の態度はよくなったとか、

そんな感じ。

それもまた――事実だ。

こいつに僕が、どれだけ救われていることか。

「とりあえず、否定しておいたから。そんなことはないと思いますよって」

「そっか。ありがと」

「お礼を言われることじゃないわよ。思ったことを言っただけなんだから」

「そうか。でも、本当にそう思うか?」

「うん?」

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「そんなことはない――って」

「ああ。うん、勿論。私、嘘なんかついたことがないもの」

「嘘つき以外でその台詞を言える奴を、僕はお前以外に知らないよ」

「そう? いっぱいいるでしょ。うん。そうだね、むしろ――私、戦場ヶ原さんは、いい方向

に向かってると思うんだよね」

作業サボったのは、駄目だと思うけどさ――と羽川は言った。やはり、嘘はバレバレらし

い。何でも知っているこの委員長に隠しごとをしようという方が、はなっから無理な話のよう

だ。

「病気が治ったお陰なのか、阿良々木くんのお陰なのか、それはよくわからないけれどさ――

そういう戦場ヶ原さんの変化を、阿良々木くんはそばでちゃんと、支えてあげないといけない

と思う」

「……言うことが高校生離れしてるよな、お前は」

「そう? 普通でしょ」

「そっか」

自分のことを『普通』と思い込んでいるところが、羽川翼の特徴の一つだが……こいつが普

通なんだとしたら、僕なんかは一体どのランクにカテゴリされることになるのだろう。

ふと、思った。

今もそうだが、この間からこの委員長、恋愛、男女間の機微に関して一家言あるみたいな感

じだけど、そもそも羽川自身は、そういう相手を持っているのだろうか?

誰に対しても優しい奴――だけど。

特定の一人というのは、いるのだろうか?

気配も滲ませていないが、どうだ、ひょっと

して、こういう真面目そうなのに限って、ちゃ

んとした相手がいたりいなかったりするものなのかもしれない。

うーん、考えもしなかったが……。

「おい、羽川――」

「何?」

きょとんと、訊き返してくる羽川。

う……。

駄目だ、訊けない……。

さっきの千石の、宅急動に倣った例えで言うなら、羽川翼がナチュラルに発しているアロー

エンジェルよろしくの強力まっ白まじめ光線を浴びせられると、そういう質問をすること自体

が、非常に不純な行為のような気がしてきてしまう……。

にじ

なら

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「何? 阿良々木くん」

純朴な眼で、再度問いかけてくる羽川。

ぐっ……何故だかわからないが、なんだか追い詰められた気分だ。名探偵に自白直前まで追

い詰められた犯人の気分ってこんな感じか? くそ、訊きかけてしまった以上、『やっぱいい

や』が通じる相手じゃない、何かは訊かなくちゃならないし――ああもう、それぞれ違う色の

入浴剤を

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