第55章

持たずに洞窟に這入ったRPGの主人公みたいだ。自分の持ち札を全部晒

して相手に決断を委ねるような、ある種の恫喝外交みたいな方法論を、惚れた腫れたの微妙な

関係内で、使うべきだとでも思ったのだろうか? 情緒もへったくれもありゃしない。そんな

迫り方をしたら、百人中九十九人までが、間違いなく引く。それこそ怖いよ。そんなの、恋愛

経験皆無の、僕にだってわかるぞ……。

まあ。

これが、僕が九十九人を除いた残りの一人だと見抜いた上での戦略なのだとしたら――それ

はもう、帽子を脱ぐしかないけれど。

やっべえ。

ものすごく萌える。

洒落にならないくらい。

本当なら、このまま、勢いに任せて、戦場ヶ原に抱きつきたいくらいだったけれど――そん

なことで戦場ヶ原を失うのは、僕にしたって御免だった。晒せるような手札は、そもそも僕に

はないけれど……、戦場ヶ原との関係は、とりあえず、こんな感じでいいように思えた。

じょうき

ちょとつもうしん

どうくつ

ゆだ どうかつ

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いらないわけじゃないけれど。

一緒に寝転がって星空を見上げる。

そんな恋人同士で、僕達はいい。

プラトニツクな関係――だ。

「ねえ阿良々木くん」

戦場ヶ原が平坦に言う。

「私のこと、好き?」

「好きだよ」

「私も好きよ。阿良々木くんのこと」

「ありがとう」

「私のどういうところが好き?」

「全部好きだ。好きじゃないところはない」

「そう。嬉しいわ」

「お前は、僕のどういうところが好きなんだ?」

「優しいところ。可愛いところ。私が困っているときにはいつだって助けに駆けつけてくれる

王子様みたいなところ」

「嬉しいよ」

「そう言えば」

と、今気付いた風に言う、戦場ヶ原。

「あの下種は、私の身体だけが目当てだったから――私の唇を奪おうとは、全くしなかったわ

ね」

「ふうん? どういうことだ?」

「あの下種は、そういった素振りは一切見せなかったと言っているのよ……阿良々木くん。だ

から」

そして。

戦場ヶ原は照れも衒いもまるで滲ませず、言った。

「キスをします」

「………………」

怖い。

怖いよ、ひたぎさん。

「違うわね。こうじゃないわ。キスを……キスをして……いただけませんか? キスをし……

したらどうな……です……」

てら

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「………………………」

「キスをしましょう、阿良々木くん」

「最終的に、そう落ち着くか」

妥当と言えば妥当なところだった。

らしいと言えば、これ以上なくらしい。

こうして――今日は記念すべき日になった。

僕達にとって。

004

さて、六月十四日の水曜日、つまり次の日、夢から覚めて――無論これは、ロマンチックな

天体観測を無事内に終え、戦場ヶ原父の運転によってまた二時間ほどかけて住む町へと帰り、

深夜一時を回る頃に床について、まあとりとめのない、大半を忘れているような夢を見て、そ

の夢から覚めて、起床して、という意味であって、昨晩の戦場ヶ原との初デートが夢オチだっ

たという意味ではない――寝不足ながらに自転車を漕ぎつつ、学校へと向かう途中、僕は八九

寺を発見した。

八九寺真宵。

前髪の短い、眉を出したツインテイル。

リュックサックを背負った小学五年生の女の子。

「うおっと」

僕はペダルを漕ぐ足を止める。

向こうはまだこちらに気付いていない。きょろきょろとしながら、早朝の散歩を楽しんでい

るという風だった。

うーん、なんだか久し振りだ。

いや、考えてみれば、最後に会ってから二週間ちょっとってところだから、客観的には久し

振りってほどじゃないのかもしれないが、でも、なんだろう、こうして八九寺と偶然出会え

て、とても嬉しい感じがある。まあ、相手が小学五年生じゃ、中学二年生以上に、連絡を取る

手段なんてないからなあ。

いつぞやと違って、時間には余裕がある。少しくらい話し込むのもいいだろう(八九寺が暇

だろうことは勝手に確定)。となると、問題は、どんな風に声を掛けるかだ……、と、僕はと

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りあえず、音を立てないよう細心の注意を払いながら、自転車から降りる。スタンドを立て

て、道の端に停めた。

さてさて。

しかし、相手が八九寺だからな。

なるべく、こっちが今嬉しいと思っていることを悟られたくはない。そんな感情を示したら

あの子供は調子に乗る可能性がある。生意気に増長されても困る。さりげなく、というかそっ

けなく、「あ、なんだ、いたの? 他に用事がないからついうっかり声をかけちゃったよ」く

らいの感じで、ぽんと肩を叩く程度で、丁度いいのではないだろうか。そうだ、大体、僕は友

達と再会したくらいではしゃぎまくるような、薄い人間ではないのだ。ドライでクールを売り

にしていきたいお年頃である。

よし。

じゃあ、そっと後ろから近付いて……。

「はっちくじー! 久し振りじゃねえか、この!」

そっと後ろから近付いて、がばっと抱きついた。

「きゃーっ!?」

悲鳴を上げる少女八九寺。

しかし構わず、僕は八九寺の矮躯を握りつぶさんばかりに全力で抱きしめ、彼女の顔に頬擦

りを繰り返す。

「はははは、可愛いなあ、可愛いなあ! もっと触らせろもっと抱きつかせろ! パンツ見

ちゃうぞ、このこのこのこの!」

「きゃーっ! きゃーっ! ぎゃーっ!」

八九寺は大声で悲鳴を上げ続け、

「がうっ!」

と、僕に噛み付いてきた。

「がうっ、がうっ、がうっ!」

「痛え! 何すんだこいつ!」

痛いのも。

何すんだこいつも、僕だった。

「しゃーっ! ふしゃーっ!」

三箇所ほど噛まれることによって僕はようやく正気を取り戻したが、八九寺はしばらくの

間、超サイヤ人よろしく髪の毛を逆立てて、そんな、野生の山猫みたいな威嚇の声を出し続け

た。

わいく

スーパー いかく

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まあ、当然だろう。

「だ、大丈夫、大丈夫。敵じゃないぞ」

「しゃー! しゃー!」

「ほら、落ち着いて、ゆっくりと呼吸して」

「ふしゃーっ……こーほー、こーほー」

「…………」

ロボ超人みたいな呼吸音だな。

というか、ここで登場して以来、まだ八九寺は一言も日本語らしい日本語を喋っていない。

「僕だ、僕だぞ。よく見ろ。近所の気のいいお兄さんで有名な……かつて文字通り迷える子羊

であったお前を導いてあげた……」

「ん……ああ……」

ここで八九寺の左右の眼が、ついに、僕を認識したようだった。逆立っていた髪の毛が、少

しずつ、元の形に戻っていく。

「むらら木さんじゃないですか」

「他人のことを欲求不満みたいな名前で呼ぶな。僕の名前は阿良々木だ」

「失礼。噛みました」

実際に噛まれてからその台詞を聞くのは、どうやらこれが初めてだったが……でも、今回に

限っては、噛まれた責任も、むらら木などと呼ばれる原因も、全部僕の側にある気がした。感

情に抑えがきかなかった。

暴走しちゃった。

昨日のことでハイになっていたというのもあるな。

「おや。阿良々木さん、夏服ですね」

八九寺は

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