言う。
けろっとしたものだ。
馬鹿なのかもしれない。
「うーん。筋肉質な割に身体が細いから、とにかく半袖が似合いませんねえ、阿良々木さん」
「それを言われてしまったら、僕は夏場どうすればいいんだよ」
ノースリーブもどきは、男子の間でははやっていない。男がやっても、あれ、可愛くも何と
もありゃしないし。
「半袖が似合わないというより、カッターシャツが似合わないのかもしれませんね。阿良々木
さん、詰襟姿が素敵でしたのに。一年間、あれで通したら如何です?」
「応援団じゃねえんだから……」
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ちなみに、直江津高校に応援団はない。
部活動がそんなに頑張らないからね。
「袖が短くなった分、髪が伸びましたね。阿良々木さんは凶暴な内面に反比例して大人しい顔
立ちをされてますから、それ以上伸ばすと女の子みたいに見えますよ?」
「これはしょうがないんだ。夏に向けて、暑苦しいのは確かだけどさ。あと、お前に凶暴とか
言われたくないぞ」
「女の子みたいなのは名前だけで十分でしょうに」
「引っ張るなー、その話題。お前こそ、ウルトラマンに出てくる怪獣みたいな髪型してる癖
に」
「それは名前だけです」
「まあ、そうだけど」
「阿良々木さんはアフロ星人みたいな髪型ですよね」
「いやいや! アフロ星人なんてのは寡聞にして聞いたことのない多分お前の造語だけれど、
そいつは恐らくアフロだろ! 僕は普通にストレートに伸ばしてるだけだよ!」
「そんなことを言われても、阿良々木さんの影の薄さはギャルゲーで言えば立ち絵のないキャ
ラっぽいですからね。言ってしまえば言ったもの勝ちです。私がアフロと言えばアフロ、ド
レッドと言えばドレッドになります」
「そうなのか!? だ、だったら八九寺、今すぐ僕のことを、背が高くて肩幅の広いマッチョな
男だと言え!」
「阿良々木さんが自分からそう仰ることによって、そうではないということが明らかになって
ますが……しかし、阿良々木さんの理想の自分像は、背が高くて肩幅の広いマッチョな男なの
ですか」
「え? 何その白い目?」
「おや、阿良々木さん、頭から血が出てますね」
「凶暴な奴に噛まれたからな」
「早く首を縛って止血しませんと」
「死んじゃうよ!」
なんでだろうなあ。
戦場ヶ原のことが一番好きだし、神原とは誰よりも仲良しだけど、どうして八九寺と話して
いるときが中でも断トツで楽しいのだろう。
僕は小学生に癒されているのだろうか……。
「大丈夫。この程度、すぐに治るよ」
かぶん
おっしゃ
いや
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「ああ。吸血鬼さんなんでしたね、阿良々木さん」
「もどきだけどな」
春休み――僕は吸血鬼に襲われた。
羽川が猫に魅せられ、戦場ヶ原が蟹に行き遭い、八九寺が蝸牛に迷い、神原が猿に願い、千
石が蛇に絡まれたように――僕は鬼に襲われた。
髪を伸ばしたのは、そのときの傷を隠すためだ。
ヴァンパイアハンターでもなければキリスト教の特務部隊でもなく、同属殺しの吸血鬼でも
ない通りすがりのおっさん、軽薄なアロハ野郎、忍野メメによって、その窮地からはとりあえ
ず救ってもらったのだが――要するにはその後遺症である。
僕の身体の回復能力は著しく高い。
「回復能力ですか……となると、試してみたいことがありますね」
「試してみたいこと?」
「ええ。こう、正中線に沿ってチェーンソーやらで真っ二つにしたら、阿良々木さんが二人、
できあがるのでしょうか」
「猟奇的なことを考えるなあ小学生!」
ミミズじゃねえんだから!
そんなうまいこといくか!
「冗談です。お世話になった阿良々木さんに、そんなことをするわけがないじゃないですか」
「そうか……そうだよな。僕達、友達だもんな」
「ええ。八つ裂きにしても物足りないのに、その程度で済ませるだなんてとんでもありませ
ん」
「………………」
そんなにけろっとした奴でもないらしい。
しっかり恨まれているようだ。
「今に見ておいてください、阿良々木さん。今度、自由帳に阿良々木暦という名前を、赤鉛筆
で書いておきますからね」
「な、なにおう!? そんなことをされたら早死してしまうじゃないか!」
「それだけではありません。今度はわたしが阿良々木さんに後ろから近づいて、人差し指で背
骨の上を上から下へすーっとなぞってさしあげます」
「こ、この外道が! 下から上になぞり直してくれとお願いしろと言うのか!?」
「そんなのはまだまだ序の口です。可哀想に、わたしを怒らせるからこういうことになるので
す。阿良々木さんは真の恐怖というものを、味わうことになるでしょう」
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「ふっ……」
そこで笑い返す僕。
「それはこっちの台詞だな、八九寺」
「はい?」
「真の恐怖を知るのはお前だと言っている。もしも本当に僕の名前を赤鉛筆で書いてみろ……
僕は暴力に訴えるぜ!」
赤鉛筆で名前を書かれたら早死するからという理由で、子供を暴力で脅す高校生がいた。
なんと僕である。
「ごめんなさいと謝れば、今なら許してやるぞ」
「ふっ……」
しかし、さすがは僕の永遠のライバル。
八九寺もまた、不敵に笑うのだった。
「それはダッチの台詞です、阿良々木さん」
「ダッチ!? 僕はオランダ人に謝って許してもらわなくちゃならないのか!? 僕がオランダに何
をしたというんだ!?」
「早く謝らないと風車回転乱舞の餌食ですよ」
「なんだその超必っぽい技!?」
「ドン?キホーテの二の轍を踏みたくなければ、早く謝ってしまうことです」
「ドン?キホーテはスペインだけどな!」
「さあ、どうするのです、阿良々木さん。あなたはドンと呼ばれたいのですか」
わけのわからない展開だ。
しかしドンとは呼ばれたくない。
「ここまで言っても謝らないとは……阿良々木さんの物分りが悪いのか阿良々木さんの物分り
が悪いのか阿良々木さんの物分りが悪いのかわたしの言い方が悪いのか、どれでしょうね」
「確率的には四分の三まで、僕の物分りが悪いのか……。ったく……はいはい、わかったわ
かった。オランダ
人に謝ればいいんだな」
「はいは百回です、阿良々木さん」
「そんなに言えるか!」
「確かにハイリスクではありますね」
「うまいこと言った!」
というか。
お前には謝らなくていいのかよ。
えじき
てつ
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「わたしはオランダ人ほど寛容ではありませんからね。謝ったくらいで許してもらえると思っ
たら大間違いです」
「オランダ人、評価高いな……」
「どうしても許してほしいのならば、そうですね、カステラ蒸しパン一年分で手を打ちましょ
う」
「まあ、それで許してもらえるなら……」
「一日三個ですよ」
「割と結構な値になるぞ、それ!」
金額にして軽く十万円を超えている。
すげえたかり具合だ。
「ま、許してくれてありがとうと言っておいてやる」
「いえいえ、ノーサンクスです」
「…………」
この娘は、ノーサンクスを『礼には及ばない』的な意味だと思っている