第57章

のだろうか……。

すげえなあ。

「阿良々木さんはこれから学校ですね。いつもお勤め、お疲れさまです。出席日数がまずいと

いう話でしたっけ?」

「そうだな。一年二年のときのつけがあるから、最悪留年だ。けどまあ、今は目的のランクが

一つ上がってるから、僕はそんな程度の低いところで悩んでる場合じゃないんだ」

「目的のランクが一つ上がってる? 不可思議な表現をされますね。どういうことでしょう」

「今までは卒業が目的だったけど――」

ん、いや、言ってもいいのかな。

まあ、こいつなら喋っても、他人に伝わる心配はないか。それより、話せる相手にはできる

だけ話しておいて、もうちょっと自分を追い込んでおいた方がいいかもしれない。

「これからは、受験が目的になるから」

「受験? ああ、英検五級ですか」

「小学生でも取れるような資格をなんで今更受験しなきゃいけないんだよ!」

僕は八九寺に、羽川や神原に言ったのと同じような事情を説明した。こう見えてかなりな聞

き上手の八九寺は、「そうなのですか」「なるほど」「と言いますと」「さすがです」「知り

ませんでした」などと、打って欲しいところに綺麗に相槌を打ってくれるので、話しやすかっ

た。まあ、この話をするのも、羽川神原に続いてこれで都合、三度目だということもあるのだ

ろうが。

あいづち

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…………。

でも、目的を上手に話せるようになるって、結局、まだ何も達成できてないってことなんだ

よな……口ばっかり達者になってどうするんだ。

目的は成果にならなくてはならない。

「阿良々木さん、しばらく会わない間に、色々あったのですね。男子三日会わざれば刮目して

みよとはよく言ったものです」

「はは……まあな」

「考えてみれば早いものです」

八九寺は物憂げな口調で言った。

物憂げで、しかし、どこか懐かしむように。

「あれから三年ですか……」

「そんなに経ってねえよ!」

二週間だ!

最終回みたいな台詞を吐いてんじゃねえ!

「そうでしたっけ。まあ、考えてみれば、二週間でできたくらいの簡単な決意なんて同じく二

週間あればあっさり覆りますから、現時点ではあまり鵜呑みにできませんね。三日で変わった

ものは三日で戻ります。六日会わなければ元通りです」

「嫌なことを言うな、お前」

まあ、その通りだけど。

一昨日羽川に選んでもらった数々の参考書類にしたって、まだ一ページも目を通していない

状態だからな。

「あー、参考書を買っただけで満足しちゃったという奴ですね。ありますあります。わたしも

テレビゲームを買って、買うだけで満足して遊ばないことが割かし頻繁です」

「小学生でそれはやばくないか……?」

それに、決意が揺らいだから、面倒臭くて、折角の参考書類に目を通していないというわけ

ではない……たまたま、正にその参考書類を買った本屋で千石を見つけてしまい、それからは

怪異に掛かりっきりになって、学習塾跡で雑魚寝して家に帰って二度寝して、学校に行けば文

化祭の準備と、それから、戦場ヶ原とのデートだったのだから。

参考書を見る隙間がどこにあるというのだ。

「デートというのは、遊びなのでは」

「う……」

それはそうだった。

かつもく

くつがえ うの

ひんぱん

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全く、と呆れたように言う八九寺。

「忙しいなんて言葉は時間の配分ができない人間の言い訳ですよ、阿良々木さん。その気にな

れば、学校の休み時間でも、参考書を見ることはできたはずです。勉強は授業中、あるいは家

でするものである、などという先入観、固定観念が、阿良々木さんを縛っているのです」

「おお……なんかいいこと言ってるな」

うん。

それもまた、その通りである。

「八九寺、僕は今までお前のことを、根っから頭の悪い子供だと誤解していたのかもしれない

が、お前ひょっとして、ちゃんとお勉強とか、できる奴なのか? 前に成績はよくないとか

言ってたけど、あれはあくまで僕に気を遣った謙遜で……」

「さあ……勉強したことがないからわかりません」

「………………」

ものすごい馬鹿がいた。

いや、ひょっとするととんでもない天才肌かもしれないが。

どっちだろうか……よし、試してみょう。

「八九寺、尻取りで勝負だ。僕から行くぜ。尻取りの『り』から……『林檎』!」

「『ゴリラ』!」

「『ラツパ』!」

「『パン』!」

「うわっ! 尻取りで『ん』で負ける奴に初めて会った!」

とても低能っぽい。

というか、とてもノリのいい奴だった。

すぐに『ご飯』などと言わず、一拍呼吸を置く辺りに、さりげないセンスを滲ませている。

本当に話していて楽しいと言うか、家に持って帰って、寝る前に一日三十分、日課としてお喋

りしたいくらいの逸材だ。

ただし、これでは、低能っぽいだけでノリのいい天才肌だという可能性は否定できない。当

初の目的は全く達せられていないと言ってよかった。

では、リトライ。

もう一回、試してみよう。

「八九寺、今度はなぞなぞだ」

「勿論受けて立ちましょう。わたし、敵に背中を見せたことはありません。阿良々木さんは敵

ではありませんが、それでも向かってくる以上は容赦しません。阿良々木さんはわたしの恐ろ

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しさを知ることになるでしょう」

「頭は二つ、目は三つ。口は四つで歯は百本。手が七本に足が五本、象を丸呑みできる小さな

動物は、なーんだ」

「……阿良々木さんのお友達ですか?」

「そんなのいるかでイルカだ! ていうか本当にいねえよ、そんな友達! お前は友達の友達

にそんな奴がいて平気なのか!?」

僕は友人は選ぶタイプなんだよ!

く……しかし、粋な切り返しだと考えれば、これでも頭脳の程度は測れない……と、思って

いると、今度は八九寺の方から、

「ではお返しです」

と言ってきた。

「頭は猿で胴は狸、手足は虎で尾は蛇、鳴き声はトラツグミな動物は、なーんだ」

「そんなのいるかで、イルカだろ?」

「鵺です」

「………………」

そうだった。

一本取られた感じだ。

やはり

この小学生、天才肌なのか……?

くそう、どこまでも底の見えない子供だ。

「しかし小学生がよく鵺なんて知ってるな」

「色々と勉強中です」

「あっそ」

「とにかく、ぼらら木さん」

「人を淡水汽水どちらにも生息する出世魚みたいな名前で呼ぶな。僕の名前は阿良々木だ」

「失礼。噛みました」

「違う、わざとだ……」

「噛みまみた」

「わざとじゃないっ!?」

「神はいた」

「どんな奇跡体験をっ!?」

恒例のやり取りも七回目ともなると、いい加減こなれてきちゃって。

手順に一つの狂いもない。

いき

たぬき

ぬえ

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「とにかく、阿良々木さん。いいですか、受験っていうのは大変なんですよ」

「わかってるよ、そんなこと」

「そうですか。わたしはわかってませんけど」

「だよなあ!」

したことあるはずないよなあ。

「それにしたって、重ね重ね、心配ですねえ。老婆心かもしれませんが、阿良々木さん

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