第59章

ったぞ!?」

「まあ阿良々木さんは、『虹色町の奇跡』でリンツを狙うタイプっぽいですからね。異性への

好みが普通ではないのでしょう」

「その比喩には解説が必要じゃないのか!?」

難しいな。

えーっと、その昔、CAPCOMが開発した『QUIZなないろDREAMS 虹色町の奇

跡』というアーケードの恋愛クイズゲームがあって、それはクイズに答えながら七人ほど登場

する女の子のキャラクターと仲良くなって、半年掛けて好感度を上げながら、最後には復活し

た魔王を倒して意中の女の子とハッピーエンドというゲームなのだけれど、作中に、魔王の手

下として主人公の邪魔をするリンツというキャラクターがいて、そのキャラクターもそのキャ

ラクターで女の子なのだけれど、残念ながらどんな工夫をしたプレイをしても、そのリンツと

エンドを迎えることはできないのである。彼女とのハッピーエンドを求めてどれほどの百円玉

べっぴん すっぽん

にご

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が筐体の中に消えていったのか、それは計り知れない。なお、プレイヤーからの要請があった

のか、コンシューマー版ではちゃっかりリンツも攻略できるようになっていた、解説終了!

「さすが阿良々木さん、よくご存知で」

「いやいや、これくらい……ていうかここまで解説が必要な比喩をそもそも持ち出すな! 宅

急動の方がまだいいよ! 多分二十一世紀になってから『虹色町の奇跡』についてこれだけ

語った人間は僕が初めてだ!」

「しかし、こうやって地道な草の根活動を続けていれば、いつかリメイクされるかもしれない

じゃないですか」

「地道過ぎー!」

「まあ、戦場ヶ原さんの方がいいと阿良々木さんが仰るのでしたら、それはそうなのでしょ

う。人の好みは選別差別という話です」

「千差万別だろ!?」

「ときに阿良々木さん」

八九寺はそこで、ふと、話題を転換する。なんだ、折角盛り上がってきたのに、水を差すよ

うな真似をするじゃないか。八九寺らしくもない。

「この間聞いた話ですが、阿良々木さんを吸血鬼――人間もどきの吸血鬼もどきにせしめたと

いう、女吸血鬼さん。えーっと、なんでしたっけ、今は忍野忍さんと仰るんでしたっけ」

「ん? ああ」

話したな。

初対面の母の日だっけ?

「八歳児くらいで、金髪で、ヘルメットにゴーグル……でしたよね?」

「うん。それがどうした?」

「直接お会いしたことがないので、確実に断ずることはできませんが、昨日、その忍さんを、

お見かけしたのですが」

「え?」

忍を?

八九寺が見かけた――だと?

「……その子のそばに、薄汚いおっさんがいなかったか? 今時考えられないようなサイケデ

リックな趣味の悪いアロハ服を着た、見るからに軽薄そうな……」

「ふむ? いまいち把握しかねますが、それはその子のそばに阿良々木さんがいたかどうかと

いう意味の質問ですか?」

「違うよ! お前僕のことを薄汚いおっさんだと思っていたのか!? アロハ服なんてどんな地

きょうたい

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味な柄のものでも着たことねえよ!」

「自分が言われて嫌なことを他人に言ってはいけませんよ、阿良々木さん」

「正論だ!」

正論は人を傷つける。

いつだって。

「まあ、いずれにしても、阿良々木さん、その金髪のお子さんは、一人でした。誰もそばには

いませんでしたよ」

「ふうん……何時頃の話だ?」

「確か、夕方の五時頃だったかと」

「五時頃……」

僕はまだ、文化祭の準備に手一杯な頃だな。

千石と正門で話す前だ。

「どこら辺で?」

「国道沿いの、ドーナツ屋さんのそばです」

「ああ、あそこか……八九寺、お前、結構遠くまでお散歩してんのな。子供の足で、行動範囲

広いじゃん……ドーナツ屋ねえ」

そのドーナツ屋は、ミスタードーナツだ。

それは、多少のリアリティが生じる要素だった。

でも、あの忍が一人で――なんて。

そんなことが、ありえるのか?

いや、しかし、こんな地方の田舎町でのことだからな……茶髪ですら珍しいってのに、まし

て金髪だろ? そんなの、忍以外にいるわけがない。そこに加えて、ヘルメットにゴーグルと

来れば……。だけど、どうなのだろう、忍って、あの学習塾跡からそんなに離れて行動できる

ものなのか? なんとなく、僕は勝手に、忍はあの場所から離れられないのだろうと思い込ん

でいたけれど……そう言えば忍野は、そんなこと、一言も言っていないな。けれど、あの忍野

が果たして忍に、単独行動を許すか……?

「ええ。わたしもそう思いまして」

と、八九寺。

「もしもその子が本当に吸血鬼だったら、わたしなど相手になりませんから、見かけた位置か

ら近付くことさえできませんでしたが、これは阿良々木さんにご報告しておいた方がよいので

はと、本日はこの場所で阿良々木さんを待ち伏せしていたというわけなのです」

「あ、そうなの?」

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偶然会ったんじゃなかったんだ。そう言われてみれば、見かけたとき、八九寺はなんだか

きょろきょろしていた。

今日も僕は、待たれていたのか。

「それならそうと最初に言えよ」

「申し訳ありません。どこかのロリコンが背後から突然抱きついて頬擦りをかましてきたた

め、ショックですっかり忘れてしまっていました」

「ロリコン? この町にそんな生物がいるのか。それは善良なるいち住人として、ちょっと許

せないことだな」

「いいんです。小さな人間には大きな心で接してあげましょう。わたしのクラスでは、『ロリ

コンに優しく』が今月の標語ですから」

「なんだその学校!? 大丈夫か!?」

まあつまり、僕の所為だった。

自業自得である。

「やー、そっか。わざわざ気を回してもらって、悪かったな。助かったよ。早速今日にでも、

忍野のとこに行って、確認してみることにしよう」

「阿良々木さんのお役に立てて何よりです」

それより、お時間はよいのですか、と八九寺は言った。僕は右手首に巻いた時計を見る。

ん、結構話し込んでしまった。楽しい時間は本当に早く過ぎてしまう……。

次に八九寺に会えるのはいつのことになるのか。

あーあ。

「八九寺。お前携帯電

話とか持ってないの?」

小学生に無茶苦茶を言ってみた。

中学生でも持っていない土地柄なのに。

「んー。残念ながら、わたし、メカには限りなく弱いのです」

「そうなのか」

「ええ。正直、テレビも二〇一〇年までしか見られないでしょう」

「地上デジタル放送がもうわからないんだ……」

それは弱いなんてもんじゃねえな。

あの神原や忍野でさえも、そこまでの機械音痴ではないだろう。

「ワンセグって一体何でしょう?」

「馬鹿みたいな台詞だ……」

うーむ。

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ま、仕方ないか。

縁って奴だろ。

ぶらぶらしていて、たまたま会うって感じが、八九寺真宵との関係においては、丁度いいの

かもしれない。あまり欲張り過ぎてもつまらない。偶然だからこそ貴重ってこともある。それ

に、今回みたいに、八九寺の方から会いに来てくれるケース

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