第64章

そう聞いた途端、露骨な安堵を見せる羽川。

まあ、そりゃ、記憶も一緒にいくらか戻っているとは言え、朝起きたら突然頭から猫耳が生

えていたりしたら、誰だってパニックに陥るよな……。パジャマのまま家を飛び出しても無理

はない。

そういうとき――

羽川は、家にこもれないのだ。

「よし。じゃあ、話も整理できたし、忍野のところにゆくとしよう。……まさか羽川、自転車

の二人乗りは法律違反だなんて、そんなこと、言わないよな?」

「言いたいところだけれど」

? ?

つじつま

あんど

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羽川はベンチから立った。

「見逃してあげる。阿良々木くんに学校サボらせたのと、これとで、チャラね」

いや、それでチャラになるのはおかしくないか? 両方お前の都合じゃん。

意外とあざといことをするな、こいつ……。

というより、これは羽川一流のジョークだろう。

照れ隠しと言ってもいいかもしれない。

「肩でも貸そうか? 疲れてるみたいだけど」

「大丈夫。言ったでしょ? 頭痛はもうないから……疲れてるのは、精神的に疲れてるだけ

よ。身体の方は、いつもより調子がいいくらい」

「あっそ」

まあ、猫だからな。

神原の猿のときも、そうだった。

自転車置き場まで移動して、かけておいた鍵を外し、まずは僕がサドルに跨り、続いて羽川

が、後部座席に座った。

羽川の腕が僕の胴に回されて、ぎゅっと。

密着する。

「………………」

げえ……。

柔らかい……!

そして大きい!

背中に感じる二つの感触が、僕の心を容赦なく攻め立て、掻き立てる……、白状してしまえ

ば、相手が命の恩人の羽川翼でなければ、そして僕に彼女がいなければ、更にその彼女が戦

場ヶ原ひたぎでさえなかったら、この場で理性を失っていたと断言できるくらいの衝撃だっ

た。

隠れ巨乳、羽川翼。

そうだ、こいつ、校則通りの至って地味な扮装しているから気付かれにくいけれど、すごい

身体してんだよな……僕はゴールデンウィークに、嫌というほど、それを知ったのだ。以前、

戦場ヶ原を、同じこの自転車の後部座席に座らせたものだったが、さすがにあの女は心得たも

ので、その位置に座りながら、持ち前の絶妙のバランス感覚で、ほとんど僕に触れていなかっ

たから……。

当時は付き合ってもなかったし。

そこへいくとこの羽川翼は、その所有する倫理観?道徳観の下、交通安全、というか道路交

ふんそう

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通法を遵守するために、全身を僕に任せてくるから、はっきり言って、洒落にならない。

そして、戦場ヶ原のときは僕は詰襟を着ていた。今は夏服、半袖のカッターシャツである。

この違いは、実際問題、かなり大きいだろう。しかし、それでも、それだけのことで、こんな

に柔らかく感じるものなのか……? 夏服というなら、一昨日、千石を後ろに乗せたときも僕

は夏服だったのに……いや、千石の場合は、元々の身体の凹凸が地味だというのもあるんだろ

うけれど。

あ、と僕は気付く。そうだ、僕がカッターシャツの下に何も着ていないように、上着の下は

パジャマだから……、ひょっとして羽川さん、ブラジャーつけてないんですね。

うわあ……。

人間、生きてればこんなことがあるんだ……。

「阿良々木くん」

「ん?」

「自転車降りたら、話があるからね」

「………………」

戦慄の台詞だった。

見抜かれまくっている……。

薄いなあ、僕。

「ま、まあ、それはさておき、行くぞ。落ちないようにしっかりつかまって……」

って!

なんで誤魔化そうとして墓穴掘ってんだ!? 駄目だ、この状況でいつもの調子は出せない!

自ら蟻地獄に嵌っていく僕に対し、羽川は静かだ。

静か過ぎる。

もう何も言わない。

「……じゃ、じゃあ、出発します」

結局、そんなおどおどした言葉で、僕は自転車のペダルを漕ぎ始めることになった。二人分

の体重なので、ペダルが幾分重くなる。まあ、こういうケースで、定番のやり取りといえば、

それを『意外と重いんだね』なんて羽川に指摘して、彼女を怒らせるという例のあれだが、そ

れも僕はやらないことに決めている。

それに、重いというほどではない。

忍野と忍が住む学習塾跡までは、それほど時間はかからない――二人乗りでも、僕が全力で

とばせば、一時間とかからないだろう。……段差があるたびに、僕の背中がものすごいことに

なるのだが、それについてはなるたけ意識しない方向で行く。アスファルトの地面、わざと段

じゅんしゅ

でこぼこ

せんりつ

あり

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差のある部分を選んでハンドルをコントロールしたりはしない、僕は紳士だ。いや、しかし、

どうだろう、わざと段差を選ぶのはよくないが、進んでいるコースにたまたまある段差をあえ

て避けないというのは、紳士としてはセーフなのか……?

「大変だよね、阿良々木くんは」

羽川が、しばらくしたところで――恐らくは人生初めての、そうでなくとも六歳を過ぎてか

らは初めてだろう二人乗りに、ある程度慣れただろうところで、僕に向かって、そんなことを

言ってきた。

「色んな人の、色んな面倒、見なくちゃいけなくって」

「色んな人?」

「戦場ヶ原さんとか、真宵ちゃんとか、神原さんとか、昨日の女子中学生、千石ちゃんとか…

…、あはは、女の子ばっかし」

「うるせえよ」

「全部――怪異がらみだったんだね。思い出した」

羽川は言った。

それは、思い出したというより、思い至った、のだろうけれど。

「なんだか、まだ中途半端な感じだけど……、そうよね。戦場ヶ原さん、そんな急に、病気が

治ったりするわけないよね……」

「…………」

「始まりは、春休みに阿良々木くんが吸血鬼に襲われたところ、か……あそこから全部が始

まったんだね」

「怪異自体はずっと、当たり前のようにそこにあるものであって――ある日突然、現れたわけ

じゃない、らしいけどな」

専門家、忍野メメに言わせれば、だけど。

「阿良々木くん……知ってる?」

「知ってるって、何を」

「吸血鬼の特性の一つなんだけどね――魅了って言って、吸血鬼は人間を虜にしちゃうんだ」

「虜?」

魅了という言葉は知らないが、えっと……、それは、血を吸って、仲間を作るという話か?

僕が忍からされたように?

そう言うと、

「ううん」

と、羽川は首を振る。

しんし

とりこ

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首を振ったのが、背中の感触でわかる。

「その有名な特性とは、似ているけどちょっと違って……、血は吸わないの。それこそ、催眠

術みたいなものなのかな……、その目で見つめることによって、異性を虜にするのよ。吸血鬼

と人間って種族が違うから、異性っていう言い方が、この場合適切かどうかはわからないけれ

ど」

「ふうん。けれど、それがどうした?」

「別に。でも、ちょっと思ったの」

声を沈めて、羽川は言った。

「ここのところ、阿良々木くんが、女の子にモテモテなのは、そういうのも関係してるのか

なーって」

「…………」

魅了。

吸血鬼の特性。

そうか

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